1-3.そして貴様が捨てた女に懺悔するがいい

 サクラと紹介された女は、ミモザの隣まで来て、頭を下げる。



「でし……だと。なぜおまえが、何の弟子を?」


「学園の時も申しましたが、我がブロッサムの家系は占いに通じております。

 人の縁から機を知り、場合によっては時を見る。

 血縁外からも才ある子を迎えることがあり……サクラはでたまたま見つけたのです」


「女のお前が、なぜ娼館に行く」


「仕事です。高級娼婦に占いは、人気でして」



 ミモザはエランの明確な疑念の視線を感じ取ったが、流した。


 明らかに頭が回っていない様子の彼に、少々気をよくしてすらいた。



(――――機は、熟しました。断罪の時間です)



 ミモザは、サクラを見る。弟子は、目で頷いた。



「サクラは数奇な運命をたどった子なのです。


 騎士に暴力を振るわれ、聖職者に薬を盛られて弄ばれ、魔術師に実験台にされたこともあるとか」


「!?」



 エランの見る前で、ミモザは笑みを深くした。


 とても冷ややかな、笑みを。



「高貴な方に諫言したら怒りを買い、身を隠したそうですが……おや、どうしましたエラン様?」



 エランがわなわなと唇を震わせ、冷や汗を額から流し、ミモザの隣に目を向けている。


 さぞサクラに冷たく見られているのだろうと、ミモザは思ったが。


 横に視線を向けると、意外なことに彼女と目があった。



(これは……私が続けていいのですね?

 ではギリギリまで、そういたしましょう。

 最後に――――あなたが向き合い、選択をする、その時まで)



 ミモザは再び、エランを見据える。



「私、あなたに振られたことは気にしていないのです」


「な、に?」


「そのお心を繋ぎとめておけなかったのは、私が悪い。

 カトレアの方が上手うわてだった。それだけなのです」


(そう。カトレア。彼女のことは、尊敬すらしている)



 驚くエランの眼を見ながら、ミモザは胸中で当時を思い出す。



(未来を知っていたとしても、常に正しい選択ができるとは限らない。

 だが彼女はそれを、やり遂げた。

 恐るべき差し手。手強く、学園にいた頃は毎日が本当に楽しかった。

 だから、こそ)



 ミモザは決然と、前を見る。口元を引き結び、奥歯を噛みしめた。


 彼女が飲み込もうとしているのは……怒り。


 それはかつての強敵ともに惨いことをした男たちに対する、強い怒りであった。


 ミモザが男たちを破滅させようとした――――まさに原動力。



「ですがそんな私にも、許せないことがある。

 サクラをひどい目に遭わせた四人の男……その最後の一人を」



 ミモザは、エランの青の差した震える瞳を、じっと見た。



「ずっと探していたのですよ、革命軍に追い回されてる王弟殿下?」


「き、貴様! 知って!?」



 そしてミモザはまた、冷ややかに笑う。



「知っていますとも。

 あなたが悪逆の限りを尽くして民を怒らせた結果、国王陛下はその座を明け渡すこととなった。

 そのくらい、さすがに辺境にも伝わってきますし……私は、いろいろと伝手がありますので」



 エランが弱く首を振る。その顔は「だまされた」とでも言いたげで。


 ミモザはそれを滑稽だと内心嘲笑い、笑みを深くする。



「エラン」


「ひっ!?」



 サクラ……カトレアが、口を開いた。


 彼女の声を聴き、エランが怯えている。


 もう薬が回り、ろくに動けないことが原因だろう。


 何をされるのかわからず、彼はただ震えている。



 ミモザは、気持ち身を引いた。


 元よりこれは彼女の、サクラの復讐。


 ミモザは、その代理を務めているだけ。



(さあ、見届けさせてください。あなたの選択を。あなたがエランに、何を望むかを)



 ミモザはそっと、隣のサクラを見る。


 その顔には、何の色も浮かんでいない。


 透明で……ミモザはその顔を、美しく思った。



「どうして、私をかばってくれなかったの? どうして、奴らの好きにさせたの?」


「あ、あ……」



 エランは目を震わせながら、何かに耐えている。


 彼が飲まされた一杯半の茶。


 そこに入っていたのは――――自白剤であった。



「私を、どう思っていたの。


(そう……サクラ。他の男たちは、ただ何もせず見送るだけだったのに。

 あなたはエランに、それが聞きたかったのね。

 あなたにとって、エランは特別。

 本当は……愛してくれるはずだった、相手。

 だからこその『どうして』)



 ミモザは少し寂しく思いながらも、サクラの決意と問いの行方を、見守る。



「お、おまえ、は」



 果たして。


 口の端に泡を浮かべながら。


 弱く首を振りながら。


 かつて彼女に篭絡された男は。



「魔石を産む、鳥。うるさくて、貧相で、縊り殺してやりたかった」



 その惨い本心を、語った。


 ミモザは、腹の底で湧き上がるような怒りを感じたが。


 それ以上に……エランのそばで、ふつりと切れた魔力の細い糸に、気をとられた。



(……エランから出ている、最後のが、切れた)



 それは、〝縁の糸〟。人の縁を示す、不可視の魔力線。


 ミモザの占いの技とは、この〝縁の糸〟を頼りとするものでもあった。


 ミモザはそっと、サクラの瞳を見る。


 本当に何の色も浮かべず、ただ震えるエランを見る、その瞳を。



(確かに縁は切れた。けどあなたは……エランに、何も求めないのね。

 もう関わるな。それがあなたの、望み。

 ん? というかサクラ、何か別のものを、見ているような……)



 弟子の表情の変化を、じっと見ていたミモザであったが。



『――――ミモザ様! おられますか!』



 屋敷の外から、声が割り込んだ。



(先の糸は、彼の命運をぎりぎり繋いでいた、最後の絆。

 もしも彼がカトレアの心を、縁を繋ぎとめていられれば。

 この来訪は、きっとなかったでしょうね)



 ミモザはよく、知っている。


 すべての縁がなくなった者は。


 ただ、死に果てるだけ。


 新たに来た客は……エランにとっての死神たちである。



「サクラ。お客様のようです。対応を任せます」



 声をかけた頃には、サクラの先ほどの変化の兆しはもうどこにもなく。



「はい、先生。失礼いたします」



 穏やかに返事をするサクラは、何の感慨も抱いていないようだった。


 エランの横を通るときも、サクラはそちらを見もせず。


 涙はおろか、何の表情も……浮かべていなかった。


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