5-4.弟子は自分にできることをする
サクラは。宝玉については元々専門外であり、ついてきた時点で雑用程度しかできないのはわかっていた。
だがサクラとしては。ミモザと「対等でありたい」と誓った彼女としては。
それでも師に一歩でも近づきたかったが。
(うまくいかない。シーラ様とサリス様を見てると、なおそう思う。
お二人は友達というより……ミモザの仕事仲間、かしらね?)
気安い間柄に見えるが、前に会ったルティとレンに比べると、シーラとサリスは仕事の付き合いという向きが強く見える。
酒宴や茶会を開いたら、あの三人は愚痴と仕事の話で盛り上がりそうだ。
(私も、もう少しは役に立ちたかったけれど)
サクラはそっと、左手小指を見る。
そこに結び付く、細い不可視の魔力線、赤い〝縁の糸〟。
ブロッサムの魔女と、サクラ、そして糸の先のミモザのみが見ることのできる運命の糸。
(ミモザは〝縁の糸〟が歪んでるって言ってたけど……赤い糸は全然変わんないわね?
普通の縁が束ねられてる状態、らしいから強力なのかしら)
サクラは〝ブロッサムの魔女〟の技を習い、皆伝している。
だがしばらく前にこの赤い糸が発現し、以降〝縁の糸〟が見えなくなっていた。
原因はサクラが人を信じられなくなっているから、と見られる。
師・ミモザはこの状態を改善すべく、サクラを何くれと連れ回している。
サクラは娼館巡りで「不信」と「信じる心」とは何か、を学んだ。
荒野の動く町の魔物・タウンロアーでは「対等」を学び、「死の先の縁」を見た。
そして。赤い糸の運命に甘えずミモザと対等になろうと、努力し、彼女を知ろうと歩み始めた。
(娼館で会ったジムナって子は、魔法も戦闘もできなかった。
でも実際には、コリネをしっかりと支えていた。
考え、出来ることをし、自らを賭してコリネの助けになろうとしていた。
私はミモザに比べれば、とても弱い。
だから目指すのは、ああいう信頼の示し方)
そう……わかってはいるものの、サクラにはあまり、良い考えは浮かんでいない。
(宝玉が作れないって話、私もここに来るまで話を聞きながら、ミモザと考えてはみたけど。
妨害波かぁ。それは思いつかなかったなぁ)
サクラは天井を見上げ、壁に頭をつけて目を閉じる。
彼女は考えるのは苦手ではない。ミモザにはとてもかなわないが、それでも少ない情報から王子たちを攻略しきったくらいには頭が回る。
(あの頃は大変だったなぁ。ミモザ手強かったし)
サクラは貴族学園に通っていた頃のことに、想いを馳せる。
当時はミモザの行動でどんどん状況が変わった上、下手に紙などに情報を残せば盗まれる可能性もあったため、頭の中で整理するしかなかった。
ゲームの流れ、ミモザの行動、変化する状況、未来。
かつてを思い出しながら、サクラは思考を重ねる。
(妨害波、かぁ。でも誰が妨害を?
たまたま事故か何かで妨害波が出てるってより、宝玉工場がこれから稼働します!って時期を狙った何者かの仕業って考える方が、今は建設的よね?
とはいっても、宝玉は充填できる魔石。小さな魔石でも結構いろんなことができるようになるっていうし。
普通は夢のある話。魔石産業にとってもうまみがあって。
それを嫌がる可能性があるって言えば…………)
サクラの脳裏に。
かつて自分が攻略し、しかしサクラを手ひどく裏切った四人の男が思い浮かぶ。
一瞬思考が霞がかったが、サクラは頭を振ってもやを払った。
(人に言えない手段で魔石を作っていた、あいつらだけ。
でも当人たちはもう、エラン以外は死んでる。
けど……その魔石、売ったのよね? 取引相手がいるはず、だし。
ルカイン一人で、取り出していたはずもない。
雇った相手とか)
サクラは顔を下げ、目を開く。
広い机の上に、たくさんの容器が並んで見えた。
(そう、ここみたいな研究室。
研究所、だっけ。あったらしいし。
…………………………………………ん?)
サクラは思い出す。かつて、ルカインに捕らわれていた場所。
当時は突然さらわれて閉じ込められたので、どんなところかはわからなかった。
だが明らかな研究施設であり……そもそも、学園卒業したてのルカインが持てるようなところでは、なかった、はずだ。
(あそこ、あの四人以外は出入りの様子もなかった。
逃げ出したときのことはちょっと記憶あやふやだけど……外に出たら王都の中の、辺鄙なとこだったはず。
あいつらの誰かの持ち物? 普通に考えればルカインだけど。
あ、そういえばこれでちょっと調べられるんじゃなかったっけ?)
サクラは工場で最初に説明を受けたことを少し思い出し、手元のタブレットを弄り始めた。
地球のインターネットほどではないが、ある程度の情報が入っていて調べものなどもできる。
(王都の……というかあの事件関連……入ってる。
研究施設……ああこれ、国の資料っぽい? 見れていいのかな。
あ。ここ、かも)
サクラが見つけた資料には、今いるところからほど近い場所の研究所が載っていた。
ルカインが人を殺して魔石を取り出していた、施設。中を調査の上、閉鎖されている。
そして、所有者に返却された、となっていた。
(…………ここ。ゴライト侯爵、マリンの持ち物?)
宮廷魔術師になったルカインは、そもそもがゴライト侯爵の令息である。
彼がそのような設備を、持てるとすれば。
サクラの脳裏に、先ほど会った陰湿な男の顔がよぎる。
(っ、そうだ、あいつ変なこと言ってた!)
そもそも「カトレアが魔石を生み出せる」という話。これをマリンは知っている様子だった。
サクラはミモザに話したが、他に知っているのは実際にサクラを弄り回した王子たちくらいなはずである。
もし知れ渡っていたら、サクラ……カトレアは、今も広く付け狙われているだろう。
その危険性があったから、サクラは元の名と身分を捨てて隠れることを選んだのだから。
そしてマリンの言った「〝愛を注ぐと魔石を生み出す珍しい体質〟」。サクラはその表現を、かつて彼の息子のルカインから聞いていた。
またルカインが墓を暴いてカトレアの遺体を探していたことも、あの父親は知っていた、わけで。
(逆、なんだ。父親のマリンが、息子のルカインにやらせてたんだ!
それにそうだ、魔石を作ったからって彼らがすぐ販売できてたはずがない。
絶対大人が、絡んでたはず。当然に、研究所の持ち主であるマリンは疑わしい)
サクラは立ち上がり、そっと机にタブレットを置く。
そして歩きながら、思考をまとめにかかった。
(もしも。もしも今も秘密裏に、誰かを殺して魔石を取り出しているなら?
宝玉は邪魔だ。魔石が高く売れなくなる。
邪魔してるのは、マリン?
というか……最近誰かが、亡くなったって聞いた、ような)
その時。
サクラは音叉のような、キーンという響きを聞いた。
(!? なにこれ、音……じゃない。魔力?
ちょっと強く響いた。どこからだろう)
続けて、もう一度。
(なんだろう、悲鳴みたいな。
たぶん、遠くじゃない。
〝縁の糸〟は見えないけど……魔力で、辿れる?)
サクラは部屋のドアを、じっと見て。
己の直感に任せ、外へ飛び出した。
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