4-6.敬愛する師を知りたくば

 サクラが止める間もなく、不可能魔法【矛盾】が成立する。


 魔力の結実もなく、印も詠唱もなく。


 ゆっくりと迫る黒い山が、何か薄い膜で覆われた。


 そしてルティが天に右手を掲げると。


 上空に、巨大な光の槍が出現した。



「――――第七十四回、矛vs盾。夢の対決!」



 ルティが腕を振りかぶる。


 槍は意外に高空にあったようで、分厚い空気の壁を押し出すように傲然と進みだす。


 そしてどこからともなく。


 かーん、というゴングのような音が鳴った。


 光の槍と薄い膜が衝突し、風が吹き荒れ、雷鳴の如く光が飛び散る。



『戦いの火ぶたが切って落とされた―ッ! 実況と解説はこの私、ルティ・ヴィスカムがお送りいたします』


「……………………は?」



 ルティの右手にはいつの間にかマイク?のようなものが握られている。


 彼女の声が良く響き、サクラは表情の抜けた顔でその光景を見つめる。



『最初に仕掛けたのは矛選手! おっと見たことのない技だ、これは噂のドリルスピンか!

 激しい横回転! この日のために練習を重ねてきたのでしょうか、すさまじいねじりが次元を歪ませています!

 対する盾選手は耐える、ただ耐える構え……いや違う! 衝突点が渦を巻いて矛選手の先端を引き込んでいるぞぉ!?

 鳴門海峡の如き螺旋が矛選手の回転をえぐり取っていく! すさまじい逆回転まさにメイルシュトロームゥ!!』


「ちょっとまてなんで鳴門海峡が出るんや」



 突然始まった対戦実況に、サクラはぼそりと突っ込んだ。


 そして自分の声が耳に届いて、我に返る。



「え、なんですこれ。なんで実況してるんですあの人」



 サクラの困惑した言葉を聞いたのか、金髪碧眼の王妹が肩を竦めた。



「あれやらないと、世界崩壊を限定的にできないんですって。

 特定の領域に押し込めて顕現させ、現実に〝そういうものだ〟と教え込むことで、法則破壊の影響を広げないようにするのだそうよ」


「いみがわかりません」


「大丈夫。あの子以外の誰も理解できないから」


『矛選手飲み込まれる! 鳴門海峡に深く飲み込まれる! このまま飲み込まれてしまうのかエクスカリバー!

 おっと矛選手、止まったと思ったら逆回転を始めた! 今までのはこの布石、読んでいたかスーパーランス!

 盾選手は……逆回転、できない! 加速する鳴門海峡、響く雷鳴、スパークが次元崩壊を強めていく!』


「強めちゃあかんやろ大丈夫なんかい」



 不安のあまり再びサクラが突っ込むが、ミモザとレンは聞き流しているようだ。



『回転勝負の覇者は――――矛選手だーッ!!』



 どうも勝負の決着は……ついたらしい。


 薄い膜の内部、すなわち巨大な山の如き魔物タウンロアーが、ボロボロと崩れていく。


 魔物だけではなく、その空間そのものが崩壊しているのだが、それは徐々に薄い膜と光の槍に巻き込まれるように収束。


 ともに爆縮し、点となり。


 最後は一条の光だけ発して。


 消えた。



(…………冗談みたいな流れだったけど、ほんとにたお、した。信じられない)


「さて。ではあとはわたくしの仕事ね。魔法省としてはやらなくてもいいのだけど」


「ブロッサムの魔女として、お願いいたします。彼らの縁を繋いでますので……被害者たちの無念を、晴らしてやりたく思います」



 サクラが消えた町を呆然と眺めている中、レンとミモザが言葉を交わしている。



「律儀だこと。わたくし、あなたのそういうところ、好きですよ」


(なにー!?)



 サクラは過剰反応してレンの方を見たが、対するミモザは特に感慨もなく一礼するだけだった。



「恐れ入ります。あまり長くはもちませんので、そろそろ」



 レンが頷き、前に出て両手を広げる。


 入れ替わりに、長身の王弟妃が戻ってきた。



「ああはいいますが、なかなかご活躍の機会がないので張り切ってるのですよ、レン様」


「ルティは余計な事言わないでちょうだい。んんっ。

 さぁあなたたち、死に方も忘れた古き者たちよ。

 大丈夫。死は新たな旅立ち。何もなくならない。こわくはないわ」



 レンの語りに答えるように、ぽつり、ぽつりと薄い影が浮かぶ。


 それは徐々に人の形をとり、サクラたちの方へ歩み寄ってきた。



「現世への未練は、置いて行かれるといいでしょう。

 それは次の命への、道しるべになってくれる。

 さぁ、皆の者。その魂の証を持ち寄りなさい」


「サクラ。収納袋の魔道具を出して広げてください」


「はい、先生」



 指示を受け、サクラは馬に積んでいた荷物から一枚の布を取り出した。


 両手で端を持って何度か振り、広げてから地面に置く。


 布の四隅に適当な石を置いて、サクラは離れた。


 結構な広さになった布の上に、影たちが何かを置いて行く。


 それはがらくただったり、紙だったり、布だったり……。



「思い出の品、ですか?」



 サクラが隣のミモザに聞くと、師はそっと首を横に振った。



「彼らと現世を繋ぐもの。つまり、今生きている誰かと縁が繋がる品です。

 少々大仕事ですが……これを届けてあげれば、私とその方たちの縁が紡がれる。

 魔女としては、頑張りどころ、ですね」



 ミモザはこともなげに言ったが、サクラは顔が引きつった。


 亡霊たちは、三桁はいたはずである。



(私も手伝ってあげよう……)



 品を置くと、影は消えていく。


 それを見て。


 サクラは、少し納得のいかないものをその胸に抱いた。



(縁を紡ぎ、情を傾ける……その魔女としての本懐は、理解できる。

 でもミモザは前回も今回も、ちょっと自分の命を狙う相手に、情を向けすぎる。

 私は……)



 そしてミモザの横顔を盗み見て。


 少し満足そうな、彼女を眺めて。


 ふと、気づいた。



(そう、か。これが、対等であろうとする、意思。信じる、心。

 今までの私は、ただミモザのことを盲目的に肯定していた、だけ。

 私はミモザのことを、何も知らないし)



 初めて紹介されたミモザの友達二人。


 旅に出る前に見かけた、ミモザの父親。


 サクラは何年もミモザと付き合いがあるものの、彼女のことをほとんど知らなかった。



(この子がしたいことも、よくわかっていない)



 亡霊と品々の方へと歩み出した師に向かって、サクラは声をかけようと口を開くが。


 息を吐き、唇を引き結び、そして左手をぐっと握り締めた。



(もっともっと、ミモザのことを知ろう。

 そして自分にできることを磨いて、もっと助けになろう)



 縁の品が、たくさん布の上に置かれていく。


 それらはミモザの、新たな縁になっていくのだろう。


 サクラもまた、そうするべきではある。それが、〝縁の糸〟を取り戻し、魔女へと戻る道となる。


 だが。



(この赤い〝縁の糸〟ですら、私にはまだ不完全なんだ)



 サクラはそっと右手を左手に重ね、左手小指を握る。


 彼女は、ようやく理解した。


 取り戻すも何も、唯一残った縁すら大事にできていないのだと。


 例えば以前サクラが娼館で会った、コリネとジムナ。


 戦えないジムナが、悪いことだと知りつつも、必死にコリネに寄り添い、助けようとしていたその姿勢。


 あれと同じことができていない今、新たな縁を紡ぐことなど、難しいに決まっている。



(結局私は、ミモザに甘えているだけ。ミモザのことすら、信じられていない。

 なら、まずは)



 サクラはぎゅっと小指を握り込んでから。


 一仕事を終え、互いを見て微笑み合っているレンとルティの方を、向き直った。


 ミモザは品の検分に向かっており……今ならばきっと、ちょうどよい。


 この一歩に、師の力を借りては、ならないのだ。



「お二人とも。いずれでいいので……ちょっと、教えていただきたいことが、あるのです」



 振り向くレンとルティ……ミモザの友に。


 サクラは、穏やかに微笑んで見せた。

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