5-2.悪縁と良縁と

(どうしてこいつまで、ここに……くっ。震えないで、私の体!)



 因縁あるマリンに加えて、恐怖感がぬぐえぬドラールが現れ、サクラは手が震えだす。


 二人を見るとどうしても、耐えがたい屈辱の日々を思い出す。脳裏に裏切りと痛みが昨日のことのように蘇る。


 右手で左手を押さえ、その小指を握り締め、サクラは懸命に耐えた。



(ミモザ……!)


「お……私に振られても困ります、侯爵閣下。

 というか今の発言も、ちょっと」



 だがやってきたドラールはサクラを一瞥した後、思ったより真っ当な意見を口にした。


 マリンはとぼけた顔をして、肩を竦めている。



「んんー? 何が悪いと言うのです。

 私はこれでも、独り身になったのです。

 気になった女人に声をかけて、問題があるとでも?」


(大問題でしょうが!)


「大問題に決まってるでしょ?」



 とんでもないマリンの言い分に、サクラは自分が突っ込んでしまったかと思わず口元に片手を当てたが。


 それは、彼女の声ではなかった。



「…………チッ。邪魔が入りましたね。行きますよドラールくん。

 失礼する。またねお嬢さん」



 マリンは丁寧に一礼し、踵を返す。


 そして堂々と大股で、通りを歩み去って行った。



「……え? ちょっと侯爵閣下!? ――――チッ」



 サクラの方を見てなぜか舌打ちしてから、ドラールが彼を追いかける。



「……失礼な奴らですね。革命軍も教育がなってない」


「マリンが失礼なのは昔からだけどね。あなた、大丈夫?」



 急に去った彼らに呆然としていたら、サクラに二人の女性が声をかけてきた。


 一人は憤慨している様子の、小柄で、多くのアクセサリーを身に着けた女性。赤い燃えるような瞳が印象的だ。


 もう一人は金髪碧眼、それなりにお年を召した女性だ。その瞳はドラールよりずっと綺麗で、以前会った王妹レンを思わせる。



「あ、はい。ありがとうございました」



 サクラが丁寧に頭を下げると。



「礼はいいわよ。それより、貴族にナンパされたら、平伏してないで去っていいのよ?

 そしたら相手は追いかけないし。あんな中年ハゲ、嫌でしょ?」


「シーラ様。平民の子にそれをいきなり要求するのは、難しいですよ。

 あなた、不快ならその腰の山刀でさっさとなますにしてしまいなさい」



 それぞれに過激なことを宣った。



(返答に困る……)


「私の弟子を困らせないでくれますか? お二人とも」



 その時。宿の扉が開き、サクラの待ち人がようやくでてきた。



「ごめんなさいサクラ、私の失態です」


「いいのよミモザ。手紙書けた?」


「ええ。ああ、それで」



 ミモザがすーっと歩いてきて、サクラと二人の女性の間に立つ。



「サクラ。こちらが西方のダイクロ大公、シーラ・ロベリア様。

 それから南方辺境伯カガチのれい……ではありませんでしたね、ご結婚おめでとうございます。

 ユラ・セラサイト王女殿下の伴侶、サリス・セラサイト様」


(んん? 西方に大公なんていたっけ? しかも女性貴族?

 あと私の聞き違いじゃなければ、王女の伴侶として女性を紹介されてる?)



 そも偶然サクラを助けたとみられる二人がミモザの知己であることも驚き、ではあるが。


 それ以上に突飛な紹介をされて、サクラは目を白黒させた。


 そんなサクラに構わず、師は今度は弟子を二人に紹介する。



「二人とも。この子が私の弟子。の、サクラです」



 名を告げられ、サクラは改めて丁寧に頭を下げた。



「サクラ・ブロッサムと申します」


「おお、ほんとに弟子いたよ……私のことは、気軽にシーラって呼んで頂戴。

 ちょっと西の貴族が粛清で減ったから、先代国王に大公位をもらったけど。

 ダイクロなんてどうせ誰も知らないし」


「びっくりですね。あのミモザが弟子をとるなんて。

 ああ、わたくしのことも、サリスで。王女妃……になるのですかね?

 首を傾げられるだけですし、サリスでいいですよ」


(いやそういうわけにはいかないでしょうよ……。

 というかミモザ? なんか私みなさんにエア弟子だと思われてない……?)



 サクラは笑顔が引き攣りそうになったが、その前にシーラと紹介された女性は隣のサリスを向き直った。



「私からも改めて。結婚おめでとうサリスちゃん。いい時代になったわね」


「ありがとうございます。ミモザも、シーラ様も。

 子どもも大きくなってきましたし、結婚って言われても今更ですけどね……」


(ほんとに結婚!? しかも子どもがいる? え、女同士? ここ乙女ゲームでは? え??)



 情報量が多く、混乱するサクラ。それを見て取ったのか、ミモザがまとめにかかった。



「ユラ様やトバス王子殿下にもご挨拶したいですが、またの機会に。

 二人とも、工場の方に行きましょうか」


「ええ」「ミモザにもちょっと見て欲しいのです。行きましょう」


(ん……? 女大公と王女の伴侶が、工場……ミモザの宝玉工場の関係者?)



 顔に出ていたのか、サクラを見たミモザが薄く微笑み、解説した。



「シーラ様は宝玉作成の技術顧問です。

 それから、工場はサリスの要望で王都に建てることになったので。

 この子は工場主に当たります」


「……………………はい?」



 サクラは余計に混乱した。

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