2-3.問題児にはスマートにお帰りいただく

「やんのか、女が。あぁ!?」


「よせドラール! その子はミモザ様のお弟子さんだ!」


「…………アラルド先輩。あいつが先に刀を抜いたんですよ? 俺は何もしてねぇ」



 ミモザが玄関広間の中央に向かう最中、男性二人の声がはっきりと聞こえた。


 そう言いつつも、ドラールと呼ばれた金髪碧眼の少年は、手にした曲刀をサクラに向け、強く睨みつけている。



(何もしてないといいながら、切っ先を揺らして挑発に余念がない。

 眼光、殺気、体を大きく見せる構え。明らかに誘っている。

 声の調子、声量。先に私が聞いたものより、ずっと抑えているところを見るに。

 これはサクラを挑発して刃を抜かせ、私をおびき出したかったということですね)



 ミモザは様子を伺いつつ、頭と軸を揺らさぬようゆっくりと回り込んで三人に近づいた。


 そしてミモザは冷静に、状況、力量、間合い、互いの意思や立ち位置を推し量る。



(この状況――――――――すでに

 よろしい。一手、遊んであげましょう)



 近寄るミモザに最初にサクラが気づいたようだが、彼女は少年から視線が外せない様子。


 一方ドラールという少年は、一瞬だけミモザの方に視線を向けた。


 そして革命軍幹部のアラルドは。



「ミモザ様! すみません、これは……!」



 両手を体の前で振って、弁明の構えだ。



「アラルドさん。私の弟子が、そちらに粗相をしたと。

 の見解は、そういったもののようですが?」


「ちが、ちがいますごめんなさい! お前も剣を降ろせドラール!」



 革命軍の男は、必死な様子だが。



「へっ。向こうが下がったら、俺だって降ろしますよ」



 少年はどこ吹く風だ。だがミモザは彼のにやけた口元や、侮るような視線を見逃さない。



「お若い。よほどご自分の技に自信がないと見えます。

 先に降ろしたら斬り掛かられそうで、怖いのでしょう?」


「なに?」



 鋭く、冷たく言い放った淑女の言葉に。少年はすかさず眉を上げ、上ずった声色で反応した。





(―――― 一手。王手チェック。私の挑発に乗りましたね? 愚か者)





 その間隙を突き、ミモザはサクラの前に立ち、少年との間に入った。


 ドラールの切っ先はもう揺れておらず、明らかにミモザに向いている。


 サクラではなく自身に狙いが変わりさえすれば、ミモザにとってこの状況は……実に容易いのだ。


 例えばミモザが昨日対峙したエラン王子は、あれで達人の域の剣技を持つ。障害物もなく向き合えば、瞬時に首を落とされる。


 だがミモザが見たところ、エランを始めとした彼女の知る他の剣士だちに比べれば、少年は数段は劣る腕前だった。



「せん、せい……」



 ミモザの背後からするサクラの声は緊張からか、かなり掠れていた。



(本当は真っ先にあなたに謝りたいところ。ですが、それは後です)



 ミモザは長く息を吐きつつ、スカートを揺らさぬよう、その下で踊るように素早く何度も立ち位置を入れ替える。


 外から見れば全く動いていないようであって、しかして彼女はどの瞬間でも駆け出せるように準備を整えていた。



「良いのです、サクラ。アラルドさん、新人と少しますが、よろしくて?」



 青年の顔からは一気に血の気が引き、彼は青ざめたが。


 ミモザの後ろにいるサクラも、ミモザの方を向いてにやつくドラールも、彼の様子には気づかなかった。



「お、お手柔らかに……」



 アラルドが天井を仰ぐように見て、言葉を絞り出した。


 ミモザはほのかな笑みを飲み込みつつ、さらに少年を煽る。



「了承と受け取ります。あなた、構えなさい」


「舐めてんのか? さっさと来やがれ! 真っ二つにして――――」



 少年が長々といきり立つ間に、不思議なことが起こった。


 ミモザの体がまったく揺れぬまま進み、すーっとドラールの懐にまで入り込んだのだ。



「「「ぇ?」」」



 驚きが三つ、重なった。誰一人、見えているはずのミモザの動きが、理解できていなかった。


 のだ。


 ミモザは体を預けるほどに少年の近くに寄り、右の肘を掲げて彼の胸の中央を軽くとん、と押した。



「ありませんね? ありがとうございました」



 何の派手さもなく、音もなく、静かに。


 ドラールは膝から崩れ落ち、曲刀をとり落とした。


 刀が床を叩く音が響き。



「な、に?」「は? 先生?」「うそぉ……」



 倒された本人、見ていたサクラとアラルドが、ようやく彼が敗れたことに気づく。


 ミモザのスカートが少しだけ翻り、落ちた曲刀がふわりと浮かぶ。


 鮮やかに蹴り上げられたそれの柄が、彼女の手の中に収まって。



「感想戦でも、いたしますか?」



 その刃は膝立ちで呆然としている少年の首筋に、押し当てられた。



「ぐっ、こんな……ペテンは、無効だ! 女、何をした!」


「何をって」



 ミモザは剣を少年の首筋から離し、何と伝えればいいものかと小首をかしげる。


 一方ドラールは口元を歪め、左手を掬い上げるように振るった。



「人の体にはですね」



 だが。ミモザが空いた右手の甲で素早く彼の肩を叩くと、腕が慣性を無視してすとん、と落ちた。



「は?」



 ドラールの左腕がだらんと下がる。手も握り込めず、力が全く入らない。



「魔力の線が流れています。そして、結び目……結節点があるのですよ」


「へ?」



 ミモザは喋りながら、ドラールの右肩に手を置いた。


 そちらの腕からも力が抜け、下がる。



「そこに刺激を与えると魔力が滞り、信号が届かなく……ああ、動かなくなると思えばいいです。

 では問題」



 ミモザはドラールの正面に立ち、膝立ちの彼の額に真っ直ぐ人差し指を向けた。



の結節点を崩したら――――どうなるでしょう?」



 少年は、弱く首を振った。


 蒼い瞳に、涙がにじんている。



「やめて、くれ。俺が、わるかった」


「別にあなたは悪くはありませんよ? ただ私の敵に回るという……愚かな選択を、しただけで」



 ミモザの口から、彼女自身も少し驚きを覚えるほどの、冷え冷えとした声が紡がれた。


 彼女はごくごく単純に。


 愛弟子のサクラに不快な思いをさせた少年に……強い怒りを感じていた。



 ゆっくりと、ミモザの人差し指がドラールの額に向かって近づく。


 ……だが。



「そこまでにしてください、ミモザ様」



 二人の間に、静観していたアラルドが割って入った。


 ミモザは一度瞠目し、指を引く。


 持っていたドラールの曲刀の柄を向けて、アラルドに差し出した。



「失礼を。遊びが過ぎました。その子は、5分もあれば動けるようになりますので」


「いえ。こちらこそ、申し訳ありませんでした」



 アラルドが刀を受け取る。


 ミモザは下がり、山刀を腰の後ろの鞘に収めているサクラの隣に立った。



「それではよければ……そろそろ、用件を聞かせてください」


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