4-7.師は親に向かっても全力

 収納袋は馬に乗せ、レンとルティとは別れ、帰路を急ぐ二人。


 毒のせいか明らかに体調の悪いミモザをサクラは気遣ったが、何やら急ぎの用だという。


 結局、行きよりも丸一日近く早い時間で、二人は屋敷近辺まで戻ってきた。


 少しやつれた様子のミモザとともに、森の中、馬を歩かせている。


 ようやく街道の端に出たので、サクラは前を行くミモザに馬を並ばせた。



「先生。具合悪そうだったから聞かなかったけど。屋敷に戻って何があるんです?

 仕事だったら止めますよ? 数日は休んでほしいです」


「いえ、違います。空き巣が来るので」


「……………………はい?

 魔道具や結界での防護はしてから出ましたよ?」



 二人そろって留守にするので、サクラは何度も確認してから出ている。


 防犯グッズは一そろいあるのだ。結構強力で、賊に破られる程度のものではない。


 中型くらいの魔物なら、自動で撃退までできる代物だ。


 だがミモザは、首を振った。



「ですが、屋敷を焼かれたら防げないでしょう?」



 サクラは唖然とした。師はどうも本格的に体調が悪いらしい。


 毒が抜けきってないか、疲労困憊で病にかかっているのかもしれない。



「……ミモザ、それは空き巣じゃなくて襲撃って言うのよ」


「……そうかもしれませんね」



 ミモザの声がかなりしんどそうである。


 仮に襲撃だとして、この体調で行ったところで防げるか、サクラは甚だ疑問だった。



(いや……それなら私が、なんとかしてあげないと。

 あそこは〝ブロッサムの魔女〟、その魔女団カヴンの資産。

 一員たる私も、力を尽くして守らなくてはならない)



 ミモザの言い様がそのままとすれば、相手は賊、場合によっては兵士などかもしれない。


 当然に男性が多い。サクラが、ドラールと相対したときのように身動きがとれなくなれば、致命となる。



(足は引っ張らない。ミモザの助けとなる。必ず……!)



 屋敷が見えてくる。サクラは息を吐き、腹の底に力を込めた。



「よぉし、火を放てぇ!」



 だが。すでにギリギリのタイミングであった。


 屋敷の周りには多数の兵士たち。たいまつを持つ者、火矢をつがえた弓を引き絞る者。


 そこへ。



「【冬 凍 消 火とうとうしょうか照 雷しょうらい】!」



 魔女の号令が高らかに響いた。屋敷の周りを雷光が駆け抜ける。


 掲げられていたたいまつが、火矢が、すべて一瞬で凍り付いた。


 ばかりか。大勢いる鎧姿の兵士たちの鎧、剣、小手や具足までが凍り、しかも砕け散る。



(ミモザ何やってんの!? 人に向けていい威力じゃないでしょー!

 いや本人たちは無事……? どうなってんのいったい。

 六元連結魔法を、水をぶっかけるみたいにぽんぽん使うわねミモザ……)


「ミモザ様!?」「ごめんなさいミモザ様!」「許してください!」「あの禿に言われて仕方なく!」



 兵士たちが口々にミモザに許しを乞うている。


 中には、涙を流して懇願している者までいた。


 どうも口先だけの謝罪やいいわけではなく、ミモザは本気で恐れられているようだ。



「分かっているから皆さん、落ち着いてください。お仕事お疲れ様です。

 このことは魔女団カヴンに報告いたしますが……それより大事なことをお伝えしなくてはなりません。

 お父さま、私はそのために、少々急いで戻ってきたのです」


「ぐぬ……なんだ、ミモザ!」


(この状況でぐぬぬしながらも虚勢が張れるのすごいわね、ミモザのお父さん……)



 兵の陣頭指揮をとっていたのはミモザの父、アカシア伯爵であった。


 ミモザに対する先日の報復、といったところだろうとサクラは当たりをつけたが。



「まず。タウンロアーがいることを承知で私を向かわせたこと。無駄な策謀、御苦労さまでした」


「チッ。気づいて取って返してきおったか……!」


「いいえ。魔法省に応援を頼んで、退治してもらいました」


「なぜ貴様の依頼で魔法省が動く!?」


(いや、何故も何もあんなのがいるって知らされたら普通に動くでしょうに……。

 ってうん? そういやミモザ、行く前にあの魔物がいるって知って、それでルティさんたちに手紙を出したってこと?

 このおっさんが持ってきた手紙の内容から、タウンロアーがいるって推理したのかな?)



 サクラは思案しつつ。


 そもそも冷ややかな視線のミモザと、怒りをにじませたアカシア伯爵のやりとりの前提が、おかしなことに気づいた。



(…………今、隠しもせず娘暗殺を試みたって認めて、娘の方もそれを承知ですって感じじゃなかった?

 いくらなんでもこのやりとり、おかしくない?)



 サクラは馬上で首をひねるが、父娘のやりとりはなおも続く。



「それから。革命軍の首魁、新政府初代首相と目される方に、直接アカシア領の調査をお願いしてきました」


「なんだと!?」


(いつの間に!?)



 この旅の間で出会ったのは、レンとルティだけ。


 確かにミモザは二人とはあれこれ話をしていたが、そも王妹と王弟妃なのだから二人とも王族寄り。


 セラサイト王家を倒した革命軍とは、縁も所縁もないだろう。


 気づかないうちに手紙でも出したのだろうかと、サクラが悩んでいると。


 ミモザはさらなる爆弾を投げ込んだ。



「調査第一陣は、今日本邸に入るそうです」


「私はそんな連絡を受けておらんぞ!?」


「連絡してから行く調査員がいるわけないでしょう。抜き打ちです」


「おのれ卑怯なッ! こうしてはおれん!」



 伯爵は装備品を砕かれた兵たちを見捨て、一人通りに止めておいた馬車に戻っていく。



「もう容赦はせんぞ、ミモザ! 覚えておれ!」



 そしてまた捨て台詞を吐いて、馬車に乗り込んで去って行った。



(なんこれ……なんかこう、茶番臭い、ような?

 そもそも、火矢をかけるタイミング、明らかに私たちが帰ってくるの見てからだったよね?

 とはいえ兵士の方たちの怯えようとか、二人の表情は本気そのもの……。

 強烈な違和感があるけど、うまく言葉にできない……もやもやする)


「皆さんは歓待したいところですが、あいにく少々疲れておりまして。

 サクラ、物体復元を。それから、お帰りの世話をしてください」



 サクラが眉根を寄せていると、師が振り向いた。げっそりとしたお顔をしている。



「はい、先生。やっておきますので、お休みください」



 サクラは弟子の顔に戻り、素直に頷いた。


 玄関まで馬で寄り、降りて屋敷に入っていくミモザ。


 サクラは兵たちをぐるりと見渡してから、これからの仕事の段取りを考え始めた。



(怪我の確認、魔道具での装備品の復元、飲料くらいは提供して。

 糧食は持ってるでしょうから、体調が整えばあとはアカシア本領に帰ってくれるかな)



 相手はいずれも、初対面の屈強の男たち。


 まだ震えもくる。


 だがサクラは左手を握り締め。



(――――――――よし)



 馬を降り、一人で前へ進みだした。

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