4-4.師を信ずればこそ――――

 ミモザとサクラは、荒野にぽつんとあった町に滞在することとなった。


 ミモザ曰く、元々伯爵が持ってきた手紙の差しだし人は、ここの住人に間違いないと。


 だが人に聞いてみて回っても、当人の手がかりが得られない。


 そこで彼女は住民と交流し、縁を作って占うという。


 今日もまた、滞在している飲食店兼宿屋の一角で、ミモザは住人の話を聞いていた。



「ありがとうございました」


「いやいや。お役にたてたかい? 俺の話ばっかりしちゃったけど」


「それでいいのです。また何かありましたら、おいでください」


「そうかい? ああ、しっかり食べてってくれよ? そろそろこの町の料理にも、飽きてきたかもしれないけどな」



 男性が席を立った後、ミモザが出された料理をもそりと口にする。


 話を聞いて欲しいのか、住人が入れ代わり立ち代わり、ミモザの元を訪れていた。


 そして奢りだと言っては、何くれと店の料理を注文し、置いて行く。



「そういえば、そっちの嬢ちゃんは食べないのかい?」



 男が去り際、サクラに話しかけてきた。


 確かにサクラは特に注文もせず、テーブルのものには口をつけていない。



「ちょっと旅の途中で食料をとりすぎてしまって。

 この子には、そちらを食べてもらっているのです」


「ああ、そういうことかい。できれば食べてってほしいね」



 ミモザが割って入って説明してくれた。男性は納得し、去っていく。



「お気遣い、ありがとうございます」



 サクラは丁寧に頭を下げたが。



(食べないっつーの。どう考えても胡散臭すぎるし)



 その気はまったくなかった。


 近くに水源を見つけ、水ですらそこから汲むようにしている。


 多少泥臭くても浄水用の魔道具は持ち歩いているし、ここで出されるものを飲むより気分的にずっとマシだ。


 ミモザは普通に飲食しているので、毒を入れられたりはしていないはずだが……それでもさすがにサクラは、手を付ける気にはなれなかった。


 ミモザもまたそんなサクラを咎めず、自身はかなりゆっくりめに食べ物などをとっている。



(ミモザはよく信用できるわよねぇ。

 ……というかミモザ、なんかここ来てからずっと何かしら食べてない?)



 よくよく思い出して見ると、ミモザは町に滞在を始めてからずっとものを食べているような気もする。


 一方のサクラは、持ち込んだモノを加工していないものから消費し、今は塩漬けの品などで飢えをしのいでいた。


 あと数日は持つが、帰りのことも考えると余裕がある方ではない。



「サクラ、遅い時間ですし。そろそろ部屋に引き上げましょうか」


「はい、先生」



 二人、席を立つ。いつの間にか、テーブルの上の皿はすべて空になっていた。





「では、出ましょうか」


「はい、先生」



 部屋に戻ってミモザがするりと言うので、サクラは用意してあった荷物を担ぐ。


 あとは馬を引いてくれば問題ない。


 そこまで考えて、サクラは我に返った。



「ってえ? もういいの? 占いは?」



 サクラが聞くと、ミモザは唇の前で人差し指を立ててみせた。



(え? どゆこと? もしかして盗聴とか、されてるの??

 意味さっぱりわかんないんだけど……)



 よくわからないままに荷物を持ち、サクラは。



「ってちょっとミモザ!?」



 窓からひらりと飛び降りたミモザを、追いかける。


 サクラが窓から見下ろすと、暗い通りに立って見上げるミモザが見えた。



(ああもう! なんで急に大胆な行動に出てるのよ!)



 師が何かを考えて突飛なことを始めるのは今更だったが、サクラは心の中で悪態をつく。


 そして荷物をかついで、自らも窓から飛び降りた。


 膝をちょうどよく曲げ、着地の衝撃を殺す。



「中心に行きたかったのですが……早いですね」



 ミモザが言って、周囲を見渡している。


 通りの角、あるいは家屋から、人……否、何かが、出てきていた。


 昼間見た人々のようでもあるが、体が透けており、瞳に怪しい黄色い光が宿っている。



「アンデッド……!」



 サクラはミモザの足元に荷物を置き、自身が前に立った。


 二本の山刀を腰の後ろの鞘から抜き放つ。



「ミモザは下がってて! ここは私が」



 サクラは両の手に持った山刀を回して逆手に持ち替え、その柄と柄を打ち鳴らした。


 キーンと音叉のように、高い音が闇夜に波紋を広げていく。


 音を鐘、魔を打ち祓う響きに見立ててアンデッドを浄化する魔法【聖鳴る哉せいなるかな】。


 サクラが得意とする聖魔法のうち、最高位の奥義の構えだ。


 「死を思い出させて滅する」という、一度死んだことを条件に確実に再殺する技。


 音の広がりが効果範囲となるため、今の状況を一気に打開できる。



(やっぱり、思った通りだった。

 どうしてミモザは、こんな奴らを信じていたの……?)



 顔に僅かな苦渋をにじませながら、サクラは迫りくる無数の人影に向かって、身を構えた。


 サクラは〝縁の糸〟が見えなくなっている。だが、魔力は感じる。


 ここで会った住人には、魔力がなかった。


 魔物……それも夜の人と呼ばれる「アンデッド」の一種とは看破したが、ミモザが歓待を受ける構えなので、黙っていた。


 陽光が苦手なはずの彼らが、昼間から活動していたので様子を見た、というものあるが。



(ミモザが、見抜けなかったわけがない。けど、どうして……)



 彼らと交流を重ねた理由。そうしたのならば、占いをして確実に逃げ出せるようにしなかった理由。


 急に夜に行動し始めた理由も、よくわからない。


 わからないが……サクラは自分が得意とする数少ない魔法に、意識を集中していく。



「サクラ、やめなさい! 彼らは」


「――――ダメです、先生。アンデッドは一撃が致命になる。

 この数では、あなたを守り切れない」



 背後にかばった師の言葉に、サクラは静かに反論する。


 残念ながら今のサクラは、ミモザの言い分をそのまま信じることが……できなかった。


 アンデッドは、触るだけで呪いや病気をもたらすこともある。彼らの仲間に引きずり込まれたりもするのだ。



「いけません、聖魔法を使っては!」



 ミモザの警句が、続けて飛ぶ。


 少しおかしいと感じながらも、サクラにはそれを考える余裕がなかった。


 このままでは、ミモザが危険な目に遭う。


 その事実が、サクラの思考から余白を大きく奪っていた。



(せめて牽制し、歩みを遅くしてこちらの逃げ道を確保しないと!)



 言い訳のような決断をし、サクラは――――見立てを変え、ランクを数段落とした魔法の行使に入る。


 今だ音叉を放つ山刀の柄が、アンデッドたちを向く。


 その見えない波紋の中に、サクラは魔法の印を見立てて力いっぱい魔力を込めた。


 ゆっくりと、白い光が広がる。



 ――――サクラは、選択した。


 師の言葉よりも。


 己の判断を、信じた。



「【ホーリー・ライト】!」



 声高な宣告で、光が彼女たちを、そしてアンデッドたちを飲み込み始める。


 サクラの左手小指の先にある――――赤い糸が、光の中に消えていく。



「やめて!」



 背中から抱き着かれ、サクラの魔法は止まった。


 光にたじろいだのか、アンデッドたちは下がっていく。



「なぜです! あなたは、どうして彼らに肩入れするの!?」



 明らかにアンデッドたちを庇い立てする様子のミモザに苛立ち、サクラは強く言葉を向ける。


 ミモザが告げたのは。



「ここは魔物の腹の中なのです! 囚われてる彼らを払っても傷つけるだけ、意味はありません!」


「……………………ぇ」


「監視されているので、言えませんでした。ですが向こうに先に、気づかれたようですね。

 となると、正攻法ではダメ。

 ……直通配送の手紙を出して数日。日数的には、もうとっくに来ているはず」



 ミモザが服のポケットに手を入れ、小石を取り出した。


 彼女はそれに少しの魔力を込め、空中に放り投げる。


 赤い、魔力の光が弾けた。


 ――――――――続いて町の入り口の方、西の方角に、青い魔力の光が映った。



「来ているって、まさか救援……うわぁ!」



 強い地震のような揺れが襲い、サクラは少しの悲鳴を上げる。


 揺れはすぐにおさまり、西の方から光が差し込んできた。


 アンデッドたちは光から逃れるように、退散していく。



「え? 太陽……夕日? 今、真夜中じゃ」


「時間の感覚が外と違うのですよ。まだここに来てから一日といったところです」


「は、え、へ?」


「とにかく。馬に乗って、出ましょう」

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