2.見えない縁~師匠としては誠に遺憾だが、皆伝早々力を失った弟子にはまだまだ修行していただく~

2-1.急な来客はトラブルの元

 深夜の書庫、淡い魔法の明かりの中。魔女・ミモザは、書の記述を目で辿る。


 元婚約者を破滅させ、革命軍に引き渡した翌日。


 ミモザは新たな問題に直面していた。



 本のページをめくるときに目についた左手を、ミモザは白くなるほど力を込めて握り締めた。


 その小指には赤く輝く細い魔力の糸が結びつき、糸は空中へと伸びて消えている。


 糸の先は……今は自室にいるはずのミモザの弟子、サクラの左手小指に結びついていた。



(やはり、我ら〝ブロッサムの魔女〟にとって致命がゆえ、記録は多い。

 しかしどれもこれも、この赤い〝縁の糸〟が出る原因については……不明、となっている)



 今日。サクラが急に発現させた、赤い〝縁の糸〟。


 これは、特定の人物との縁のみが強くなり、他が消えてしまう現象とも言われている。


 実際、サクラからは他の〝縁の糸〟が出ておらず、本人もまた赤い糸以外は見えなくなってしまっていた。


 また、万が一この糸が切れてしまうとすべての縁がなくなるため……まず、命はない。


 強い縁を示す一方、危険な現象である。



(そして。赤い糸を切らずに戻し、〝縁の糸〟を取り戻したという記録は――――ない)



 普段は冷静で、表情もほとんど変わらぬミモザの顔が……強い苦悶に歪む。



(惨い目にあったサクラが、少しでも幸せになってくれればと、魔女の道に誘ったのに。

 縁に囲まれる幸福を、教えてあげられればと、そう思ったのに。

 あの子がまた、このような試練に遭わねばならない、などと。

 幸福を、手放さねばならない、など)



 ミモザは昂った感情を押し殺すように、強く息を吐いた。



(――――つらい。我慢、ならない)



 そして右手で胸元を押さえ、懸命に呼吸を整える。


 そうしなければ。


 今にも、涙がこぼれそうで。



(けれどこれは、この糸は…………私がサクラに愛されているという、証)



 強い縁の結実である、その赤い糸は。


 〝縁の糸〟が魔女に伝える、様々な情報よりも、ずっとずっと強く多く。


 サクラの想いを、はっきりとミモザに届けていた。



(なんとか赤い糸を元に戻さねば、サクラは魔女の力を振るえず、場合によっては糸が切れて死に至る。

 私は彼女の幸福のためにも、サクラに縁を取り戻させたい。

 ですがそれは、この想いを、受け取れなくなる、ということ)



 サクラの幸福と生命を大切に思う一方。


 ミモザは赤い糸が伝える確かな愛情が、失われる可能性を……とても強く、恐れていた。


 一度知ってしまったサクラの愛を、感じられなくなるかもしれないと、そう思うだけで。


 身が震えて動けなくなるほどに、恐れと、不安と、痛みが押し寄せる。



(私は、どうしたら……)



 選択せねば、ならない。


 だがミモザは、自身の強い欲求と高い障害に、押しつぶされそうになっていた。


 彼女の視線が、魔女たちの残した記録と、自身が記した昨日今日の出来事のメモを、行ったり来たりする。


 そこに何かの指針がないかと、ミモザはすがるように己の記憶と向かい合った。






 ◇ ◇ ◇






 その日の、昼過ぎ頃。


 罵声のようなものを聞き、屋敷の主人・ミモザは人に気づかれぬよう密かに玄関広間に滑り込んだ。


 そこで繰り広げられていた光景を見、彼女は出そうになった息をぐっと飲み込む。


 玄関扉の内側で、客の一人と見られる体格の良い少年と、応対に出したはずの弟子が、刃を構えて向き合っていた。



(――――え? なぜこのようなことに?)



 昨日大仕事を終えたばかりで、少々気が抜けていたミモザ。


 急な来客があり、弟子のサクラの好意に甘え、彼女に応対を任せた。


 しかし間もなく怒鳴り声が聞こえ、何かと思って出て来てみれば……予想外の事態になっていた。


 少年は初めて見る顔であったが、彼の向こうには顔見知りの男がいる。


 青い布を蝶結びにして腕に巻いており、二人ともセラサイト王家を倒した革命軍の人間であることは確かだ。


 少なくともミモザが知る限り、サクラと敵対している人間たちではないはず。



(こ、これはどうすれば。どうしたら!?)



 サクラにしろミモザにしろ、敵がいないというわけではない。


 初顔である少年が、ひょっとしたらサクラの知り合いかもしれない。


 ミモザはまだ少し距離のある彼らの様子をじっと見守りながら、必死に思考する。



 混乱するミモザが何よりも気になったのは、両の手に一本ずつ山刀を構えるサクラのことであった。


 その表情は勇ましいというよりは追い詰められており、極度の緊張を伺わせた。


 ミモザはサクラ――――かつてカトレアと名乗っていた女の、そのような顔を見たことがなかった。


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