4-8.弟子はどんな師でも知りたい。
「ミモザ、入るわよ」
一応ノックをしてから、サクラはミモザの私室の扉を開ける。
片手で扉を閉め、部屋の中を見渡すと、寝台で体を起こそうとしているミモザが見えた。
「寝ててよろしい。麦のおかゆ、作ってきたから」
「ありがとうございます、サクラ」
あの後。ミモザは完全に寝込んでしまった。
サクラは魔道具も併用し、苦手ながらも回復魔法を使って、治癒と看病を行っている。
毒は抜けているが、とにかく疲労が色濃かった。
強行軍だった上、ミモザは毒を口にしながら丸一日自分に回復魔法をかけ続け、戦闘も行っている。
倒れて当たり前である。
サクラはサイドテーブルに持ってきた盆を置き、まずはいくつかの手紙をミモザに渡した。
「体起こせるようなら、気になるでしょうし渡しておくわね」
サクラがペーパーナイフを手渡すと、ミモザは自分で封筒を開封し、中身に目を通していく。
「体はまた夕方に拭いて、服もその時変えるから。
気持ち悪かったら、今するけど」
「それは大丈夫です。ちょっとその。おなかはすきましたが」
「まだ待って。熱いから」
「はい。サクラのかゆはおいしいので、急いで食べてやけどしそうになります」
サクラは微笑みつつ、ミモザの額に少しの汗が浮いていたので、布でこれをふき取る。
ミモザの口元にも、サクラのものがうつったかのように、薄く笑みが浮かんだ。
「もう体は辛くなさそうね。体力を戻さないとだから、あと二・三日は安静で。
仕事とかは大丈夫?」
「ええ、予定はいれてません。アカシア領の査察は本格的に始まったようですし。
王都からも便りが来てますね。宝玉の生産工場を建ててましたが、これが動きそうです。
来月には顔を出したいですね……。
む。こちらは」
ミモザの眉根が、少し寄る。
「断りの手紙を出さないと。間に合うでしょうか」
「ん? 誰から、なんて?」
「ルティから。遊びに来ると。その……明日」
「あー……それ、私が頼んだやつです」
「はい?」
珍しく、目を見開いて驚いたミモザの顔が見れ、サクラは内心歓喜する。
そして少しだけ、得意げに胸を張った。
「せっかくミモザが友達を紹介してくれたから。お茶にご招待したの。
こんなにすぐ来るとは思わなかったけど。しかも手紙が届いた翌日て」
「そうだったのですね。いつの間に」
「だから、応対は任せてくれる? ミモザも元気だったら、少しお話するといいわ」
「はい。そうします」
また笑みを見せたミモザだったが。
何か思うところがあったのか、手の中にそっと視線を落とした。
「……ミモザ?」
「今回は、うまくいきませんでしたね」
言われ、サクラは思い出した。自身の〝縁の糸〟を取り戻すために、ミモザがあれこれ手を回していることを。
「娼館巡りみたいに、今回も意図があったの?」
「はい。死してもなお紡がれる縁を。その先を、見て欲しかったのです。
ですが、いろいろとそれどころではありませんでしたね」
「それはぁ……まぁ。今度、あの品を縁の先に戻すの、手伝うから。
そこで改めて、学ばせて?」
サクラの言葉を受けたミモザが顔を上げ、サクラを見て目を瞬かせている。
「どしたの?」
「いえ……急に積極的になったな、と」
言われ、確かにサクラは自らの言動で、縁を取り戻すことを示していなかったと思い至った。
そして自らを恥じた。ミモザが懸命になってくれていたのに、自分がそれに甘えていたことを。
「私、あなたのこと。何も知らなかった」
「サクラ?」
漏れ出たサクラの声は、そのまま次の言葉を零させる。
「親御さんとあまり仲が良くないことも。
素敵な……規格外な友達がいることも。
あなたがどんな思いで、縁を紡いでいるかも。
それにどれだけ、必死なのかも。
私を――――とても大事にしてくれていて、縁を戻すのに本当に懸命になってくれていることも」
「それは……私があまりあなたに、ちゃんと話をしないせいですね。
いつも先走って、自分で勝手に決めて、あなたを引っ張り回して。
あの時だって、いくら監視されているとはいえ、ちゃんと話していれば……」
少し辛そうに、ミモザが顔を歪める。
「あの時?」
「あなたが聖魔法を使おうとしたとき、です。
本当は……どちらでもよかったはず、なのです。
魔法を使っても、無駄に終わるだけ。
タウンロアーに魂を囚われた彼らは痛みを覚えますが、また戻ってきていたでしょう。
ですが私は動転し、あなたを止めて、しまった。
私の意見に反し、あなたが魔法を使うのを、見て」
サクラは、はっと息を飲んだ。
ミモザの瞳に。
涙が、浮かんでいる。
「その白い光に、赤い糸が、消えるのを見て。
あなたの信頼を、失ったのでは、ないかと」
そこまで言われて、サクラはようやく思い至った。
〝縁の糸〟は、信頼を裏切られれば、切れる。
そして赤い〝縁の糸〟が切れたら……サクラは、死ぬ。
ミモザはあの時、それを恐れたから、必死だったのだ。
(あー……言われてみれば私、ミモザの言うこと普段はめっちゃ素直に聞くしねぇ。
拒絶とか否定なんて、それこそ学園以来……?
だから不安になっちゃったってこと? あのミモザが?)
サクラは……ミモザには申し訳ないが、少しおかしくなった。
いつも冷静なミモザが、こんなにも弱弱しくなるなんて、と。
それは、まだ具合が悪いせいもあるだろうが。
(それだけ……私のことを、想っていてくれている、のね。
でも)
胸の奥が暖かくなり、笑顔が灯り、サクラはミモザの頬を、手でそっと撫でた。
そのまま耳、首の奥へと手を差し込み、彼女の頭を自らに引き寄せる。
(頷いていれば、あなたを信じられるわけじゃない。
あなたの信頼に応えられるわけでもない)
そうして、幾度か口の中で言葉を転がしてから、ミモザの耳元でそっと囁いた。
「信頼って、そうじゃないでしょ。
対等って、何でも言うことを聞くことじゃ、ないでしょ?」
「ぁ……」
「私はあなたが傷つくのが怖かっただけ。
ちゃんと気持ちは、ミモザの方に向いてる。
ちゃんとあなたを、信じてる。
もっと対等でありたいと思ってる。
うん。今も信じてる、けど。もっともっと強く、あなたを信じたい。
あなただけを、とは言わない。
ただ、ミモザを他の誰よりも、強く信じたい。
あなたが私にとっての、一番なの」
自分で言いながら、サクラはいくつかの気づきを得ていた。
信頼とは。対等とは。
(変な話、だけど。ミモザとお父さまだって、信頼している関係よね。
悪い方にだけど、お互いに相手のやることを見通してる、見通そうとしている感じ。
そうね、敵も味方も、信頼関係。
関係の良い悪いは互いの利害や心情に寄る。
でも、信頼がなければそもそもが成り立たない。
人と対等にあろうとしなければ、進まない)
サクラはミモザの頭を、両の腕で優しく抱え込んだ。
少し鼻先を頭に押し付ける。
脂が浮いて、少しの汗のにおいがして。
もう少しミモザが元気になったら、洗うのを手伝おうかと考えが頭をよぎる。
(嫌がられるかも、知れないけど。それもまた、私がまだ知らないこと。
対等であろうとするには、相手のことを知らなければならない。
ミモザと対等であろうとするならば、私はもっと、ミモザのことを知らなければならない)
ミモザの頭を撫でながら、サクラは再び言葉を紡ぐ。
「私、あなたを信じるためにも。もっともっと、あなたのことを知りたい。
だから明日――――」
少し抱えた腕を緩め、ミモザの顔を覗き込む。
ミモザの黄金の瞳が、上目遣いにサクラを見た。
「ルティの知ってる、私の知らないあなたのこと。たくさん聞くつもりなの」
「それはやめてくださいやめておねがいしますなんでもしますから」
何か必死な様子のミモザが可愛くて、噴き出した上に、思わずサクラは頷きそうになったが。
「だぁめ」
そっと含み笑いとともに。そう、ミモザの耳元に告げた。
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