7-7.〝縁の魔女〟――――ミモザ・ブロッサム

 恐るべき斬撃の予感に、サクラは体の前で両の刀を交差させて、身を護る。


 鋭い剣圧が迫る。その時。



(――――これは!?)



 縁が勝手に、引き寄せられた。


 サクラの体が流れるように動き、振るわれた刃を山刀が滑る。


 そして少しずつ、斬撃の向きを逸らした。


 刃はサクラの身に届かず、空を切る。



(躱せた! あのエランの剣を!?

 あ、これもしかしてアラルドさんの技!? あの人ほんとに強かったりするんだ!)



 革命軍のアラルドは庶子の出だが、腕一本でのし上がったのだという。


 教養も随分なものだったが、今サクラに宿る技には血のにじむような研鑽が見て取れた。


 返す刃が横に振るわれるも、サクラはこれも剣筋を逸らして躱す。


 そして下がり、間合いをとった。



(…………確かに魔法に巻き込んだのに、何で生きているのよ。こいつ)



 相手の剣士は……王弟エラン。


 彼はゆったりとした動きで剣を構え直し、サクラの方を向き直る。



「俺は素晴らしい力を手にしたんだ、カトレア。

 この、で、永劫共に生きよう」


(……経緯は分からないけど、もしかしてエラン、魔物になった?

 それも、タウンロアーとかに近い感じの?)



 サクラはかつて訪れた、動く町の魔物タウンロアーを思い出す。


 文字通り山のような魔物で、内部に不思議な空間を持ち、人を町ごと飲み込む。


 霊魂をすらも捕えておけるらしく、その在り様は町というより、小さな世界のようでもある。


 今の状況に、非常に近く符合すると、サクラは感じた。



(これは一人じゃ分が悪いってとこかなぁ。でも)



 サクラには。


 法則を覆すような、大きな魔法の力もない。


 エランを上回るような、剣の技もない。


 だが。



「お断りよ」



 サクラは両の刀の柄を、握り締める。



(私には、あの人のくれた技……〝ブロッサムの魔女〟の術。

 〝縁の糸〟が、ある!)



 彼女から伸びる不可視の線は、今も彼方と強く結びつき。


 固唾を飲んで見守るかのように、サクラの周りを緩くたゆとっている。



「……なぜだ。お前は俺を、愛していたんだろう?」



 エランの顔は、サクラのことがまったく理解できないといった色を浮かべている。


 サクラはそれが……とても癇に障った。



「業腹なことに、ちょっとは好きだったわね。でも今更よ。

 あなたが私に何をしたか、もしかして忘れたの?」


「忘れないさ。不幸な行き違いだったんだよ。

 君だって、喜んでいたじゃないか」



 サクラは頭に血が昇り。


 深く息を吐いて、自分を落ち着けた。


 心が、静かに、強く冷えていく。



「……そういえば結局あなた、私を抱けなかったのよね。

 アレを見ておいて、私が喜んでいた、ですって?

 童貞のあなたが考えそうなことだわ」


「ッ。おま、え。調子に……」



 煽られると、エランの表情が変わった。


 元より激しやすい男であり、やはり「あのこと」は気に病んでいたようである。


 サクラとしては、触れないのが優しさだと思ってはいた、が。


 ――――もう、我慢の限界であった。



「調子に乗ってたのはあなたたちでしょ。

 私はあなたたちの母親かなんかじゃ、ないのよ。

 大きな子どもの相手なんて、ごめん被るわ」


「おのれッ!」



 エランが風のように駆け、彼が手に持つ剣が閃く。


 サクラは山刀を振るい、下がりながら身をかわす。



「乙女が憧れるのはねぇ! いつだって、女の心に寄り添ってくれるいい男なのよッ!」



 剣戟。金属音が、断続的に打ち鳴らさせる。



「自分の道を歩むことすら精一杯で! 私に寄り掛からないと生きていけないようなッ!」



 反転。二合、三合とサクラが連撃を重ねる。押し込む。



「王子様ごっこしてるやつに! 私と一緒に歩む気がない男に!

 惚れこむわけ、ないでしょうがッ!!」



 踏み込んだところに――――反撃。一刀で、サクラの二つの山刀が弾き飛ばされた。



「うるさい鳥め。お前は俺の愛をただ、ひな鳥のように受けておればよいのだ」



 嘲笑うエラン。


 だが彼女は……諦めない。


 サクラがイメージするのは――――彼女の友たる、魔人。



「愛も! 信頼も知らない男が、ほざくなッ! 【矛盾成る】!!」



 エランの身が、薄い膜で捩じりあげられる。



「お前たちが嘲笑った彼女は、私にそのすべてを教えてくれた!

 お前なんかとは、違うのよ!」



 その拘束に向かって、サクラの手から光の槍が放たれた。



「お前の世界なんて、全部壊れてしまえ!」



 矛と盾が、炸裂する。


 周囲の、学園の景色がボロボロと崩れ……ひび割れたような、暗い闇だけが残った。



「それで終わりか? カトレア」



 そして妙なひび割れが走ったエランも……健在。



(すでに死んでいたメナールたちが、ここにいたってことは……。

 たぶんエランは、亡霊なんかを取り込んでる。

 タウンロアーは外側が無敵で、核は普通のボスだったけど。

 こいつは核もチートってことね……さて。どうしよう、かしら)



 跳ね飛ばされて落ちた山刀までは、距離も遠く。


 魔法の衝撃で少し間は空いたとはいえ、目の前にはエラン。


 サクラは無意識に、何かを手繰り寄せるように……左手を、掲げた。







「――――ええ、詰みですね。あと三手です」






 サクラの左手小指の先から、な糸が張る。


 真っ直ぐに伸びたそれは、暗闇のヒビの向こうに繋がって。


 赤く――――とても濃い赤に、染まりあがった。



「ミモザ!」



 サクラの最も強く信頼する縁が、引き寄せられた。


 ヒビの向こうから、低く滑空するように魔女が駆けてくる。


 彼女は落ちた山刀を拾い上げ、柄を打ち鳴らすと、一本をサクラに向かって放り投げた。


 サクラは山刀を受け取り、構えた。



「ミモザ、ミモザ・ブロッサム! 貴様が、貴様がいなければ!」



 エランが激昂し、ミモザに向かう。そして、すばやく一閃。


 ミモザは刃を受けず……だが、その姿が、霞んだ。


 エランの剣は虚空だけを撫でる。



(今の、たぶんユラ王女の技!? あの人、こんなことできるの!)


「一手!」



 ミモザの声が響き、その山刀がエランの足を切り裂く。鮮血が飛び散る。



「小癪な!」



 エランが振りかぶるのを見て、サクラも駆け寄り、刀を振るう。



「二手!」


「ぐっ!」



 エランの手首が切り裂かれ、剣が落ちる。



「「三手!!」」



 二人がエランの胸に、刀を突き込む。



「ハッ! こんなもので、俺は倒れんぞ!」



 そのまま彼は、二人につかみかかろうとしたが。


 ミモザとサクラの間を――――たゆとう赤が走った。


 想いが。すべてが、伝わる。



「「王手チェック」」



 サクラは全力で、魔力を練り上げた、碧の光が広がる。


 ミモザは渾身の力で、弟子の魔法を引き寄せた。


 聖なる力の奥義が、刀の鳴らす波紋の中に溶け込む。



「「【聖鳴る哉せいなるかな】!!」」



 それは対アンデッド用、鎮魂の秘儀。


 「一度死んでいる」ということを条件に、必ず死を与える再殺の技。


 エランの体が、急速に崩壊し始める。


 もしもエランが、ドラールに殺されず。ただ魔物になっていれば。



「ばか、な。きえる。おれが、なくなる?」



 この魔法が、彼の致命となることは、なかった。


 二人が刀を引き抜くと。


 エランは力なく膝をついた。


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