1-2.では気分よく、お前のもがく様を聞かせよ

 王弟エランに見られていないと確信したミモザは、密かに少しの笑みを浮かべる。



(……私に選択させ、飲ませた。その時点で、油断しましたね?

 この薬は慣らしてあるから、私には効かないだけ。

 なぜ、両方にいれたとは思わなかったのでしょうね……ふふ。

 彼女……かつてのカトレアならば、こうはいかなかったでしょう)



 エランはミモザの見ている前で、なんとか苦心して剣を腰の鞘に戻している。


 その顔の険しさも鳴りを潜め、目元もわずかに緩んだ。



(効きがいいようですね。ついでです、回りやすいように部屋を暖めましょうか)



 ミモザが部屋の隅の暖炉に指を向けると、炎が灯った。


 彼女の魔力に反応し、火が付いたのだ。炎は薪に燃え移り、光と熱を部屋に広げる。



「…………宝玉、か」


「ええ。このような辺境でも、最近では手に入ります」



 エランが苦い顔をして見ているのは、薪の下。最初に火を灯した樹脂。


 その中には碧の石・魔石が入っている。この樹脂加工された魔石を特に〝宝玉〟という。


 誰でも小さな魔法が使える便利品ながら、何度も使うと割れてしまう、魔石。


 宝玉は魔石の破損を防ぐばかりか、魔力の再充填を可能にする発明だった。



「どうされました? 難しい顔をなされて」


「……………………外国由来の品だ。あまり気分の良いものではない」



 ミモザはほくそ笑む。


 宝玉がエランの商売を潰した品だということを、知っているからだ。


 そして外国由来ではなく、外国だという真実もまた、知悉していた。



(部屋も温まってきましたし、あとはあなたを刈り取るまで、間を繋いでおきましょう。

 安全が確認できたら、立ち合いの元、進める。

 薬が回るまで、話でもしておきましょうか)



 先を見据えながら、ミモザは言葉を紡ぐ。



「すぐご用件を……というのも風情がございません。よろしければ、近況などお聞かせくださいませ」



 ミモザの質問に、エランは、口ごもった。


 そして近況ではなく。



「…………カトレアの行方を、知っているな。ミモザ」



 本題を口にした。



(追い詰めはしましたし、エランが今日屋敷に来るのはいましたが、訪れる目的は不明でした。

 彼女に用でしたか。用向きの察しもつきますね)



 ミモザは口調を変えず、淡々と告げた。



「いいえ。知るはずもありません」


「とぼけるなッ!!」



 エランが腰を上げ、テーブルを叩いた。


 彼のそばのカップが転がり、中身の半分がテーブルクロスにしみていく。



「お座りくださいませ。彼女も、ご家族も、皆亡くなった。そうでしょう?」



 ミモザが静かに告げる。


 カトレアの家族、セルヌア男爵家はこの王弟の怒りにふれたらしく、取り潰しとなっていた。


 本人もご家族も皆、獄死した……となっている。



「違うッ! 墓が空だった! どこかで……どこかで生きているはずだ」



 だが納得しない様子のエランが、声を上げた。


 ミモザは嘆息を飲み込む。



(……あなた墓荒らしをしたのですね。犯罪行為を、簡単に口にしないでほしいのですが。

 ふむ。そちらから話を持って行ってみましょうか)



 ミモザは少しの思案をしてから、口を開いた。



「…………そういえば、同じことを仰ってた方がいましたね」


「はっ、まさかルカインがここに来たのか! 奴はどこだッ!」



 侯爵令息のルカイン。


 まだ家は継いでいないものの、学園卒業後、異例の早さで宮廷魔術師に抜擢されていた。


 研究室も持っていて、大きな発明をしたという噂もミモザは聞き及んでいる。



「お帰りになられました。私が、寄る辺のない女が行くなら娼館では、と言ったので。探しに行かれたのかと」


「入れ違いかッ! 娼館はもう探したし、奴自身も……くそっ」



 ミモザはまた、密かに笑みを深くする。



(まぁルカインは、娼館まで行って。

 ――――捕まって、もう処刑されたのですがね)



 ミモザはルカインのした「発明」の具体的な内容を、知っていた。


 ゆえ、娼館を案内しながら……そのまま、彼を探している者たちにも、報せたのだ。



「はっ。ルカインが来たならば、ライルは、やつは!」



 枢機卿の子息、ライル。


 学園を出た後は父の跡を継ぐべく、教団で多くの信を集めつつあると、ミモザは聞いていた。



「ああ、彼はカトレア嬢を探しにきたのではなく……匿ってほしい、と。何かあったのですか?」


「ぅ、いや。大したことではない。それで、今どこにいる」


「王都に戻られましたが」


「! そうか。やつは王都に隠れ家を……」



 ミモザはまたも、ほくそ笑む。思案するエランはミモザの表情に……気づいていない。



(ええ。王都の隠れ家に戻って。

 ――――そこで毒を飲まされましたよ)



 これについては顛末を知っているだけで、ミモザは大したことはしていない。


 むしろ手を回そうとしたら察知され、ライルを先に確保されたのである。



「だが王都には俺は……そうだ、メナールも来たのではないか?」



 騎士団長を父に持つ、メナール。


 卒業後は本人も騎士となり、国境を中心に戦に参加し、戦果を重ねていると、ミモザは耳にしている。



「彼はライル様とは逆に、国外に出るのを手伝ってほしいと。案内をつけましたが、その後は」


「そ、そうか」


「慌てた様子でしたが、彼も何か?」


「いやいいんだ。だが息災ならばよかった」



 ミモザはまったく自分の様子に気づかないエランに、そろそろ呆れつつもあった。



(いいえ。メナールは。

 ――――彼がさらった者たちの遺族らに袋叩きにされた後、御父上に首を刎ねられましたよ)



 案内につけた者が、そもそも彼に対する復讐者であった。


 手配者は、ミモザではない。メナールを追いかけてきた、彼の父であった。



「ふぅ……」



 話して安堵したのか、エランが椅子に再び腰を下ろす。


 ミモザはそっと立ち上がり、テーブルを回ってエランのカップを回収。


 戻って次の茶を煎れにかかった。



(…………ふふ。もう剣を抜く気もない。最初はあれだけ息巻いていたのに、可愛いものです。

 単純にもうだるく、体に力が入らないのでしょうけれども)



 そしてまた、ミモザはエランのそばにカップを置く。


 エランが中身を、ぐっと一気に飲み干した。


 そして背もたれに寄り掛かりながら、片手で目元を押さえた。



(時間、量ともに頃合い。では次の段階です)



 ミモザはサイドテーブルに置いてある、小さな鈴を手に取った。



「お部屋はありますし、お疲れならば今日は休んでいかれるとよいでしょう」


「ああ……世話になる」


(エランはカトレアのこと、もういいようですから、次はこちらから話す番ですね。

 ――――そう。貴様の罪を、暴き立てなくては)



 ミモザは鈴を鳴らした。


 ほどなく奥の扉が開き、女性が一人入室。


 彼女を見て……エランの眼が見開かれる。



「カ、カッ!?」


「カトレア嬢にでしょう。

 部屋の準備を申し付けようと思いましたが……そうですね、まずは紹介いたしましょうか」



 非常に深く暗い紫の髪をした女を、ミモザは手で示す。



「サクラ。私がとった、弟子です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る