幕間1.師弟の縁

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ミモザ(23):アカシア伯爵家の令嬢にして〝ブロッサムの魔女〟。サクラの師。


サクラ(23):元セルヌア男爵家の令嬢。ミモザの弟子。



 エランを革命軍に引き渡し、その夜のこと。


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「転生者?」



 聞き返した言葉に頷くサクラを見ながら、ミモザは思考する。



(私をその。好いて、くれたというサクラのことが知りたくて掘り下げましたが……。

 予想外のお話が出ましたね。

 〝乙女ゲーム〟〝地球〟〝攻略対象〟……聞いた内容は、また整理しておきましょうか。

 そういえば、似たような突飛な感じの人がいましたし。別途お話を聞いてみてもよさそうですね

 ですが今は)



 ミモザは茶を飲みながら、じっとサクラを見た。


 パイを美味しそうに食べている彼女を見て、つい口元がほころぶ。



(これからも私といてくれるという……あなたのこと、ですね。サクラ)



 ミモザの見ている前で、サクラはカップの茶を飲み、口の中の菓子を飲み下してから言葉を紡いだ。



「ん。生まれ変わりって概念は、こっちの聖教団にはないんだっけ?」


「いえ、ありますけど。あなたの言う転生とは、若干違うようには思いますが」


「かもねぇ」



 サクラが砕けて話しながら、また次のパイに手を伸ばしている。


 教えを授かる際や外向きは丁寧だが、彼女はそれ以前にミモザとも長い付き合いになった。


 それゆえか、ミモザと二人きりのときはこうして砕けて話すことが多い。


 使用人もいない屋敷、年中二人暮らしで来客も少ないから、という向きもある。


 師としてはたしなめたほうがいい。だがミモザは、サクラのその気安い接し方が、とても好きだった。



(しかし、生まれ変わり。聖教団の示すそれは、どちらかといえば神と人との行き来。

 人から人、それも別の世界へとなると、逸話はない……いえ、近いものがあった、ような?

 少し調べておきましょうか。興味が湧きました)



 考えつつも、ミモザは異界の出だという弟子をじっと見る。



(サクラの考え方は独特ですが、文化・価値観からして出自が違ったから、なのですね。

 そしてそれ以上に驚くべきことが……この世界の、未来を知っていた、ということ)



 サクラ曰く。前世で見たある物語、〝乙女ゲーム〟が、この世界によく似ていると。


 特に学園の頃の出来事は、その物語をなぞらえるようであったと。


 その頃のことを思い出し、ミモザは嘆息に言葉を乗せた。



「別の世界の記憶がある、というのも驚きですが……納得です。

 その〝ゲーム〟とやらとこの現実が酷似しているから、あなたは未来を見ているかのように動けた、と」



 かつて学園でサクラは、まさに未来を知るがごとき立ち回りを演じていた。


 ミモザもまた別の手段で未来を知ることができるが、サクラには常に先を行かれていた。



「そ。ただ大まかな筋書きだけだったよ、同じなのは。

 ミモザが未来を読んで動くから、ずっと滅茶苦茶だったし」



 そう言われると、ミモザには疑問しかない。


 サクラ……かつてのカトレアは常に自信に満ち溢れていて。


 見ていて、選択を誤った様子など、一度もなかった。



「…………ならなんで私はあなたに負けたのでしょう」



 少しの悔しさから、ミモザがそのまま疑問を口にすると。



「戦略の違い。私はエランたちの心が欲しくて、あなたは王弟妃の座を譲りたくなかった。

 決定権があるのはエランなんだから、そう争われて頷くのは私の言葉に決まってるでしょ?」



 弟子から、思わぬ言葉が返ってきた。


 ミモザは口を半開きに、しばし呆然とした。



(価値観など以上に……やはりサクラは大した英傑ではないですか。

 もはや、最初から見ているもの、目線の高さが違ったのですね)



 それから我に返り、ミモザは穏やかにほほ笑んだ。



「それはまぁ、完敗するわけです」



 ミモザがそう答えると、サクラは嬉しそうに笑った。


 パイをかじり、茶を飲んでから明るく語りだす。



「ま! その後めっちゃくちゃにされたんだから、私も戦略的大敗北! だけどね」



 一方のミモザは、苦悶の表情を浮かべた。



「そう、ですね……もっとどんな手を使ってでも勝ちをおさめておくのでした」


「…………んん? ミモザひょっとして、エランたちの素行とか本性とか知ってた?」



 何か勘づいた様子の弟子に、ミモザは頷く。


 そして懺悔し、許しを請うように述べた。



「はい。傲慢な男だとわかっていましたので。アレをあなたに押し付けてはなるものかと」


「ごめんなさいでした。調子に乗った私が本当に悪かったです……」



 そしてサクラも消沈する。


 学園の頃、幾度かミモザはサクラに警告していたが、サクラはそれを聞き入れなかった。


 ミモザとしては、サクラの意思を尊重したかった。ゆえ、強引な手はとらなかった。


 だが御覧の有様である。サクラはエランに惨い目に遭わされ、命からがら逃げ延びることとなった。


 当時の選択を、ミモザは今も悔やんでいる。



「ミモザも忠告してくれたけどさぁ。

 どっかで会心して、いい王子様になると思ったんだよぅ。

 私には優しかったし。あれ、でも何個かイベント踏まなかったような?」



 サクラが納得いかぬ様子で首をかしげているので、ミモザは口元に少し苦い笑みを浮かべた。


 ミモザは、縁を読む占い師〝ブロッサムの魔女〟として、数多くの人間と関わっている。


 その経験からして、サクラの言葉にはあまり賛同できなかった。



「どう、でしょうね……。虚構の、物語上の人物像であれば、さもありなん。

 しかし人とは、変わりません。自ら成長することがあるのは、確かです。

 ですがそれは、進んだだけ。変化ではない。

 彼の傲慢さは、人の上にしかと立てば広く多くを導く資質になる。

 ただ、そばに立つ人間に対する態度は変わりません。

 結局、妻になる者はその性質を飲み込み、被害を一身に受けることになる。

 そういうの、好きですか?」



 ミモザの言葉に、サクラが体の前で両手を挙げ、首を横に振っている。



「ちょぉっとごめん被りたいかなぁ。

 俺の背中についてこい!っての、あんまり好きじゃないのよね。

 そういう人が私にだけ優しい、ってのがツボでもあるんだけど。

 結局、私も見下すってこと?」



 ミモザは、ならばなぜついていったしと少々呆れながらも、自分の考えを付け加えた。



「あなたを〝鳥〟だと言っていたでしょう。それが彼の本質です。

 動物の王様なのですよ。人は自分だけです」


「愛玩用として愛でてやるってことかぁ。

 それがたまらん女子もいるだろうけど、私はだめだねぇ」



 苦笑いのサクラにそう言われて、ミモザは少々疑問をいだいた。


 エランだけでなく、他の三人の男……メナール、ライル、ルカインもいたわけで。


 ミモザからすれば、どれもこれも似たり寄ったりだが、その中で特にサクラがエランに寄ったのはなぜか。



「サクラはどんな方が良かったのです?」


「ミモザみたいな子」



 まったく予想外の弟子のもの言いに、師は顔を真っ赤にしてむせた。


 ミモザはこの話の前に、サクラが見た「未来」について詳細を聞き取りしていた。


 サクラが予知した、「サクラがミモザと結ばれる未来」。


 同時に、サクラがミモザを好いていることも告げられた。



「対等を重んじる子? 競うにしても、教えるにしても、こうしてお話するにしても。

 上下じゃない、左右の関係を大事にしているというか。

 上下はわきまえるけど、ミモザはそこはあんまり重視してないわよね?」



 サクラの意見は分かったが、ミモザは少々混乱した。


 その観点で言うなら、そもそもサクラはあの四人の男についていくべきではない。


 誰も彼も、あまり女性との対等を重んじる気質ではなかった。見ればわかっただろうに。



(こう、サクラは善性が強いというか……どこか夢見がちなところがありますよね。

 信頼や期待の閾値が低いといいますか。それは良い資質ではありますが。

 巡り巡って、本人を苦しめているようにも見えます。

 裏切りやだまし討ちに弱そうですよね、サクラ……)



 気を取り直し、ミモザはサクラの質問に対して考えを述べる。



「そう、ですね。人に仕えるとか、人の上に立つとかに意義を見出せません。

 皆平等であれとは言いませんが、私の心は人の上下関係にはまったく興味が向かないのです。

 ただあるがままの縁が、私を惹きつける」


「かっこいいなぁー。だからやっぱり、私は…………」



 何かを小さく呟いたきり、サクラは俯いて黙り込んだ。



「サクラ?」



 つい小首をかしげ、ミモザは尋ねた。


 サクラは首を横に振ってから、顔を上げた。



「ううん、なんでもない」



 そこにあったのは、華やぐような笑顔で。


 だからこの時、ミモザは安心したのだ。




 ――――後から思えば、それは。








――――――――



 ミモザがサクラの呟きの意味を知るのは、その翌日のことである。


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