6-2.炎のような縁の糸

 革命軍のアラルド、トライラに連れられ、ミモザとサクラはペント辺境伯領の領都までやってきた。


 国の南東の隅にあるその領は、人は多いものの活気は少なく、サクラがイメージする辺境、あるいは田舎の町そのものだった。


 セラサイト王国は東が魔物の領域で、南側は様々な国と国境を接している。


 もっと南寄りのカガチ辺境伯領は事情が違うそうだが、この辺りは隣国との小競り合いなどもなく、平和そのものだ。



(ここに比べると、ほぼ王国の東の端にあるアカシア領の方が栄えてるかも?)



 サクラは持ち込んだ荷物を検分しながら、窓の外の町を眺め、感想を胸の中に落とす。


 彼らは町で宿に部屋を三つとり、ここを拠点とする構えだ。


 町に来てすぐに、ミモザがしたためた手紙をペント伯爵の屋敷門番に渡しており、しばらくはこの返事待ちとなる。



(さて。観光に出るようなとこでもないし。

 今回は……先にいろいろ、聞いておきますか)



 毎度毎度、サクラが知らぬうちに事態が急展開している。


 事情があったこともあるが、基本的にはミモザがいつもいつも詳しく話さないせい、であった。


 またそれは、サクラが「詳しく聞いていない」こととイコールでもある。



(これまでは。私がちゃんと考えてないから、何聞いたらいいかわかってなかったのよね。

 考えて、質問して、答えを得ておく。

 何を疑問に思っているのか、きちんとミモザと共有しておく。

 ないとは思うけど、そうしておけばミモザがわからないことを助けてあげられるかもしれないし。

 きっとこうして積極的にかかわろうという姿勢が、この子の助けや、信頼に繋がっていく)



 サクラは少しの気合いを入れてから、作業机から椅子を引き出し、向きを変えて座る。


 正面には、寝台の端に腰かけているミモザ。



(聞くべき大事なことは、いくつかある。

 すべての事情を知る必要は、ない。

 肝心なのは、ミモザが何をしようとしているか。

 なぜそうしようとしているのか。

 手段……はいいわね。言われたら覚えておく。

 あと、ミモザが懸念している危険は、何か。

 そしてヒントは……もうある)



 サクラはじっと、ミモザを見た。


 視線に気づいたミモザが、顔を上げる。



「ミモザ。ペント伯爵は、赤い糸が出ているのね?」


「!?」



 少し消沈していた様子の師の顔が、はっきりと驚きに染まった。



「知己であり、縁が結ばれているなら、あなたなら事情をすぐに占えたはず。

 でもそうしなかった。

 単純に、ミモザとの縁が切れている、という可能性もあるけど。

 この場合最もまずいのは、ミモザだけじゃなくて、『伯爵が誰とも縁を結べていない』という場合。

 これは、手紙が返ってこない……連絡がつかないという状況に、符合する。

 でも、来てみれば町に混乱した様子はない。

 伯爵の身には何も起こってない。

 あなたは、そう考えている。

 ど?」


「……驚きました。私が語るべきところは、一つもありませんね」


「そんなことないわよ。その上で、ミモザがどうしたいのか。それが重要よ」



 ミモザが、そっと視線を落とした。



「私が魔女の技を習い始めた頃。伯爵と夫人には、お世話になりまして。

 しばらくお二人の下、つまりあの屋敷に住み込み、魔法を習っていました」



 彼女は息を吐き、言葉を乗せた。



「実は……赤い糸はその頃、私の目の前で結ばれたのです」


「なるほど。最近なったのではなく、ずっと前からのことだったと。

 だからアカシア邸で、誰も占えって言わなかったのね?

 革命軍の二人はともかく、ご家族は皆、事情を知っている」


「その通りです。私は当時も……お二人の縁を、元に戻そうとしました。

 ですが、できなかった。

 最後の最後で、夫人……ティーネ様が、赤い糸のままとすることを、選ばれたのです。

 二人で生きていくから、これで良い、と」


「…………今も、お二人の縁を元に戻したいのね? ミモザは」



 納得していない様子の師は、果たして。


 サクラの言葉に、静かに頷いた。



(『何を』と『なぜ』、はわかった。

 どのようにしてそうするかは……察しがつく。

 広く多くは難しくても、ミモザ自身との縁を戻し、そこを足掛かりにするんじゃないかしら?

 だとすれば後は……)



 サクラは考えをまとめ、再び口を開く。



「縁を戻すにあたって、当然に向こうからは拒絶されるだろうと。

 そこが問題?」


「はい。ですがこれは、ただの私の我がまま。

 今回は伯爵と接触さえもてれば、あとは革命軍の仕事です。

 あまりこちらの希望を強いて、本来の目的に背いても……」


「違うでしょミモザ。我がままじゃなくて、

 少なくとも、私にとっては。

 伯爵たちが縁を元に戻せれば、それはそのまま私にも流用できる。

 違う?」



 サクラが指摘すると、ミモザは一度口を開いて、そして閉じてから首を振った。



「ん……違い、ません」


「なら。そのことを先に話して、協力を仰いだほうがいいわ。

 向こうは赤い糸のままであることを覚悟してるにしても、こっちはそうじゃない。

 そう話して、それでもダメというなら……そもそもが無理筋よ」



 断言するサクラを、ミモザがじっと見ている。



「やはりあなたは、頼りになりますね。

 こうでなくては」



 しれっとそのように言われて。


 サクラは、己を恥じた。


 ずっとミモザに甘えて……自分が不甲斐ない姿を見せていたことを、自覚したからだ。



「……私、前はこんなだった、かしら。自分ではよくわからないのだけど」


「そんなでした。自身に満ち溢れていて。素敵で。

 やっと……少しは、あなたの心の傷も、癒えたのかもしれませんね」



 サクラは言われ、少し呆然としてからはっとした。


 自覚は薄かったが、相当酷い目にあったのだし、強いストレスで心が弱っていてもおかしくはない。


 「攻略した」と思った、愛してくれるはずの王子たちがサクラにした仕打ちは、惨いというほかないものだった。



(むしろ、明らかにトラウマになってた? 不信とか言う以前に、男が苦手に……はなってないわね。

 信用はできないけど、不信MAXじゃなければ人付き合いはできるもの。

 まぁ恋愛はちょっと、ご遠慮願いたいけど。ミモザがいるし)



 サクラはそっと、想い人を見る。ミモザは多少穏やかな顔にはなったが、まだ消沈している様子だ。


 黄金の髪が、彼女の黄金の瞳を少し隠している。



(落ち込んでるミモザ可愛い。じゃなくて……。

 異性がダメだから同性がいい、とは思えないのだけど。

 でもミモザは別。何しても可愛く見える。

 信頼してるから? 信頼と恋愛って似てるのかしら。

 違う気もするけど……むしろ好きになったから信じてる?

 うぅん。そこはまだちょっと、わからないわね)



 集中が切れてきたのか、問題から思考がずれ始めたのを自覚し、サクラは頭を少し振った。



「私たちとしては、まずはペント伯爵と夫人の様子を見て、縁の復帰を試みて見ましょう。

 こっちの事情を話して、協力をあおぐ形で。

 まぁなんにせよ、お手紙の返事が来ないと始まらないけど」


「はい。筆の早い方ですから、その気ならすぐ来ると思いますよ」




 果たして。


 ペント伯爵からの応答は、その日のうちにきた。


 翌日屋敷に招かれ、四人は訪れたわけだが。



「久しぶりだね、ミモザ。元気そうで何よりだ。

 実は妻がこの度、子を授かってね。

 だが出産が近く、どうにも落ち着かない様子で、使用人に全員暇を出すことになった。

 私一人が世話を焼いている状態で、なかなか手が回らなくてね。

 そちらのお二人も、頼りに答えられなくて申し訳ない。

 書類の用意は少しずつだがやっておいたので、検分してほしい」



 痩身の、年の頃ならばミモザの父にも近いだろう男性、ペント伯爵スネイル。


 状況を聞くだに大変そうだが、やつれている様子はなく。


 むしろ妖しい魅力をすら感じるほど、生気に満ち溢れていた。


 どこか非人間的な形の瞳が、サクラたち四人を舐めるように順々に見ていく。



(……言っちゃなんだけど、あのマリン侯爵より蛇っぽい人ね。

 それに)



 左手、小指。


 そこに炎が揺らめくような強い輝きを灯した、赤い線があった。


 そして彼の視線もまた。サクラとミモザの左手小指で一度ずつ、とまった。


 伯爵のそれを炎だとすれば、サクラたちの赤い糸はろうそくのような光。


 サクラはその、違いが。


 とても、不気味に思えた。


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