2-5.運命の赤い糸は、死を運ぶ

 サクラがクッキーを食べる音だけがたまに響く中、ミモザは彼女の検分を終えた。


 本人に聞いたところ、他人の〝縁の糸〟も見えなくなっているという。


 だが魔法が使えなくなったわけでも、魔力がなくなったわけでもない。


 〝縁の糸〟絡みだけ、不能となっている。サクラからは糸が出ておらず、サクラもそれが見えない。


 つい昨日までは、確かにあったはずだが。


 椅子に座るサクラを立って後ろから眺めているミモザは、顎に手を当ててじっと彼女のつむじ辺りを見る。



(エラン王子との太い縁が、昨日切れた。それの影響、という可能性もありますが……)



 だがサクラは縁が切れた時、未来を見たという。


 これはブロッサムの魔女の奥義だ。正常な反応とも言える。


 少々気恥ずかしい思いをしながらもミモザは詳細を確認し、サクラが未来を見たことが間違いないと判断していた。



(私と結ばれる未来を予知した、というのはちょっとこう……今は忘れましょう。

 それよりも……………………ん?

 これ、は。もしや)



 ミモザは近い事例に思い至り、頭の中でいくつもの可能性を想起、折り重ね、分析していく。



(魔女が縁を見られなくなる、という事態はある。記録にもあるし、そうなった方を実際に私は知っている。

 けど……その方の場合、ただ見えなくなったわけではない。

 サクラには、は出ていません。

 しかし私との未来を見た、その直後であると考えると……確認しないわけには、いきませんね)



 ミモザは正直目を逸らしたかったが……改めてサクラの真後ろを確保。



(……本当にそうだった場合、聞くことでアレが発現してしまう可能性もある。

 そうなれば、あるいは私も……………………)



 ミモザはぐっと唇を噛みしめ、密かに小さく拳を握り締めた。



(ですがサクラのためにも、無視できません)



 そして決して自分の方を見られないように注意し、重く重く、口を開く。



「サクラ。その…………あなたは、私との、アレを。未来を、見たと言いますが」


「ん。はい、ばっちり見ましたよ」



 今度はちゃんと口の中のものを飲み込んでから、サクラが応えた。


 幾分かは気分が落ち着いている様子だ。一方のミモザは、徐々に冷静さを失いつつあったが。



(――――ええい、ままよ!)



 大きく息を吸い、再び言葉を口に上らせた。



「あなたは今も私を、その。好いている、というか」


「ええ、愛してますよ?」


「~~~~~~~~ッ!!」



 ミモザはありとあらゆる体術を駆使し、一瞬にしてサクラから距離をとって部屋の壁際まで下がった。



「……? 先生?」



 急にミモザの気配が遠のいたことに気づいたサクラが、振り返ろうとし。



「そのまま!動かないでくださいサクラ動かれると私今何をしでかすかわかりません」



 すらっと一口に言ったミモザの言葉に、ぴたりと動きを止めた。


 サクラはゆっくりと正面に向き直ったが……その肩が、僅かに震えている。



「んっふっふ。ミモザは初心だねぇ」


(なんと言われようとも何も言いませんよこの話題サクラにとっては藪蛇なんですから!)



 楽しげなサクラの様子に反し、ミモザはすでにいっぱいいっぱいだ。


 確かにミモザは王子に振られ、結局ちゃんと恋愛などしてないわけで。


 一方のサクラはと言えば……きっと、多数の経験をしている。望んだものも、望まぬものも。


 しかして、その当人は。



「…………いいんだよミモザ。そんな気を遣わなくても。

 聞いてもいいし、聞かなくてもいい。肩の力抜いていいの。

 あなたがいてくれることに比べたら、全然大したことじゃないんだから」


「そう言われても私の気が済まないのです」



 明らかに人の心理を正確に読んだ様子の弟子に対し、ミモザはよく考えもせず、ついすらりと答えたが。


 サクラは横顔を見せ……耳まで赤くしつつ、ゆっくりとほほ笑んだ。



「ほんと、そういうとこ。あなたは心地いい。

 甘えて、しまう。ミモザだけは、何の疑いもなく、信じていられる……」


「サクラ…………」



 しみじみと言うサクラに、ミモザは思わず歩み寄る。


 静々と、再びその背後まで戻った。



(私も……)



 そうして、ミモザはサクラの後頭部に向かって、そっと左手を伸ばし――――





 二人の間に、赤い閃光が広がった。





「これは!」「なに!?」



 光は。すぐにおさまった。


 手探りで伸ばされたサクラの左手が、ミモザの左手と重なっている。



「なんて、こと……」



 ミモザは、そっと呟いた。



「え、これ――――赤い糸!?」



 自身とミモザの手の先を見るサクラが、驚きを口に上らせた。


 彼女たちの左手小指を。


 魔力の象る、赤い〝縁の糸〟が結んでいた。



「え! ほんとに!? うわ、うわー!」


「……落ち着きなさい、サクラ」



 はしゃぐ弟子の肩に右手を置き、ミモザは彼女の左手をそっと握り込んだ。


 ミモザは数度口を開いては閉じ、また何度も呼吸して。



「…………ミモザ?」



 不思議そうに横顔を向けるサクラの目から、逃れるように俯き。



「よく聞きなさいサクラ、我が弟子よ。この糸が切れた時、あなたは死ぬのです」



 絞り出すように言った。



「――――――――――――――――ぇ?」


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