7-8.誠に遺憾だが、破滅していただく

 エランの身から大量の、透明な何かが出て……ひび割れに向かっていく。



「…………我々も、出ましょうか。サクラ」



 右の手に山刀を持った師が、左の手を伸ばす。



「はい先生。でも……その前に」



 サクラはミモザの手に、山刀の柄を預けた。


 そして自身は、エランを向き直る。



「カトレア……!」


「カトレアなんて女は、もういないの。あなたが、殺したのよ」



 サクラは両の手を広げ、その手の先に丸い光を灯した。


 そして打ち鳴らす。



「【矛盾成る】」



 再び被膜がエランを包み、すかさず槍が貫いた。


 エランの体が……膜に捩じられ、槍に貫かれたまま、固まる。



「なに、を?」


「大したことじゃないわ。もう出てきてほしくないだけ。

 ちゃんと死ぬと、なんかの拍子に蘇ってきそうだし。

 だからここで、お別れ」



 サクラは、己が因縁を強く睨みつける。



「『この、俺の王都で、永劫共に生きよう』だっけ?

 一人でやって頂戴」


「ま、まて! どうして、こんな! こんなひどい!」


「どうして? あなた本当に……私に嫌われてるって、わかってないのね」


「きら、い? どうして。だってお前は、俺を、愛してるって」



 サクラは目を瞑る。


 かつてサクラは、この世界を乙女ゲームだと認識し、攻略対象エランに近づいた。


 ゲーム通りの彼。だが確かに優しく、自分を見てくれて、触れあって。


 時に手も差し伸べてもくれた。贈り物をもらって喜んだこともあった。


 舞踏会。彼と踊った時の胸の高鳴りは、今も覚えている。


 それらは――――彼自身がぶち壊すまで、サクラにとって、確かに尊い思い出だった。



「女はね、されたことは忘れないの。

 あなたがしてくれた良いことも忘れてないわ。感謝もしてるし、今でも嬉しく思う。

 でも……酷いことも全部覚えているし、許さないのよ。

 お前のしたことは、もう一生覆らないほどの嫌悪を私にもたらした」



 目を開いたサクラは。


 揺れる青の瞳に向かって。


 思いの丈を、ぶちまける。



「でもミモザは、ずっと寄り添ってくれた。

 敵として対峙しても、いつも私を尊重した。決して傷つけようとしなかった。

 私が苦境に陥ったら、すぐに見つけて手を差し伸べてくれた。

 生きることも難しかった私に、第二の人生を与えてくれた。

 そして」



 左手を、サクラは強く握りしめる。



「私の代わりに、私に酷いことをしたお前たちに! 復讐までしてくれた!

 世界の在り様を変えてまで!」



 感情の高ぶりに、サクラの瞳に涙が浮かぶ。



「人が信じられなくなって、立ち上がれなくなった私に!

 お前たちを乗り越える、勇気までくれた!

 エラン! お前にここまでのことが、できるっていうの!?

 やってみせなさいよ! お前が私のことを、少しでも好きだっていうなら!

 そうやって私の愛を、勝ち取ってみせなさいよ!!」



 光の膜に捩じられ、槍に貫かれたままのエランが、弱く首を振り。


 サクラではなく――――ミモザを見た。



「そう、か。おまえさえ、ミモザ。お前さえ、いなければ、カトレアは」



 サクラの頭に、一気に血が昇る。


 もう一度魔法を放とうとした、その時。



「【矛盾成る】」


「ぐあっ!?」



 さらに光の膜がエランを包み、捩った。



「ミモザ……?」



 サクラの師が、愛しい想い人が、光の槍を掲げている。



「サクラは渡しません。ですので」



 ミモザの足が、床を打ち鳴らす。何か黒い闇が、槍に収束していく。



「元婚約者としては誠に遺憾ですが、エラン」



 ミモザは力いっぱい、光と闇が螺旋を描く槍を振りかぶり。



王弟殿下あなたには、破滅していただく」



 放たれた槍が、轟音と光を放ちながら。


 エランの胸に、直接刺さった。



「【矛盾】に【杞憂】を重ねました。

 個人の究極の破滅が、どういう結果をもたらすのか。

 ――――――――見ものですね? エラン」



 エランの唇は動いているが、音にならない。


 声が出ていないのではなく、こちらに伝わってこないようである。


 彼の周りに、無数のひび割れが現れる。


 そして回り、万華鏡のように、煌めきながら。


 闇を集めて――――――――消えた。



「ミモザ……あれ?」



 サクラが呆然と呟く。


 闇が収束したことで、サクラたちを包んでいた世界から、元の場所に戻ったらしい。


 そこは先ほどまでいた王城の一室で、椅子に座ってテーブルに突っ伏しているオプテス枢機卿と。


 床に倒れているサリスの姿があった。


 ミモザは床に差していたらしい山刀を抜き、柄をサクラに向ける。


 サクラは受け取って二本とも腰の後ろの鞘に納め、師をじっと見つめた。



「戻ってきたようですね。どうしました? サクラ」



 すました顔の、ミモザを見て。


 その黄金の瞳の輝きと、流れる金糸を見て。


 サクラは顔に一気に熱が昇り、そして鼓動が高鳴り出すのを感じた。



「な。なんでもないでしゅ」



 そして膝から崩れ落ち、へたり込んだ。


 湯気がでる勢いで、彼女の首筋から上は真っ赤に染まっており。


 両手で頭を抱えると、サクラの手にはやけどしそうな温度が伝わった。



(なんかいろいろ口走ったの思い出して恥ずかしい!

 でもそれ以上に!)



 サクラの頭の中では。


 ミモザの「サクラは渡しません」という冷たい声が。


 幾重にもわたって響いていた。



(あれ、だめ。はかいりょくたかい。

 普段クールで、好きとか絶対言わない感じのミモザの、あれ。

 お脳が溶ける、溶けちゃう……)



 一つの世界と共に。


 彼女の因縁は、断ち切られたが。


 本人はそれよりもずっと……絆の萌芽に喜び、悶えていた。


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