5.絡みつく縁~発明者としては誠に遺憾だが、新製品のクレームには誠実に対応させていただく~

5-1.追いついてきた過去

 ――――気づいて、しまった。


 サクラの前に立ちはだかるのは、ゆったりとした黒のマントをはためかせる大男。


 顔は魔法なのか、揺らめく炎のような闇が覆っていて、判別がつかない。


 だが。


 上背。視線。その手にある曲刀。


 声も発さぬが、間違いない。



(ドラール……! なぜお前が!)



 戦闘中だった不審なる敵が、何者か気づいた途端。


 サクラは……身の底から湧き上がる震えが、止められなくなった。



(鎮まれ! こんな、ところで!

 私はミモザの足手まといになるわけには、いかないのよ!)



 しかし山刀を握る手の力は落ち、刃を取り落としそうにすらなる。


 集中は乱れ、意思を強く持たねば視線を逸らしてしまいそうにすらなる。


 呼吸は乱れ、腹の底に力を込めることができない。



 臆した様子を見て取ったのか、サクラの目の前の影は曲刀を振りかぶった。


 判別のつかぬはずの顔が、にやりと口元を歪めているようにも見える。


 サクラは身構える。それは奇しくも、かつてドラールと屋敷で対峙したときと同じ構えであった。



 恐怖が、襲ってくる。


 ――――――――過去の因縁と、ともに。




 ◇ ◇ ◇




 動く町の魔物・タウンロアーを退治し、ミモザが床に伏してから……しばらく。


 復調したミモザはその町で得た品々を、縁ある人々に届ける仕事を行っていたが。


 また突然、今度は王都に向かうと言い出した。


 そして前回の件を反省したのか、ミモザはサクラに十分な説明をした。



 用件の一つは、王都外れに建造されている宝玉工場。


 魔力が尽きると割れてしまう〝魔石〟を再充填可能にする、樹脂加工魔石〝宝玉〟。


 ミモザが未来を見て発明したこれの生産拠点は、今まで西の帝国にのみあった。


 その工場が革命を機に、セラサイトの王都にも建造されることになったのだ。


 だがそろそろ本格稼働という段になって、「樹脂がうまく凝固しない」と連絡が入った。


 ミモザは責任者として、また技術アドバイザーにも連絡をとり、王都へ向かうことになったという。



 もう一つ。


 〝ブロッサムの魔女〟が一人、亡くなったらしい。


 葬儀は親族で慎ましやかに行われ、ブロッサム魔女団カヴンから為すべきことはもう終わっているらしいのだが。


 その死にあたり、魔女団カヴンとして王都で果たさねばならないことが、あるという。


 これについては、ミモザも詳しくは話してくれなかった。


 サクラはブロッサムの名と技術の皆伝を認められたが、まだ正式に魔女団カヴン入りしていないためである。


 立場的にブロッサム寄りだが団の一員ではないサクラには、ミモザおよび魔女団カヴンから「立ち合い」を求められた。


 サクラはこれに応諾し、王都に同行することになったわけである。



 ――――そしてサクラは到着早々、王都を訪れたことを後悔した。



「おやぁ? カトレア嬢ではありませんか。お久しぶりですねぇ」



 王都。街の中心からは外れた通りで宿をとり、サクラは外で師が出てくるのを待っていた。


 ミモザが着いて早々、いくつかの手紙をしたために入ったためである。


 集中を乱しても悪いと気を遣い、一足先に宿の外に出ていたわけだが。


 急に長身の男から声をかけられた。



(雑用程度しかできないにしても、私だってミモザの役に立つんだ!って意気込んで王都に来てみれば)



 嘆息を胸の中に飲み込みつつ、サクラは声の方を振り返る。


 長身長髪、華美な服装、装飾少ない装いの……貴族の男。



(そうなるかも、とは思ってたけど……このままじゃ私、全力で足を引っ張りかねないわね)



 今でこそサクラ・ブロッサムを名乗っているものの、彼女は以前はセルヌア男爵の令嬢カトレアであった。


 王弟エランから逃れるため、両親と共に名を変えて出奔している。


 幾年も経ち、容姿も多少は変わり、服装は大きく変えてはきたものの。


 サクラが「カトレア」であると疑うものがいない、とは限らなかった。


 目の前の男は、およそその一人。


 サクラが身を隠す羽目になった、四人の極悪人の、親族に当たる男。



「人違いではございませんか?」



 サクラはすらりと、笑顔に本当の表情……強い苛立ちを隠して答えた。


 その上で、今更気づいたように顔を伏せる。


 相手は間違いなくサクラの……否、すでにいセルヌア男爵令嬢カトレア・チェリーの知己であった。


 名をマリン。ゴライト侯爵マリン・ブルート。


 カトレアの体を文字通り弄り回し、数多くの人間を殺して魔石を取り出し、そして革命軍に捕まって処刑された宮廷魔術師ルカインの……父親である。


 サクラの知り合いのうちでは、最も会いたくない者たちのうちの一人だ。


 本人から何かをされたことはないが、顔を見るだけでどうしてもその息子にされたことを思い出す。



「お貴族様とは。失礼いたしました」


「んんー? 黒髪黒目の女は、珍しいのですがねぇ。人違い、ですか」


「お言葉ですが。私のいた村や娼館では、よく見かけました」



 サクラは顔を伏せたまま答える。早くどっか行けと強く念じながら。


 なおサクラの言う黒髪黒目の話は、事実である。サクラが両親と共に身を隠した村には、それなりに似た目と髪の色の者がいた。


 娼館ではさらに多かったし、ミモザと回ってみるとさらに幾人も出会った。


 「黒髪黒目が珍しい」は一応事実ではあるが、それは「都では」と頭につく話なのだ。


 ついでに言うとサクラの髪は紫だし、カトレアだったころはそれこそほぼ真っ黒ではあったが、近年は紫みが強い。


 これを指して黒というのは、かなり無理があった。



(というか。ルカインはともかく、その父親のこいつとはそんなに接触はなかったはずだけど……なんでわかるのよ)



 サクラの今の装いは男装に近く、見た目から令嬢だと気づかれるようなものではない。


 ブラウスにジャケットを羽織り、キュロットのロングスカートを履いている貴族の娘などまずいない。


 実際サクラの過去の知り合いとは街に入ってから別途遭遇したが、「カトレア」だとは気づかれていなかった。



「そうですか、魔力波長が同じなのですがねぇ」


(……出鱈目を)



 サクラは心中で悪態をつきながら答える。


 マリンのねっとりとした言い回しが、言い加減癇に障ってきた。



「浅学ながら私も魔法の徒でございまして。10人に一人は、同じ波長であると聞き及んでおります」



 サクラはしれっと応える。これもまた、事実である。


 むしろ魔力波長程度で個人特定できたら、それは驚きの技術だ。


 サクラが習った〝縁の糸〟に類する技ということになる。



(この男、しつこい……ほんと、父親だけあって、ルカインそっくり――――)


「ふむふむ? 息子が『カトレアの墓に遺体がなかった』と言っていたので、探しているのですが。

 何せ、愛を注ぐと魔石を生み出す珍しい体質の女人。

 私も是非、それを確かめたかったのですがねぇ」


(――――何が愛だ! あんな、あんなものが……!)



 サクラは自分のされた所業が頭をよぎり、血が昇りそうになり、体の底から震えが湧いてきたが、必死になって堪えた。


 そしてしつこく、無根拠に人をカトレア呼ばわりするマリンのことを、ようやく理解した。


 マリンは最初から、「この女がカトレアかどうかはどうでもいい」のだ。


 似ていると思ったから声をかけただけ。当たっていればそれでよし。外れていても、それはそれということだろうか。


 とはいえ、サクラとしては「カトレアだ」と断定されるわけにはいかない。


 サクラは次の言い訳を用意した。



「……遺体が墓にないのは普通です。聖教団が預かる墓は、疫病防止のために遺体を魔法ですぐ土に返すのです。

 教団は周知していませんし、王都の聖職者の方などはご存知ないでしょうが、私の田舎では当たり前に皆知っています」



 これは真実だが、事実ではない。教団の司祭たちがすべての町で行っているわけでは、ないのだ。


 だがサクラ……かつてのカトレアは、埋葬の地に生真面目な司祭の教会を選び、話を通しておいた。


 そこでは埋葬後、日没前に必ず司教が遺体を自然に還している。


 ……なぜそのようなことをするかといえば、サクラたちのような「死んだことにして逃げたい」者たちを支援するためだが。



「それから。ご子息の墓荒らしをつまびらかにするのは、いかがなものかと。

 重罪であり、教団からは破門にされますし、ご家族にも塁が及ぶと聞きます」



 そろそろ解放してもらいたくて、サクラは言葉を繋げた。


 だがマリンは、なぜか笑い出した。



「はっは! 息子はそれ以上の悪事をやらかして処刑済みですから、ご心配なく。

 私は彼らを裁くのに協力し、革命軍の信を得ていますから大丈夫ですよ。

 ねぇ、ドラールくん?」



 サクラはちらりと視線を上げ、一瞬眉をひそめた。


 確かにマリンの後ろには、青いバンダナを蝶結びで腕に巻いた大柄な少年がいる。


 金髪碧眼で、見間違えようもない。


 以前ミモザの屋敷にやってきて、サクラと対峙したドラールだ。

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