7-5.煌びやかだった者たちの幻影

「ぼーっとして、どうした? カトレア」



 茶髪を短く刈り込んだ、背の高い少年が背をかがめて彼女を覗き込んできた。


 彼女は何気なく、周囲を見渡す。


 学生服の男女。廊下。窓。教室。



(学園? 貴族……学園?)


「なんだ、気分でも悪いのか?」


「ひゃ!?」



 大きな手のひらを額に当てられて、思わず声が出る。


 少年は自分の額にも手を添えている。



「熱はないみてーだな。いろいろ頑張ってるみたいだけど、無理すんなよ?」


「あ、えぇ。ありがとう……メナール」



 騎士団長の子、メナール。


 両親に期待され、騎士の道へ進もうとしている。


 腕はいいもの、ここのところ伸び悩み、剣術の模擬戦でも勝てないことが続いていた。


 原因は、彼の心根。とても優しく、本当は争いごとになど向いていないのだ。


 だが尊敬する父や優しい母の期待に応えたくて、自分を押し殺して懸命に頑張っている。


 彼の本質を見抜き、守るための剣を閃かせることができれば、彼は気高い騎士として立つ。


 それができなければ軋轢に押しつぶされ、優しさを忘れ、粗暴で惨めな賊まがいの男となり果てる。


 そして。


 彼の心が救われることはなく。


 彼はただ、カトレアの優しさに依存し、溺れた――――。




(あれ?)



 急に周囲の風景が変わった。教室の中。彼女の隣にいるのは。



「カトレア、ここが間違っているよ。どこで計算違いが起きてるか、わかるかい?」


「えっと、たぶん、ここ……?」


「違うね、こっちだ。でもいい線行っているよ。ここはね」



 小声で彼女に教えを授けているのは、枢機卿の子、ライル。



「……? 僕の顔に何かついてる? カトレア」


「うぅん。なんでもないの」


「じゃあ続けるよ?」



 彼女が頷くと、ライルの丁寧な解説が再開された。


 彼は信心深い父親に勧められ、聖教団に入っている。


 卒業後はその道に進むという話ではあるが……彼は商売に強く関心があるようだった。


 人に何かをもたらすことを好む一方、人に何かをもたらされることにも素直に喜ぶ。


 与える一方である聖職者の有様には、不安を抱えていた。


 しかし父親の姿勢は尊敬しており、そこに近づきたいと懸命になっていた。


 財貨ではなく、信頼を与え、集めることに意義を見出すことができれば、彼は将来教皇にすら昇り詰める信仰の徒となる。


 だがそれができなければ、人の心を利で推し量る、俗世に薄汚れた聖職者崩れとして腐敗をまき散らす存在になる。


 そして。


 彼は父親との確執に疲れ、薬に手を出し。


 カトレアのもたらす、甘美な喜びに目を曇らせる――――。




(ここは……外? グラウンド?)



 彼女は動きやすい運動服で、いつの間にか校庭に立っていた。


 周囲では生徒たちが、あれやこれやと的に向かって魔法を放っている。



「カトレアはやっぱり、見立てがうまくいかないね。

 でもその大きい魔力は、多くの可能性を秘めている。

 ……どうかしたのかい?」


「え。ううん。ルカイン、ちょっとぼーっとしてて、ごめんなさい」


「謝らなくていいさ。キミ一人で随分魔法を撃った。疲れて当然だよ」



 宮廷魔術師の子、ルカイン。


 貴族の令息でもあり、また母が名高き魔女でもある。


 当然に、魔法の道に進むことを期待されていたが。



「ルカインは……すごいね」


「そうでもないさ」



 頑丈なはずの的が、彼の使ったものはごっそりと破壊されている。


 彼自身は魔法そのものよりも、魔法で何かを破壊することに価値を見出していた。


 魔法省の外勤……外部勤務特殊戦闘職員あたりが適任、なのだろうが。


 父母からは宮廷魔術師や研究者の道を期待されている。


 ルカイン自身は、優れた魔法の使い手たちである父母を尊敬しており、自らの性質と折り合いをつけようとしている。


 彼の視野を広げ、国中を歩き回りながらも種々の研究に手をつける道を示すことができれば、彼は魔物の生態研究の第一人者として長く名を残すことになる。


 だがそれができなければ、宮廷魔術師の皮を被り、危険な実験に手を染める狂った研究者の道を歩む。


 そして。


 彼は、父親の妄執に飲み込まれ。


 カトレアの持つ性質に惹かれ、その魅力の虜となる――――。




「皆にも聞いたが、少し疲れているようだね? カトレア」



 また、場所が変わり。


 カフェではなく……中庭の一角。


 高位貴族が茶会を開く辺りだ。


 緑の髪をし、青みがかった目をした貴公子が、彼女をじっと見ている。



「そうね。みんなに言われる。少し頑張りすぎたのかしら」


「俺くらい、肩の力を抜けばいいのに」


「エラン、お兄様を支えるんだって、いつも張り切ってるのに?」


「兄上がいるから、俺は気楽な方だよ」



 そうは言うが、年の離れた兄の役に立とうと、エランは懸命である。


 特に剣術は、並みの騎士をはるかに凌駕する腕前を持っていた。


 魔法にも通じ、その他座学も好成績。


 彼は自分が兄の支えとなることで――――父を王の座から、追い落とそうとしている。


 自分を産んですぐ母が亡くなったことを、噂を真に受けて父のせいだと考え、妄想の憎悪を膨らませていた。


 溢れる才と憎悪ゆえ、彼は傲慢な人間となっており、誰に対しても尊大に接する。


 彼がその気楽さを捨て、人の上に立つ責任を自覚すれば、王弟、後に賢王としてこの国をけん引していくことになる。


 だが甘えが抜けず、その憎悪に溺れれば、父王を殺して混乱を招く極悪人となり果てる。


 そして。


 カトレアに母を見た、彼は。


 その母性に溺れ、また「母に恋愛感情など抱けない」という矛盾に苛まれ、畜生に身を落とすことになる――――。




(…………? ここにはなんで、がいないんだろう)




 そして彼女の魂は。


 真の導き手を求め、彷徨う。


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