4-5.師の友もまた精強

 アンデッドたちに邪魔されることもなく、二人は馬に乗って外に出ることができた。


 町の外は、夕暮れの荒野であった。



(あそっか。あの町が魔物の中だとするなら、昼とか夜とかは魔物が作り出してたもの。

 だからアンデッドが昼夜を問わず活動できていた、と。

 引きずり込んだ餌をその場にとどめて、魔力とかを吸い殺す系の魔物かな?

 …………あれ)



 町の方を振り返って思考し、サクラはふと気づいた。



「ひょっとして。ミモザがずっと食べてたのって、時間を確かめるため?」


「そうですよ。でなくばあんなもの、食べません。おいしくないし、体調は最悪です」


「……………………え。大丈夫、なの?」


「回復魔法は心得がありますから。治癒・解毒し続けています」


「毒じゃんかダメでしょ!?」


「とり殺すための毒なので、結構強力でした。魔法が使えないあなたに食べさせなくて正解でした」



 さらっととんでもないことを言い出すミモザに、サクラの顔から血の気が引く。


 そこへ。



「ミモザはほんと、見かけによらず豪胆ですよね」


「そもそも、わたくしたちが合図を寄越してから行動を起こせばよいものを」



 二人分の声が、届いた。


 白銀の髪に赤い瞳をした、背の高い女性と。


 金髪碧眼、特に瞳が美しい緑の女性がいる。


 近くに、岩に繋がれた馬も見えた。



 彼女たちを前に、ミモザがひらりと馬から降りた。



「レン王妹殿下、ルティ王弟妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」



 そして静かに礼をとる。



(……………………ぇ? おうまいと、おうていひでんか?)



 衝撃で一瞬固まったサクラは、落馬する勢いで馬から降りて、同じく礼をとった。



「…………ミモザ。わたくしたちを伯爵令嬢としてここに招いたわけでは、ないでしょう」


「我々は魔法省の職員として来てるんですから、礼は不要ですよ」


「そうでした。今ちょっと疲れてるんです。お許しを」



 悪びれた風もなく、むしろ声はいつも通りなのに気安い感じでミモザが言い訳をする。


 そしてサクラの方を振り返り。



「サクラ、紹介します。私の友達。ええ、の。

 レンとルティです」



 やたら友達を強調し、胸を張り気味に宣った。



「二人とも。彼女はサクラ。私の自慢の弟子です」


「あ、サクラ・ブロッサムと申します」



 サクラは今度は、ただ頭を下げた。


 顔をそっと上げると……二人の女性が身を引いている。



「え、うそ。ほんとにいた……? 架空の弟子じゃなかった……?」


「しかもブロッサム姓。新たな魔女の追加とは、聞いてないんですがわたくし」


「技術的には皆伝を与えましたが、今少しの修行中なのです。

 ところでルティ、私の実家の爵位が低いからって失礼なこと言いすぎでは?」


「私はミモザが女王様でも同じこと言いますよ?」



 サクラは王弟妃ルティのことをふてぇやつだと思ったが、それこそ今の彼女は貴族令嬢ですらないので黙ることにした。



「おっと」



 ミモザが声を上げる。


 サクラは震動を感じ、自分たちの馬の手綱を握った。


 すぐ乗って離れる可能性もあるため迷ったが、念のため近くに岩を探して繋ぎに行く。



「タウンロアーが動き出しますね」



 冷静なミモザの言葉にサクラが振り返ると、視線の向こうで景色が歪みつつあった。


 見えていた町中が黒く閉ざされていき、代わりに……瞳のような、巨大な何かが映る。



(そうだ、動く町タウンロアー! ゆっくりと動いてフィールドのいろんなところに出現する謎の町!

 でも中で寝泊まりするといきなりゲームオーバーになるっていう、すごい罠イベント……。

 町の中心で核を倒すとか、そんなやつだったっけ)



 転生者サクラは、この世界そっくりなゲームの内容を思い出す。


 そして。



(外から戦うこともできるけど……裏ボスより強かった、はず。というか倒せなかったような?)



 サクラの顔から、一気に血の気が引いた。



「ミミミミミモザ、これ逃げないとまずいやつじゃ」


「大丈夫ですよ。魔法省には『タウンロアーを倒せるものを至急向かわせてほしい』と頼みましたから。

 ねぇ、ルティ?」


「はい?」



 動揺するサクラに向かってルティが赤い瞳を向け、それからにっこりとほほ笑んだ。



「改めて自己紹介いたしますね。

 魔法省外部勤務特殊戦闘職員、二課所属。

 ルティ・ヴィスカム。〝破魔の魔人〟の名を頂戴しております」


「同じく二課所属、レン・セラサイト。〝冥府の魔人〟よ。

 まぁわたくしはアレが倒れるまでは、見ているだけね」


(は? え? 倒れる? タウンロアーってデータ上、HP設定がなくて絶対倒せないって……)



 ゲームのことを置いておいても、その黒々とした何かは果てが見えない。


 サクラたちはその鼻先にいる状態で、おそらく全体は山脈のような大きさの魔物だ。


 人が敵うとは到底思えない相手だが……長身の女性は、胸を張って前に出た。


 対してミモザとレンは、サクラのいるところまで下がってくる。



「大丈夫ですよサクラ。ルティは私よりもずっと強いので」


「は? ミモザよりも? え?」


「気になるのなら、しかと見ておくと良いでしょう、サクラ嬢。

 我ら魔法省の魔人が――――如何にして、強大な魔物の命を刈り取るかを」



 レンの碧の瞳が、サクラを自信満々と言った様子で、楽しげに見ている。


 徐々に強くなる震動に、馬をなだめることに注意を払いつつも、サクラは銀髪の流れる背中に目を向けた。



(レンとルティって……確か本編スピンオフの、イタコ探偵みたいなゲームの主役じゃなかったっけ?

 ボロボロのお姫様のレンが死人の声を聞けて、探偵役。

 丸っこいおっちょこちょいのルティが助手役で……それが強いとか、ちょっと想像の埒外なんだけど)


「さて、今日の問いかけは単純です」



 王弟妃が、朗々と語る。詠唱ではなさそうだが、彼女が広げた両の腕の先、その手には丸い魔力らしき光が灯っていた。



「遠く東の国に、〝どんなものでも貫くことができない盾〟に。

 〝どんなものでも貫くことのできるほこ〟をぶつけて見よ、という故事がある」


(ん……? 『矛盾』のことかな?)



 商人の売り文句に、論理的な誤りを指摘する逸話だ。


 だがルティが述べるそれは。


 そういう意図のものではない。



「ぶつけて起こるは、世界の法則の衝突。

 それは三大不可能魔法の一つ。

 意味を否定された世界の、崩壊現象」



 ルティの語りを受け、サクラは背筋を悪寒が駆け抜け、肌が泡立つのを止められなかった。


 直感的に――――彼女は、理解したのだ。


 それが不可能魔法と呼ばれる、所以を。


 その魔法を使えば文字通り。


 世界が滅びる、のだ。





「【矛盾成る】」

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