5-3.師匠の友達はエンジニア
「……やはりだめね、凝固しない」
広い敷地、工場の一角。
薄い石板を抱えているシーラが、そっと嘆息している。
「清浄室でも試してみますか? シーラ様」
サリスが容器のいくつかを眺めながら尋ねるが、シーラは首を振った。
「ううん。初期凝固しないのだから、無駄ね。
不純物混入が疑われる段階じゃない。
サリスちゃんの方はどう?」
「どの魔石、どの地方の虹彩樹脂の組み合わせでもやはり結果は同じですね」
ミモザの紹介では情報が整理しきれないので、互いをあれこれ自己紹介しながら歩き、彼女たちは工場までやってきた。
着いてからは早速、実験室の一つで「宝玉が凝固しない」という課題に取り組んでいる。
宝玉は、魔石という天然出土する鉱石を、虹彩樹脂という素材で包んで作る。
媒介となる薬剤に漬けると虹彩樹脂は固体から液体になるが、魔石を入れると徐々に固まるのだ。
ところが、いくつもの容器に入った液状樹脂には様々な色合いの魔石が入れられているものの、一つも固まっていかない。
樹脂は各地で取れるものの微妙に品質が異なるため、魔石との組み合わせを試されていたが、上手くいっていない状況だ。
サクラは宝玉には詳しくなく、実験そのものには手を出せないため、記録や補佐に従事している。
作業がひと段落し、結局行き詰ったので今は手元の石板を弄っていた。
(これ、完全にタブレットよね……魔石自体が貴重だから、東方にはほとんど入ってこないけど。
文明レベルが現代の日本とかだわ。
西方って行ってみたことないけど、まさか超高層ビルとか建ってたりしないわよね……?)
20年余り前に、この国では魔石による演算・通信が発明されたらしい。地球でいう、コンピューターやネットワークだ。
魔石の数自体が足りず、使い込むと壊れてしまうので普及はあまりしていないが、サクラが聞いた範囲では現代日本さながらの技術やサービスが存在するという。
王都では多少、西方ではかなり、帝国では盛んに導入されているとか。
王国の東方では少ない。
(いや湯沸かしポットもコンロもめっちゃ便利だけどね。
クズみたいな魔石で作れるらしいから、生活用品は高いけど割とある。
この石板は……ちょっといくらするのか、わかんないけど)
サクラは不思議な感慨を覚えながら、石板をつつき回す。
指で触れるだけで、板に浮かんでいる画面が動いた。
(私も転生したし、現代知識でチート!ってやってみたかったけど。
なんかゲームで見たより、ここ文明高度なのよねぇ……。
ひょっとして、私以前にも転生者がいるとか?
私はゲームの『2』のヒロインだから……『1』のヒロインか、悪役令嬢とか。
さすがにない、かなぁ)
サクラは顎に指を当てながら、あーでもないこーでもないと議論するシーラとサリスを見る。
服装に多少、中近世の西欧風が残る彼女たちが、タブレット片手に話している内容はとても高度だ。
少なくとも、サクラに理解できる化学の話ではなかった。
「魔法の観点から述べますが、魔石と樹脂の反応自体は正常です」
サクラの隣で同じようにタブレットを見ていたミモザが、顔を上げた。
魔女の発言に、シーラとサリスがこちらを見る。
「ただ結果が違うのですよね……。
混入、あるいは……。
清浄室は魔力波防御もかかっていますから、そちらでやってみてくださいお二人とも」
「なるほど」「どこかで大規模魔法を使ってて、その影響ということ? ミモザ」
シーラがひょいひょいと、いくつかの魔石や樹脂を何かの箱に詰めていく。
一方のサリスは、納得いかないのか難しい顔をしていた。
「念のため実験中のところがないか、確認の便りを出しておきました。
それで出てこない場合は……ちょっと研究所を調査した方がいいかもしれません。
実験用に使われている魔物の幾種かは、妨害的な魔力波を放出します。
通常は厳重管理されているはず、なのですが。
どうも王都に来てから、魔力の様子が変で……〝縁の糸〟も歪んでいますし」
「「「大事じゃないの」」」
サクラたち三人の声が合う。
ミモザは頬に手のひらを当ててから、小首を傾げた。
「ああ、言ってませんでしたっけ。すみません。
もしそうだった場合、工場全体に一定の防御機構を施さないといけないので……。
その予算をどう捻出しようか、頭がいっぱいで」
シーラとサリスが、半笑いで顔を見合わせた。
(ミモザってたまに抜けてるけど、他の人から見てもこうなのかしらね……?)
冷静で完璧な師だとサクラはミモザのことを思っているが、彼女の知り合いや友達から見るとそうでもないのかもしれない。
以前会ったミモザの友人・レンとルティに詳しいことを聞けなかったサクラは、シーラやサリスがミモザをどう見ているのか、少し気になってきた。
「シーラ様が西方や帝国からいろんな手段でモノや人を手配してくれて、予算はだいぶ浮いてます。
王国や東方準拠でミモザが行った見積もりからはだいぶ安く済んでますから、がっつり使ってください。
工場主としては、シーラ様にもご助言いただいて進めてもらいたいですね」
サリスがシーラに投げかけると、女大公は笑顔で頷いた。
「いいわよ。だいたいの金額とかはわかるし、ミモザ。たたき台作ってくれる?
私らは先に、実験してくるから」
「わかりました、やっておきます。サクラは少し休んでおいてください。
資料をまとめるのに、後で手伝ってもらいます」
「はい、先生」
サリス、シーラ、ミモザが部屋を出ていく。
サクラはタブレットを抱えたまま、隅の長椅子に腰かけた。
誰も見てないので少しの背伸びをしてから、壁に背中を預ける。
(いやすごいわ……全然ついてけない)
そして寂しそうに、自重するような笑みを、口元に浮かべた。
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