2-2.師匠は厄介客より弟子が大事

 ミモザは目の前の緊迫した状況を注視しながらも、サクラ……かつてカトレアと名乗っていた女との過去を、思い起こす。



 伯爵令嬢であるミモザは、12の頃より王都の学園に通っていた。


 貴族学園と呼ばれるそこは、正しくは王立特殊魔導学園。


 魔法省直下の魔導学園とは別に、貴族師弟向けに設けられた分校である。


 魔法や魔道具を好むミモザは本校の方に通いたかったが、何の縁か王子の婚約者にされてしまったので、貴族学園に入ることとなった。


 ミモザは爵位の低い令嬢にしては礼法・教養ともに完璧で、学業と研究に精を出す傍ら、第二王子エランの婚約者としても堂々と振舞っていた。


 そして15歳。初等部から高等部に上がり、成人を迎えて王子と婚姻しようという矢先。


 突如現れた男爵令嬢カトレアに、その心を――――奪われたのだ。



(カトレアはいつも、自信にみなぎって泰然としていた。今にして思えば、あれは〝ゲームの展開〟とやらを知っていたから)



 ミモザはつい昨夜聞かされたが、カトレアは地球からの転生者であった。


 彼女は前世の記憶を持っており、この世界の筋書きを熟知していた。まさに未来を知っていたわけだ。


 カトレアはその知識をもとに、着実に第二王子エランらの心を掴んでいった。


 王子の周囲の人間……騎士団長の息子のメナール、枢機卿の子息のライル、宮廷魔術師の令息ルカインまでもが、カトレアの虜となった。


 ミモザが気が付いたときには、学園は男女問わずほぼカトレアの味方が大勢を占めていた。ミモザ自身、孤立寸前であった。



(〝ブロッサムの魔女〟として、人の縁を紡いでいなかったら……危なかったですね。カトレア、恐ろしい女でした)



 ミモザは占いの一族・ブロッサムの一員。学園入学前から、最も新しき魔女として魔女団カヴンに迎えられていた。


 ブロッサムの魔女は、人の縁を読む。〝縁の糸〟という細い魔力の線で、情報を辿ることができるのだ。


 またその奥義として、縁が切れたときに時――――すなわち、未来を読む力を持っている。


 学園で急にいくつかの縁が切れ、それでミモザは己が窮地と破滅の未来を知った。


 残された縁と読んだ未来から、学園における自身の立場を取り戻そうと奮闘した。


 そうして未来を読む魔女と、未来を知る転生者の密かな戦いが始まった、わけだが。



(完敗でした。カトレアは未来がどうこう以前に、人と心を通わすのが本当に上手かった。私が勝てる相手ではなかった)



 果たして。ミモザは卒業直前、エラン王子に婚約の破棄を言い渡された。


 学業と魔法の研究、占いの技の研鑽に忙しかったミモザとしては、未来の王弟の妻たる務めを果たせていないと言われては……反論はできなかった。


 エラン王子との交流も十分に重ねていたが、そも王子狙いのカトレアと比較すれば不足であったのも確かである。


 王子がミモザからカトレアに乗り換えたのは周囲から見ても明白であったため、ミモザはいくばくかの示談金をせしめ、卒業とともに伯爵領に帰った。


 何やら様子がおかしくなったのは……その二年ほど後のこと。


 不穏な話を聞いて情報の収集を始めたミモザは、ボロボロになったカトレア……エラン王子の元から逃げ、サクラと名乗っていた彼女と再会した。



(娼館で下働きをしていた彼女。ですが眼の光は失われていなかった。力強く、生命力と情熱、あるいは怨恨に満ち溢れていた)



 ミモザは様々な思惑から、サクラを〝ブロッサムの魔女〟の弟子として引き取った。


 学園卒業後の彼女の事情は、少しずつ聴き出せたが……惨たらしいものであった。


 天然出土しかしないはずの希少鉱物〝魔石〟。どんな人間でも簡単な魔法が扱える代物。


 サクラは魔石を生成する、特別な力を持っていた。エラン王子らはそこに目をつけ、彼女を文字通り弄り回したのだ。


 そして王子たちは、人の道に外れたことに手を出した。


 人間の体から、その命と引き換えに大量の魔石を生産する方法を……見つけてしまったのだ。



(彼らが民の惨殺を繰り返したせいで、最終的には革命にまで発展し……主犯のエランを捕まえたのが、昨日)



 サクラをひどい目に遭わせた男たちは全員が誅されることとなり、彼女にも笑顔が戻った。


 そうして転生者であるというサクラの秘密を始め、様々なことを二人で話し、迎えた今日。


 ミモザがこれまで見たことがないような険しい顔で、サクラが客の少年と対峙している。



(…………困りました。いくら考えても、この状況に至る理由がわかりません)



 記憶を掘り起こして見ても、ミモザはやはりその少年には見覚えがないし、サクラに王子たち以外の敵対者がいるという話も聞き覚えがなかった。


 金髪碧眼の彼。珍しい髪と瞳の色。一度見たら忘れることがない人物だと、ミモザは考えて。



(客……そういえば、確か一度だけ)



 ミモザはふと少年が、以前屋敷に来たまったく別の客に似ていることに気づいた。


 顔かたちではなく、威圧的な雰囲気がよく似ている。


 サクラはその客にからかわれ、粗相をし……後に、泣きはらしていた。



(もしかして。不信、恐怖……そういったものを、植え付けられている?

 エランたちの対応も、基本的に私に任せてくれましたし。

 ひょっとしてサクラ、男性が、怖い?)



 彼女が受けた仕打ちを考えれば、それが心に大きな傷を残していても、不思議ではない。


 しかし例えば、少年の後ろにいる革命軍幹部の男は、幾度か屋敷を訪れている。


 サクラも彼とは談笑していたこともあって、怯えた様子を見せたことはない。男性全般がダメというわけではないようだ。


 だがミモザが思い返してみると、サクラはこの屋敷に来てから初対面の男性との接触が極端に少なかった。


 ミモザと一緒に数度関わって、それから個別に交流を重ねていた。


 また、エラン王子たちが屋敷に来た時も、サクラは必要以上に近づいたりしなかった。


 報復の絶好の機会に、見舞われようとも。



(見知らぬ者、高圧的な者、王子たちをほうふつとさせる者が嫌、と。

 そういえばエランはともかく、騎士のメナールは粗暴な男でしたっけ。

 この少年に……少し似ていますね。

 それにしても)



 弟子の態度の謎を概ね紐解くことができ、ミモザの胸には……少しの悔恨が、去来した。


 自分が呆けておらず、最初から応対に出ていれば、このような事態……サクラを辛い目に遭わせずに済んだのに、と。


 ミモザは一度は飲んだ息を、長く細く吐き出した。



(ごめんなさい、サクラ。私の失態です。昨日も激昂し、恥をさらしたばかりだというのに。

 ブロッサムの魔女として、あなたの師として。もっと冷静であらねば)



 そうして、今も対峙する二人にそっと歩み寄る。


 革命軍は、ミモザにとってもサクラにとっても大事な味方である。後に政府を築くだろう彼らと、良好な関係は維持したいところだ。


 だがミモザにとって、サクラと比べてどちらが重いかなど――――最初から、決まっていた。

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