6-3.人か、魔物か
数日。
サクラたちは伯爵邸の一角で、書類の検分をすることとなった。
革命軍の二人、アラルドとトライラの仕事ではあるが、ミモザたちとしても思惑があるので手伝いを申し出たのだ。
だがその思惑は……果たせていない。
隙を見て伯爵には接触できたものの、縁の復帰はすげなく断られてしまった。
ミモザたちに協力はしたいところだが、できることはないとも。
それでも、ミモザは納得していない様子であり。
ある日。
「……? どうしました、ミモザ様」
夕暮れ。伯爵邸からの帰り。
立ち止まったミモザを見て、トライラが声をかけた。
サクラは。
(そろそろだと思ったわー)
師が突飛な行動に出ようとすることに、さすがに慣れていた。
「アラルドさん、トライラさん。ちょっとミモザは疲れてるみたいなんで、私元気づけてきます。
お二人は、先に戻っててください」
「ぇ。そういうことならごい「あー! そうねそれがいいよサクラさんこっちはなんとかしておくから!じゃ!」」
アラルドが素早く、トライラの肩を抱えて連れて行った。
彼は一度だけ振り返り、サクラに向かって片目をつぶってみせる。
(さすが革命軍の中間管理職、気苦労の絶えない男……察しが良くて助かるわぁ。
でもあれ、なんか私たちが普通にデートするとかそんな感じに見られた?
いやまさかね……)
「…………あれ、大丈夫なのでしょうか。トライラさん」
ミモザがぼそりと声を出した。何か心配そうな様子だ。
サクラは彼女の案じている内容を察して、答える。
「アラルドさん、身持ちの固い人よ。身近な女に手を出すと大変って、なんかよくわかってるみたい。
だから大丈夫。逆はぁ……ちょっとわかんないけど」
「はぁ。そういうものでしょうか」
「そういうものよ。で」
サクラは屋敷の方に戻りながら、歩き出す。ミモザもそれに続いた。
「目的は夫人……ティーネ様ね?」
「……そうです」
伯爵邸宅を訪れるようになってから。
出産を控えているという夫人には、一度も会えていない。
だから縁の復帰を断られてもミモザは諦めきれないのだろうと、サクラは当たりをつけていた。
ミモザのやりたいことはわかったので、サクラは自身の考えを述べる。
「私がおかしいと感じることが、三つある」
サクラは左手を立てて、親指と人差し指を曲げてミモザに見せた。
中指から順に折り曲げていく。
「一つ。本当に使用人がいないこと。でも町で聞いてみたら、休暇で帰ってきてる人はいないみたい」
「いつの間に調べたんですか……二つ目は?」
「伯爵。あの屋敷、食料がない。なのにめっちゃ元気」
「…………」
「それから三つ目。あの燃えるような赤い糸」
ミモザが少し息を吐いて。それから口を開いた。
「伯爵は魔物になりかけている、と見られます」
「なんですと?」
「ブロッサムの記録に、そのような記述があります。
縁の果てた者は、魔物になることがあると」
(なるほと、ね)
予想外の答えが返ってきて……しかしサクラは内心、納得した。
確かに、伯爵の瞳は人間というより、すでに爬虫類の代物であった。
明らかに食事をとっていなさそうなことも含めれば、人を辞めていても不思議はない。
人が魔物になるという衝撃は、少し大きいが。
「魔石を産むことができる」という奇怪な体質なサクラとしては、信じられないというほどのものでもない。
(つまり私も、ミモザと引きこもってたら魔物になっちゃうかもしれないのか……)
「通常は縁なくば、誰の助けもなくなるので飢えて死ぬか、罪を裁かれて死ぬのですが。
魔力の浸食を強く受けるようになるせいか、生き延びると魔物になると」
「そっか。赤い糸の場合は事情が違う感じ?」
「ええ。赤い糸は縁が収束した形。そのためか、発現以降も仕事さえちゃんとしてれば、それで生きてはいけます。
個人が周囲に不信を抱いていようとも、世の仕組みは関係なく回りますし。
ただだからといって、周囲との関係を薄くすれば、魔物化の危険が出るようです。
一方、すべての縁が切れて失われたものは……盛大にやらかしているので、そうはなりません。
生きていくことすら難しい」
ミモザの説明を踏まえ、サクラは心の中で指折り数える。
サクラの知る中で、縁が完全に切れたのは5人。
そのうち四人は、王弟エラン一味だ。実は仲間同士も信じていなかった様子で、そこにすら縁がなかった。
あと一人は娼館で出会ったコリネとジムナの父親。ろくでもない男で、コリネが最後の縁だった。
いずれも死んだり、捕まったりしている。
そして、赤い糸の発現者はサクラの知る限り三組。
サクラたち、ミモザの兄夫婦、そしてペント伯爵夫妻。
確かに、社会生活には特に問題が出ていない。
サクラたちやミモザの兄夫妻は、周囲とのかかわりがある。
だがペント伯爵は使用人もおらず、人と関わりを断っている様子だ。
ゆえに魔力の影響で、魔物になりつつある、ということだろう。
(で。動けてる伯爵があの様子なのだから、夫人はたぶんもっと……。
でも、ミモザが案じてるのはそっちじゃないわね)
サクラはそっと、自分たちを繋ぐ赤い魔力線を見る。
伯爵のそれに比べると、輝きは非常に薄い。
ミモザの兄夫婦は、サクラたちのと比べると多少光が強かった。
(この輝きには、意味がある。私の予想通りなら、たぶん)
サクラは左の手を握り締め、ミモザの横顔をじっと見た。
「ミモザ。赤い糸って人により光り具合に差があるけど。
これ……魔力の揺れ、ね?」
サクラが尋ねると、隣で歩く師はゆっくりと頷いた。
「信頼が薄れると糸がぶれるようになり、魔力が収束しなくなる。
それゆえ、危険な状態にある赤い糸は、炎のような輝きを見せる、らしいのです」
「あなたが知る限り、昔の伯爵と夫人はああじゃなかった?」
「はい……原因は、おそらく」
「出産?」
ミモザが、また頷いた。
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