7-4.そして因縁が訪れる

 エランの父殺しについて。


 サクラは転生前に触れた、この世界に非常に酷似したゲームの、あるイベントを思い出した。



(そうだった。エランを産んですぐ亡くなったお母さま絡みで、エランは王様恨んでるんだっけ。

 私は結局この世界で、そのイベントを見なかった。たぶん、ゲームにない逆ハーレムルートを進んだ影響。

 ミモザの介入ってのもあるけど……とにかく、エランは王様を恨みっぱなしだった。

 ゲームではヒロインに諭されて会心して、和解してるけど、それがない。

 これで、感情的な流れは出そろった。

 あと、一つ)



 サクラは息を吸い、腹の底に力を込め、また前を向く。


 この欠片が埋まるかどうかは、わからない。


 だが知っているとしたら、この人しかいない。


 サクラはそう、直感していた。



「最後に。ドラールと名乗る、金髪碧眼の少年について。何かご存知ではありませんか?」



 サクラが枢機卿に尋ねたのは、革命軍を抜け、行方をくらませているドラールのことだった。



「…………今の彼について、私が知ることはありません」


「彼は。先王様の隠し子、ですね?」



 サクラの指摘に。


 オプテスの顔色が、はっきりと変わった。



「彼は、ゴライト侯爵と縁があるようでした。彼につき従っていました。

 ただの革命軍の新入りにしては、少々関わりが深すぎる。

 彼が何者なのか、私はこれ以上の情報をほとんど知りませんが。

 あの髪と目の色を鑑みると。

 その上で、マリンとの関係性を振り返ると。

 おそらくは、例の事件の……魔石売買に関わっている。

 そしてその過去、彼の原点は。

 先王の血」



 例えば。公爵家生まれのシーラでも金髪碧眼は出ている。


 王家の血が入っていれば可能性はあるわけだが、近いほど出やすいと見られる。


 庶子ではなく、王家所縁の人間であると考えれば、侯爵との妙な繋がりにも説得力がある。



 それは推理とも言えないような、ほとんどサクラの勘、ではあったが。



「……………………ええ。私が初めて逃した方の、息子です。

 母親は亡くなったとは、聞き及んでいましたが。

 そう、ですか。彼も、マリンに……なんという」



 枢機卿は、柔和な顔に苦渋を滲ませ、答えた。



(よし。これで

 〝縁の糸〟が見えなくても、縁自体は存在する。

 ならば。縁がそこにあるのさえ、わかってしまえば――――占える)



 サクラは頷き、それからゆっくりと深呼吸した。


 ここからが、本番である。



「ありがとうございます。オプテス様。

 顛末を……見て行かれますか?」



 サクラは膝の上に用意していた包みを、そっとテーブルの上に乗せる。



「是非に。

 盲目であった私の罪の行く果てを、見せてください」



 サクラは頷き、包みを解く。


 中からは、丸い水晶が現れた。


 透明で、表面には覗き込む人の顔すら映る。


 サクラは。水晶を持ち上げるように、そっと左手を押し当てた。


 赤い糸を伝い、碧の光が玉に流れ込んでいく。



「…………これが、あの少年の」



 すぐに像が映り込んだ。


 オプテスが声を上げたように、映っているのは金髪碧眼の少年。


 いつかのように、黒いマントを纏っている。



(ドラール……場所は、牢屋?)



 鍵を差し込み、鉄格子の扉を開けて、彼は中へ。


 そして床に倒れている人影に近づく。



(緑の髪……様子がだいぶ違うけど、これはもしやエラン?)



 エランと思しき囚人の周りには、半透明の何かが浮かんでいる。


 人影のようなそれに、サクラは見覚えがあった。



(タウンロアーで見た亡霊みたい。それに……これ、メナール?

 ライル、ルカインもいる)



 サクラが少し視線を上げると、水晶を見るオプテスが何かを堪えたような顔をしている。



(……? 何か話してる。ドラールとエラン。いったい。

 音声は出せないけど、なんとなくわかる。

 製法? あと、なんで父を殺した、とか。

 いろいろ聞いてる)



 サクラはドラールが訪ねている内容を、逐一記憶に刻んだ。


 エランは妙に穏やかな顔で、その質問に丁寧に答えている。


 ドラールは話を聞き終わったのか……最後に。



(ん? なに? 殺してもいいから、お願い? あの装置を壊してって――――)



 エランの首を、ナイフでかき切った。


 そして、何やら牢屋の隅にあった装置を苛立った様子で蹴り、立ち去る。


 装置は崩れ、火花を散らした。



「……………………ぇ?」


「サクラ。これは、いつ頃のことですか?」



 ミモザに問われ、サクラは意識を集中する。



「えっと。たぶん少し前。オプテス様が、来た頃、です」


『ミモザ!』



 声と共に、部屋の扉がノックされた。



「失礼する! ミモザ! それにサクラもいましたか!

 王弟エランが、牢で殺されました!」



 入ってきたのは、王女の伴侶・サリスだった。


 室内の三人は、彼女の言葉に顔を見合わせる。



「サリス。金髪碧眼の、ドラールという少年を知っていますね?

 彼が犯人です。至急、追跡を」


「本当ですか、さすがミモザ! さてはスタールもあいつが……!」


「私の占いの結果とは違いますが、あり得ますね……。

 彼は私の縁にはない。事態の中心にいても、見ることができません」



 伝えて唸るミモザ、喜ぶサリスを見て。


 サクラの背筋に、強烈な悪寒が走った。



(違う!)



 サクラの知る限り、ドラールはああ見えて慎重さのある男だ。引き際を心得ている。


 もし、彼が事件の核心、犯人であるならば。今エランの首をナイフで切ったのは、おかしい。


 事件の始まり、死んだスタールは外傷もなかったと聞いた。


 そのような手段で殺せるのなら、あのドラールが使わぬはずがない。


 つまり、スタールを殺したのは――――ドラールでは、ない。



(そうだ、エランは最後に、『あの装置を壊して』とドラールに願っていた!

 まだ何かある、犯人はドラールじゃなくてエランで!

 あの変な装置が絶対に関係してる!

 今はドラールに構ってる場合じゃない……まずい、すごいまずい予感がする。

 これ、誰に聞けば……!)



 その時。



「――――あ、れ?」



 強烈な眠気を感じ、サクラは呆然と呟く。


 部屋の中に、何か黒い靄のようなものが現れ。


 枢機卿、サリス、そしてミモザまでもが何の抵抗もできず、倒れる。


 サクラもまた。



(なにこ、れ。意識が、もたない……)



 サクラの不運は。


 今ここに、報せを持ってきたのが……サリスだったこと、である。


 彼女はレン・ルティと行動をともにし、スタールの死を調べていた。


 つい先ごろエランの牢で彼の死を知った三人。ルティはエランの死体を検分。サリスは方々に報せに走った。


 そして壊されていた装置の具合を診ていたレンは、この場に来なかったのだ。


 だがもし。「装置はエランの願いにより壊された」という情報が、彼女に伝わっていれば。


 サリスではなく、レンが直接報せをここまで持ってきて、いれば。




 ――――――――王都が、謎の闇に包まれることは、なかったのだ。


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