幕間4.王弟の縁
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ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。魔法も達人。疲労で倒れた。
サクラ(23):ミモザの弟子。聖魔法(笑)が使える。アンデッドにしか効かない。
ルティ(20):王弟妃にして、魔法省の魔人。史上最強の魔法使い。
レン(20):王妹にして、魔法省の魔人。死霊術の達人。聖魔法など比ではない。
手紙のついた翌日、ルティは本当にやってきた。王妹レンを伴って。サクラは一人、二人を持て成す。
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「や。急にごめんねサクラちゃん」
「サクラ嬢、せっかくなので土産など持ってきました」
「私がお呼びだてしたんですし。レン様、ありがとうございます」
玄関で来客を出迎えたサクラは、金髪碧眼の王妹から大きめの包みを受け取った。
背の高い王弟妃はその赤い瞳を細め、にこやかにほほ笑んでいる。細い銀糸が揺れ、美しい。
(食べ物かな? というかルティ様ちゃん付けかよかっる。ええんか王弟妃)
サクラは一礼して二人を招き入れる。
先日。タウンロアーという超大型の魔物退治に、協力してもらった二人。
師・ミモザの友達だというので、サクラは話が聞きたいと別れる前に依頼していた。
後日手紙が届き、ミモザの屋敷での茶会となった。
「あ。ミモザは疲労から体調を崩してて、今日は休んでおります。
後で、挨拶には来るとのことですので」
なお主人のミモザは寝込んでいるため、不参加である。
「ほんと? ミモザ大丈夫?」
「はい、ルティ様。だいぶ回復したようですので。
こちら、食べ物ですよね? せっかくですし、そろそろ元気の出るものを作って食べさせます」
サクラがもらった包みを掲げて見せると、ルティは手で後ろ頭をかき、半笑いを浮かべた。
「それ、余り物なんだけど。消費にご協力いただければ」
「余計な事言うんじゃありません、ルティ。あー……魔物肉の燻製なのですが、ちょっと量が多くて」
「いえいえ。そういうことなら遠慮なくいただきます」
(なるほど。魔法省外勤で退治した魔物のお肉か。高級品じゃなかったっけ……?)
サクラは包みを抱えながら、二人を客間に案内していく。
ルティとレンは立場こそ王族だが、魔法省の戦闘職員として各地を飛び回っている、らしい。
実際にその実力を目の当たりにしたサクラは、あまりの力に正直どのくらい強いのか想像がつかない。
絶対不倒のタウンロアーを倒した以上、少なくともサクラの知る〝乙女ゲーム〟の全キャラをしのぐ最強人物だとはわかるのだが。
(スピンオフゲームのイタコ探偵と、ころころした助手とは思えない……。
ゲームはゲームとして、切り離して考えたほうがいいわねぇこれは)
転生者サクラは、この世界がさる乙女ゲームに非常に近いと知っている。
その派生ゲームの主役にルティとレンは似ていたが、印象が大きく違う。
「こちらです。ある程度お話できるように、菓子をそれなりに用意いたしましたので」
客間に辿り着き、サクラは扉を開けて二人を招き入れた。
「おおー」「使用人もいないようですが、もしやあなたが?」
テーブルの上に準備した焼き菓子、揚げ物、飴や砂糖菓子なども用意してある。
「はい。言ってみれば、私が使用人ですね。ミモザの世話をしているので」
サクラは胸を張ったが、もしここにミモザがいたら訂正しつつサクラを褒め称えるだろう。
家事については原則分担である。なのでミモザだって普通に働いているのだ。
だがサクラは細々としたものを含め、かなり屋敷の手入れに励んでいた。
飲食についても、何くれと菓子を量産したり、食材の仕入れに出向いたりしている。
「お座りになってお待ちを。お茶を煎れますので」
「ふふ。では存分に世話になりますね」
「落ち着いてお茶できるの久々だから、楽しみ」
何かルティが哀愁を誘うことを述べたが、サクラは茶を煎れることに集中する。
(さて。できれば早速、たっぷりとミモザのことを聞きたいんだけど)
サクラはミモザとの信頼関係を深めるため、彼女を知ることを望んでいた。
今回ミモザの友だという二人を招いたのは、それが目的である。
(まずは軽い話題から行こうかな。私自身、お二人のことはよく知らないしね)
サクラは待たせている間にと、少し話題を振ることにした。
「本題の前にちょっとした疑問というか……その。
ルティ様のこないだの魔法、あれ」
三大不可能魔法【矛盾】。タウンロアーを倒した、ルティの技。
法則の論理的衝突を引き起こし、世界を滅ぼす「あってはならない魔法」である。
ルティはそれを、限定的な世界崩壊に留めるために、なぜかスポーツ実況のようなものを行っていた。
サクラは一応の理屈は聞いていたものの、納得できず。
「なんで実況が入るんでしょう?」
軽く振って――――即座に後悔した。
ルティの瞳が、何やら妖しく光ったからだ。
「あ、詳しくはいいんでその、あの実況ってルティ様が考えてらっしゃるんですか?」
サクラが素早く補うと、半分腰を上げていたルティが椅子に座り直す。
「ん、んー? 一応私が考えてるわよ? 私の恩人に習って、いろいろ練習したの」
「そうだったんですね、ルティ様」
(おいルティ様の恩人なんてもの教えるんだよ。なぜ鳴門海峡をこの人の脳に刷り込んだ? 転生者か? 転生者だろう?)
サクラは応えながら、口元を引きつらせた。
ルティの「実況」は、矛と盾がぶつかる様を語っていたが、途中にこの世界にはあり得ない単語が入った。
サクラは、ルティ自身が転生者という可能性も考えていたが。
聞いた感じではその「恩人」の容疑が濃い。
(でもこれ、詳しく聞くと地雷踏みそうだわ……。
私が転生者だって話、ミモザには釘刺されてないけど、他にはあまり伝えない方がいいだろうし。
下手に踏み込んでいくと、こっちがばれそうな気がするのよね……)
サクラはミモザに対しては、自分の出自を明かしていた。
といっても、サクラ自身はこの世界で生まれ育っているので、「前世を覚えている」という話ではあるが。
(第一私の知る乙女ゲーム展開は、もう終わっちゃてるし。
あんまりゲームがどうこう、気にしなくてもいいわよねきっと。
ああでも、私のは『2』だから、もしかして将来『3』が始まる?)
サクラの知る乙女ゲームは三部作。サクラの時代の18年ほど前に『1』がある。
『2』の18年ほどあとに『3』があるので、本当にあるならあと10年前後で物語が始まるはずだ。
(ま。それはもし始まったら、考えればいいか。それより)
サクラはお茶に意識を戻し、注いだカップのソーサーを持つ。
「お待たせしました」
二人の前に茶を供して、自身もまた席に着いた。
「んふー。ありがとうサクラちゃん。ではいただきます」
「ありがたく。あら。随分いいお茶ね?」
「はい。幸いにも、魔女は縁故が広いゆえか、方々から頂き物があって。
お客様に出すものに、困りません」
しばし、お茶と菓子を二人が堪能するのを見守っていたところ。
「あ。そういえばサクラちゃん。お詫びというんじゃないんだけど」
何かルティが妙なことを言い出した。
しかも居住まいを正している。
サクラは嫌な予感に顔が引きつるのを抑えながら、少しルティの方へ体の向きを変えた。
「なんでしょう、ルティ様?」
「我が夫があなたに行った仕打ち。私からもお詫び申し上げます。
その筋にはないとはわかっておりますが、言わずにはおれません」
(
今の今までまったく気づかなかったサクラは、盛大に狼狽えた。
「おおおおお、我らこそあなた様の旦那様をざまぁして本当にすみませんでした!」
頭を下げるルティに、サクラは自分でもよくわからない弁明を述べる。
「落ち着いてサクラちゃん。…………ざまぁってなに?」
「忘れてくださいごめんなさい!」
サクラは慌てて頭を下げてから、深呼吸をして自らを落ち着けた。
(そういや王弟になってから、エラン結婚しだんたったよ。
まさかルティ様がお相手とは思わなかったけど)
サクラは王弟エラン……当時第二王子だった彼と、恋仲だったことがある。
しかし学園卒業後、ひどい目に遭わされた。監禁され、貶められ、あまつさえ実験台にまでされた。
想い実り、結婚するものとばかり思っていたところの、あまりの仕打ちであった。
そのエラン。サクラが監禁先から逃亡し、名を変えて行方をくらました後、妻を娶ったらしい。
その相手が、今サクラの目の前で首をかしげているルティである、ということだ。
(え。まって。ルティ様、アレの妻? えっと、大丈夫、なの?)
サクラはそろりと、ルティとレンを見る。
「その……私がされたことをご存知、と。ルティ様は。大丈夫、なのでしょうか。
エランの妻、ということは」
「ああ。私、相手にされなかったから大丈夫です。愛することはない、ですって。
どうも、亡くなった男爵令嬢のことをまだ想っていたみたいで……。
あっ、これサクラちゃんのことか。ごめん」
「いえ、お気遣いなく」
謝るルティにサクラは応えるが。
(うっそやろあんだけやっといて私に未練があんの? きもちわるっ)
エランがまだ自分に執着しているらしいと知って、鳥肌が立っていた。
(え? ていうかなに? 直接「
サイコさんなの? そういう趣味のやばいやつだったの王子様?)
「それ以前に不能だったみたいですし。おかげでルティが汚されなくてほっとしました」
さらにレンが爆弾を投下。サクラは首をかしげる。
「ふ、のう? その。男性として、という?」
「はい。治療を受けていたという記録がありまして。
でなくばわたくし、寝室に乗り込んで常世にあいつを放り込んでやらねばなりませんでした」
(あー……言われて見ればエラン、毎回こう、うまくいかなかったんだよねぇ。
途中からそれどころじゃなくなって、気にしてる余裕なかったけど。
というか王妹殿下、兄に対して過激すぎない……? ルティ様そんなに大事なの?)
サクラはあまり振り返りたくない記憶を、ちらりと思い起こす。
だがそれ以上に少々目の前の二人の仲が気になって、記憶は霧散した。
「あー……ルティ様がご無事、だったなら何よりです。本当に」
サクラが取り繕うように答え、話をまとめにかかると。
「えっとまぁ。おかげで仮面夫婦満喫してたんですが……アレの所業が明らかになって」
――――まだ続きがあった。
ルティがげんなりしている。そして両手で顔を覆った。
サクラも顔から血の気が引いた。
(たぶん政略結婚だよね? 嫁入りしたら相手にされなくて?
しかも旦那が大量殺人してることが発覚?
き、気の毒過ぎる……)
「もう、革命するしかないって」
「そうはならんやろ」
ルティから予想外の言葉がするりと出て、サクラは思わず突っ込んだ。
王妹が茶を噴いているが、気にしないことにする。
「それでつい、革命しちゃったんです」
「なっとるんかい」
王妹が激しくむせている。だがサクラも脳が思考を放棄しており、それどころではない。
「革命すればうやむやにできるって思ったんです! 私悪くないですよね!?」
「そやね。しらんけど」
王妹が椅子から崩れ落ちて、何か床を手で叩いている。サクラは何もかもにしらんフリをした。
「ちゃんと説明してあげてください、ルティ。
レンが身代わりに処刑されそうだったから、すべてを覆すために革命軍を立ち上げたのでしょう?」
客間の入り口から流れ込んだ冷たい声に、サクラの意識が戻った。
彼女は席を立ち、素早く移動。
扉をくぐったばかりのミモザを支えた。
服は着替えたようだが、まだ顔色が悪い。
「ミモザ、こっち。歩ける?」
「ええ」
サクラは体を支えながら手を引いて、ミモザを椅子に座らせた。
白湯をカップに入れて渡し、適温にした麦の粥を取り出す。
「ん。少し水分とっておいて。おなかすいた? おかゆ食べる?」
手を添えて、カップの中のぬるま湯をミモザに飲ませてから。
汗の浮いているミモザの額を拭き、サクラはミモザに笑顔を向けた。
「ありがとうサクラ。おかゆは後で…………何でしょう、二人とも」
床から椅子に復帰したレンと、ルティが呆然とミモザとサクラを見ている。
「ほんとにお世話してる……」「すごい甘やかしっぷり……」
言われてサクラは少し照れた。わずかに頬が赤くなる。
ミモザは半眼になって、二人を見ている。
「不覚にも、疲労から体調を崩しまして。世話してもらっているだけです」
「それは聞いたけど」「そこまではしてもらわないでしょう」
「? 病人の世話なんて、こんなものでは?」
ミモザが首を傾げ、ルティとレンは首を横に振った。
なおミモザは季節の変わり目で体調を崩すこともあり、サクラにそのたびになにくれと世話を焼かれている。
何年もそうされたせいで、ミモザの認識はすっかりすり替わっていたが。この世界ではそう甲斐甲斐しくするものでもない。
「ああ、そうでした。ミモザ、少し話せるなら意見を聞きたくて。
エランが口を割らないのです。処刑の方法にも、少し悩んでまして」
レンが急に物騒なことを聞きだした。
ミモザは人差し指を顎にあて、ひと思案し。
「エランと縁の濃い者たちに、その処遇を委ねると良いでしょう」
(ん? 縁の濃いもの? そもあいつ、縁は全部切れてなかったっけ?)
師の良い様に、サクラは首をかしげたが。
「なるほど、わかりました。やってみましょう」
レンは何か得心がいったようだった。
「ところで、何を話していたのですか? レンが床に崩れてましたが」
「ん? ルティ様がエランの奥様で、追い詰められて革命を起こしたって――――」
ミモザが混ざり、お茶会は続く。
二人が帰り、ミモザを寝かしつけた後。
サクラは上機嫌で、茶会の片づけを行っていた。
(ふふ。結構おしゃべり弾んじゃった。いいなぁ、友達。こういうの、久しぶり)
ルティやレンの話をたっぷりと聞き、サクラ自身のことも話し。
日暮れ前、ミモザが少し疲れた様子だったので、次回もと約束し、解散となった。
食器を片付ける際、ふとサクラの視線が自身の左手小指で止まる。
そこには。赤く輝く魔力の糸があった。
(ま。友達できたくらいで、すぐ改善したりはしないか。
ルティとレンは……うん。信じられる。でもそれだけじゃ、ダメなのね。
ミモザのことももっと――――――――うん?)
新たな友とのお茶会をたっぷりと楽しんだ、サクラは。
「ダメじゃん私、二人にミモザのこと一個も聞いてないよ!?」
肝心の、友の知る師の話を何も聞いていなかったことを、いまさら思い出した。
――――――――
お茶会が終わってから、しばらく後。
彼女たちは友が住み、そして因縁のある王都に、また出向くこととなる。
なお幾度かお茶会は開かれ、サクラはミモザの情報収集を余念なく行ったとか。
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