7-6.〝縁の魔女〟――――サクラ・ブロッサム

「アカシア伯爵令嬢ミモザ・ブロッサム! お前との婚約は破棄だ!

 カトレアにした数々の所業、許し難し! この女を捕らえよ!」


(…………あれ?)



 第二王子エランの宣告が響き渡る。


 彼の命を受け、打ちひしがれる女に兵士たちが縄を打った。



(あの人。ずっと、探してたのに。

 ……? なんて、名前だっけ。

 出て、こない)



 彼女はエランの後ろから、成り行きを見守る。


 勇ましいエランの背中。だがどうしても……彼女は気分が、落ち込んだ。


 囚われようとしている、〝あの人〟にばかり意識が向く。



「フン、然るべき罰を受けるがいい。魔女め」



 宮廷魔術師に内定したという、ルカインが鋭く女を見ている。


 彼女は眉をひそめたが、誰にも気づかれなかった。



「この場で首を刎ねてやればよかったんじゃないか?」



 騎士の道に進むというメナールが、少々乱暴なことを口にしている。


 彼女は首を振ったが、男たちは誰一人気にしていない。



「二人とも。罪は償わせるもの。いたずらに貶めてはなりません」



 聖職者らしいことを述べるライルは、父と同じく聖教団でそのまま歩むらしい。


 連れていかれる女性に彼女は手を伸ばすが。


 届かない。



「カトレア。改めて、大事な話があるんだが」


(かと、れあ? ……私のこと? そう、だっけ)



 男爵令嬢のカトレア、だった気もするのだが。


 彼女は自分が、もっと違う名だったような、そんな気がして。


 混乱するも、王子に正面から向かい合う。


 碧の髪の王子様。青みがかった瞳が、彼女をじっと見ている。



「俺と結婚してほしいんだ。受け取ってほしい」



 彼は人差し指と親指でつまんで持った指輪を、彼女に見せてから。


 彼女の左手を手に取って、その薬指に指輪を近づけていく。


 指輪がはめられようとしている、薬指の隣で。



(わた、しは。このひとを、あいして。けっこん、したくて)



 赤い糸が。


 色を、失っていった。





 ――――今。彼女の繋いできた縁が、蘇る。





(でも――――できなかった!)



 彼女にしか見えぬ不可視の魔力線〝縁の糸〟。


 それが広がり、彼方と彼女を結びつける。


 縁が彼女に、自身が何者であるかを伝えてくる。


 望洋としていた意識ははっきりと戻り、彼女は目の前の男たちを〝敵〟と定めた。



 彼女はすっと手を引き、無意識に腰の後ろに両手を回す。


 学生服の腰の部分には何もなかったが。


 そこには確かに、彼女の愛刀がおさめられていた。



(そんな未来は、なかったんだ!!)



 一閃。彼女が左右から振るった刃が、エランの持っていた指輪を砕いた。



(それは……こいつらに酷いことをされたから、じゃない。

 私には――――もっともっと、大事な人がいたからだ)



 過去の焼き直しのようなものを、見せられて。


 彼女は…………思い出していた。


 なぜかエランとの逢瀬に幾度も失敗し、ギクシャクしていた頃。


 彼女がいくども、領に帰ったのことを話題に出し。


 彼女が、あの人を悪く言う四人に、反論し。


 それがエランの勘気に、強く触れたのだ。


 殴り倒された彼女が次に目覚めたのは。


 暗い研究所の、床だった。



(こいつらが、あの人を貶めたから!

 私と対等であってくれた、大事なあの人を!!

 だから私は!)



 エランたちが剣呑な顔で、彼女のことを見ている。



「――――カトレア」


「私はサクラ! サクラ・ブロッサム!!」



 二本の山刀が、続けざまにエランを斬りつける。


 躱されたが、彼の腕と顔に浅く傷が走った。



「お前たちと、縁を切った女だ!」



 男たちが、各々獲物を構えだした。


 エランとメナールは剣を抜き、ルカインは杖を構える。



「お前も逆らうのか!? 躾けてやるよ!」


「少々痛い目を見てもらおうか。試したい魔法があったのでね!」



 エランは下がり、メナールとルカインが進み出る。


 ライルはエランの傷を癒しているようだ。


 彼女は――――サクラは。



 



(力を貸して、サリス!)



 サクラが腕を振るうと、しゃなり、と音が鳴る。


 メナールが両手で持った剣を上段から振りかぶった。



「Aah――――――――」



 サクラの歌声が何重にも響き渡り、共鳴し、不可視の壁を作る。



「ぐっ」



 メナールの剣が、サリスの唱和魔法に弾かれる。



「私の友達が言っていたわ。貴族の誘いは袖にして、その山刀でなますにしてやれってね!」



 サクラはその隙をつき、彼の手首、そして踏み込んで首筋を切り裂いた。



「かと、れあ……!」


「吹き飛べ!」



 印を結び終えたルカインが、緑色の火球を放った。それはメナール諸共、サクラを飲み込む。


 だがサクラは音の壁に守られており、炎は届かない。メナールだけが、炎に包まれる。


 サクラは両の山刀を回して逆手に持ち替え、ステップを踏みながら、前に駆け出す。


 その足が素早く何度も、地面を叩いた。


 倒れるメナールの脇を抜け、炎を纏いながらルカインに迫る。



「ちっ、その壁ごと焼き尽くしてやる!」



 続けて放たれる緑の炎が、確かに音の壁を浸食しつつあった。



(スネイル様、ティーネ様!)



 サクラがまた、縁を引き寄せる。


 炎の中。高く足音が響いた。



「【火 日 爆 瀑かかばくばく冬 凍 鬼 気とうとうきき雷 禮らいらい】」



 最後にサクラは、刀の柄と柄を打ち鳴らす。



「【 しょう 】!!」



 ルカインの炎がサクラの音の壁を食い破る前に、広がる波紋にかき消される。



「九元円環魔法!? 馬鹿な、この私でもぬあぁ!?」


「ぐおぉぉぉ! カトレア、君は、いったい!」



 治癒を切り上げたライルも参加し、二人は懸命に防御魔法で波紋を押し戻そうとするが。


 サクラが重ねて柄を打ち鳴らすと、さらなる音が到達し。



「滅ッ」



 彼女の掛け声に応えるかのように、音に黄金の炎が灯った。


 爆発が起き、雲のようなものが広がって彼らを包む。


 中では炎と氷、相反するものが二人の身を粉々にし、焼き尽くした。



(手応えが変だ……?)



 サクラの元へ。


 身を焼くような剣気が、迫った。

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