7-3.人として、親として
オプテス枢機卿には、すぐに呼び出しがかかったらしく。
彼は夕刻前には、王城にやってきた。
応接ではないまた別の一室で、サクラとミモザは彼を出迎えた。
内密の話があるということで……他の人間は、いない。
「ああ、よいのですそのままで。女神様の下に、ひとは平等です。
――――初めまして、サクラさん」
「はい。初めまして、オプテス様。
お元気そうで、何よりです」
立ち上がって迎えるサクラとミモザに、訪れた男性は穏やかに言った。
白い法衣をゆったりと纏う、ふくよかな印象の男。
柔和で人懐っこい顔だが、背筋は伸びて歩いても姿勢が乱れない。
オプテスは教団外の出でありながら、人々の信を集めて長年枢機卿に選ばれ続ける、信心の鑑のような男だった。
「ふふ。私は図太いので。息子があのようなことになろうとも、やせ細ってはいられないのです」
サクラがすすめた椅子に腰かけながら、枢機卿が応える。
テーブルを挟んで向かいの椅子に、サクラとミモザも腰を下ろした。
「その。今日お話を伺いたいのは二つ。
不躾ながら……そのことについても、是非」
「事件の話は聞きましたが、何やらその解決に必要だと。
王家直々にお呼びいただき、ブロッサムの名を出されては、否もありません。
ですがご意図は伺いたいですね」
さすがに用向きはある程度オプテスにも伝わっているようである。
だが、息子の関わった事件と死について語れと言われれば心穏やかではあるまい。
柔和な顔の先を見据えるつもりで彼を見ながら、サクラは言葉を紡いだ。
「師・ミモザの占いにより、今回の事件が私が囚われていた頃……。
あの魔石虐殺の走りが関係していることが、わかっています。
さらなる解明のため、エランとその関係者のことを知るのが、重要なのです」
「スタール周りではなく、エランの関係だと。
確かに、スタールが今さらどうこうされるというのは……そもそもに理屈に合いません。
不可解な点もあると聞きますし、私がお話するのは問題ありません。
ですがそうなると、獄中のエランに直接話を聞けばよかったのでは?」
問われ、サクラは思わず隣のミモザをそっと見た。
言っていい話なのかどうか、判断がつかなかったからである。
「横から失礼いたします。ブロッサムの魔女・ミモザです。
王女殿下曰く、エランは処刑の関係で、今は話を聞ける状態にはないそうなのです」
ミモザが、先にユラから聞いた話をオプテスに伝えた。
この当然の疑問は枢機卿を待つ間に上がったが、エランはどうもまともな状態ではないらしかった。
「処刑」についてはサクラは詳しく知らないが、ミモザは内容まで知っている様子である。
「なるほど、わかりました。
それでサクラさん。ライルのことを聞きたい、と?」
「はい、その」
サクラは脳裏に、かつてこの王都で会った侯爵のことを思い浮かべた。
「以前会ったゴライト侯爵……マリンは、息子に対しても妻に対しても、嫌悪すら抱いているようでした。
メナールの父親である元騎士団長のレオパルド様や、オプテス枢機卿にしても……その。
ご子息の罪を償わせることには、マリンと同様に積極的でした。
私が知りたいのは、そこにあった本当の関係性。
表に出ない、結ばれていた当人同士の縁が、いかなるものであったか、です。
それを元に、事件の核心を占います」
サクラの問いかけに。枢機卿はしばし、瞑目した。
彼は目を開いて、一度サクラを見て。
少しだけ、視線を逸らした。
「信じていただけるか、わかりませんが。
私は父親として、ライルを愛しておりました」
「…………枢機卿として、は」
「少々、かけた期待が重すぎたと思っております。
同じ道に進めば手助けできると思い、勧めましたが。
教団は、あまり合っていなかったようです」
そして彼は、少し長く息を吐いた。
表情に少しの疲れがにじんでいる。
「我々が、悪かったのです。
詳細までは聞いていませんが……様々な点を踏まえると、あのマリンがすべての元凶でしょう。
少し前に、捕えられたとも聞きます。
罪状は明らかではありませんが、夫人が亡くなったのに際し、奴の所業が明るみになったのだと。
少なくとも私と、レオパルドはそう思っております」
「レオパルド……元騎士団長、行方をくらませていると聞きましたが。お会いになったのですね」
サクラの問いかけに頷き、枢機卿の告白は続く。
「我々は夫人……ハマナとは、直接の親交があったのです。
葬儀には出られませんでしたが、それを機にレオパルドと少し話をしました。
マリンは、かつての我らの仲間、のようなものでした。
インディ国王を囲み、国の未来のために働く仲間。
インディは少々女性に弱く、また怠け癖が抜けない男でしたが。
ある時から、必死に働くようになりまして。
……おっと。思い出話を披露しても、しょうがありませんな」
「いえ、続けてください」
「ありがとう。
ですがインディが即位する以前。
早くに爵位を継いだマリンは、中央貴族らしい傲慢な男になっていきました。
その頃から交流がなくなっていきましたが……我々はどこかで、彼をまだ仲間だと思っていたのです。
互いの息子たちが関わるようになり、それを喜びましたが。どこか彼だけは、冷ややかで。
ゆえ、気づかなかったのです。仲間があのような非道に、手を染めるはずがないと……目が曇っておりました。
サクラさん。あなたに助けを求められたときもまだ、私は半信半疑だったのです。
ですが息子たちは、とてつもない悪事に手を染めていた。
仲間の手引きで、取り返しのつかないことをしていた」
オプテスはどこか沈痛で、しかし毅然とした表情で、顔を上げてサクラを見た。
「愛していましたとも、ライルを。止められるものなら、止めたかった。
取り返しのつかないことをしたあの子に与えた罰は……あれが一番、あの子を苦しめずに済む選択でした。
安らかに逝けたとは言えませんが、少なくともマリンの息子よりは、罪を悔い、しかして穏やかに旅立てたでしょう。
そういう薬を、飲ませましたので」
親と、聖職者と、その間で揺れるようなオプテスの瞳を見て。
サクラは不思議な感情を、抱いていた。
どこか、ひとでないものを見ているような、そんな。
「ご理解、いただけませんか」
顔に出ていたのか、サクラを見てオプテスが付け加えた。
「その。申し訳ないのですが。愛している、というのなら。
なぜもっと、寄り添わないのか、と。
必死に救い出そうと、しないのかと」
サクラは。自分なら。
愛する相手が罪濡れているのならば、その手をとって救い出そうとすると考えた。
寄り添い、共に歩むだろうと。
エランたちがそうしたように、手ひどく拒絶し、裏切られることがなければ、ではあるが。
「…………薄情なことを申し上げるのなら。あくまで父親として、だからでしょう。
人として反りが合うかと言えば、そうでもありません」
「人ではなく父親として愛することが、その。あなたの行動に、どうつながるのですか?」
「人である以前に、親なのです。子に対する責任が、一番に来ます。
子が罪を犯したならば償わせ、足りなければ共に逝く。それが親です。
あるいは立場を鑑みれば、その対応はもっと苛烈になる。
例えば、レオパルドは人である以前に騎士としての自分を定めていました。
だから騎士の行いに反した彼の息子を、自ら裁いたのです。
そして彼自身は、騎士団を退いた。今も、遺族のために働き続けています。
それは。私も、ではありますが」
サクラは、感情が追いつかなかったが……整理し、理解は及んできた。
人としての感情で愛しているならば、寄り添うべき……これがサクラの考え。
だが親として愛しているのなら、子に対する責任を果たすのが最優先と枢機卿は言う。
これが立場、すなわち枢機卿や騎士団長、あるいは貴族が先にくれば、もっと対応は苛烈になる、と。
「影響の範囲の大きさです、サクラ。
人として愛するなら、それは個人間の関係でまとまる。
親として愛するなら、それは家という単位の話になる。
立場が出てくると、これはもっと大きくなる。大きな、責任を伴います」
師の言葉が、サクラの心にすっと浸透する。
「関係している人がたくさんいるから、示しがつかない、と」
「私はそのように考えます。サクラ嬢」
オプテスの答えを聞き、サクラは少し視線を落とし、考える。
(責任、立場……これを踏まえないと、縁を読み違えそうね。
立場とは、信用の集合のようなもの……って前にミモザが教えてくれたっけ。
それなら、私にもわかる。
その上で。枢機卿や騎士団長と、マリンは似てるけど違う。
状況、立場、責任……そうしたところが似てるけど。
個人がまったく異なる。他者への向き合い方というか。
この事件の関係図は、マリンを中心に多くの人が巻き込まれた、と見るべき。
あと、巻き込まれていて状況が読めないのは……二人。
一人は)
サクラは再び顔を上げ、また問いかけた。
「エランは、どうだったのでしょう。先王と、彼の関係は」
「それについては、多く語ることを持ちません。結果がすべてです」
「ぁ」
サクラは言われ、小さく呟いた。
先王……エランは己の父親を、自ら殺したのだ。
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