5-5.不信の震えを乗り越えろ
サクラが辿り着いたのは、宝玉工場敷地内の外れ。
川の横に建てられた別棟だった。
(なんだろ。川から水を引いて……排水してる?
魔石とか樹脂を洗ったりするのに、水使うからそのための設備……ッ、また!)
サクラは設備近くまで来たところで、また魔力の波紋を感じた。
頭を打ち鳴らされたような衝撃があり、少しふらつく。
目をつぶって頭を振り、体勢を立て直していると。
設備の扉が、開いた。
(……思いっきり怪しい奴!?)
サクラは反射的に、腰の後ろの鞘から二本の山刀を抜いた。
交差するように構え、扉の方を見る。
出てきたのは、黒づくめの人物だった。
マントのような布を羽織っているが、それだけではない。
顔が黒い闇に覆われている。
(あれだ、コリネの使ってた闇の魔法!
あれを顔にかけて……たぶん周りからだけ見えないようにしてるな?)
サクラは姿勢を低くし、前に出る。
駆け寄り、右の山刀を首筋に向かって振るった。
人影がサクラに気づいたようで、右手を振るう。その先には、曲刀。
刃が打ち合い、火花が散る。
明らかに大柄な男と見られる相手は、膂力も相応にあるようだ。
サクラの山刀は押し込まれるが。
(そこだ!)
相手の右手を狙って、サクラの左の山刀が振るわれた。
右の山刀を引きつつ、左の山刀を振り抜く。
確かに、皮膚を切り裂いた。
(浅いか……!)
男の黒い手袋が切れ、右手の甲に傷がついた。
それなりの深さではあるようで、男は左手に曲刀を持ち替えている。
切っ先をサクラに向けて揺らしながら、牽制の構えのようだ。
(魔法が使える……持久戦は不利。
体格差もあって、守りは難しい。
けど手数・速度はこちらが上! 押し込む!)
サクラはまた低く駆け寄る。蹴りを避け、左手から順に連続で山刀を放つ。
男は下がりながら曲刀を振るい、押し込まずに払う。都合7合し、設備の扉まで追い詰めた。
苦し紛れの前蹴りがとんでくる。一度見た動きにサクラは的確に反応し、ふくらはぎのあたりを斬る。
ブーツや膝当てを避ける意図だったが、果たして肉を切り裂いた感触があった。
男は刀を振り回し、体を回転させながら壁際を逃れる。
「待て!」
サクラが思わず叫ぶと、男は曲刀をまっすぐサクラに突きつけつつ向き直った。
下がる構えをとったところ、サクラは追いかけようとし。
――――その動きが、止まった。
(ぇ。まさ、か。こいつ?)
はっきりと男を正面から見て、サクラは気づいた。気づいて……しまった。
上背。視線。その手にある曲刀。
声も発さぬが……サクラは、ようやく相手が何者であるかに思い至った。
(ドラール……! なぜお前が!)
革命軍の少年が、宝玉工場で不審な恰好をし、何かしている。
サクラは僅かに混乱しつつ、男の振るった刀をはじいた。
だが右の山刀で逸らしきれず、身をかわしながら左の刀も振るう。押し込まれ、跳んで下がった。
(鎮まれ! こんな、ところで!)
相手がドラールだと、その可能性に気づいた途端。
サクラは……身の底から湧き上がる震えが、止められなくなっていた。
力が、ほとんど入らない。
(私はミモザの足手まといになるわけには、いかないのよ!)
気合いを入れるものの、山刀を握る手の力は落ち、刃を取り落としそうにすらなる。
集中は乱れ、意思を強く持たねば視線を逸らしてしまいそうにすらなる。
呼吸は乱れ、腹の底に力を込めることができない。
「…………」
臆した様子を見て取ったのか、サクラの目の前の影は曲刀を振りかぶった。
判別のつかぬはずの顔が、にやりと口元を歪めているようにも見える。
サクラは身構える。それは奇しくも、かつてドラールと屋敷で対峙したときと同じ構えであった。
恐怖が、襲ってくる。
サクラは。
(どうして震えるの!? 何が怖いの!
こいつは――――――――)
刃が迫る中。その闇に包まれた顔がにやつくように見える中。
サクラの脳裏に、この男に会ってからの出来事が流れた。
震える自分。火花のない剣戟。不信。恐怖。叫び。そして――――
金属の音が、激しく鳴り響いた。
少しの間を置き、サクラから離れた後方に、何かが刺さる音がした。
「こい、つ! 目を瞑って!?」
そして、驚く男の声がした。
両の刀をハサミのように振るったサクラは、声の様子から位置を判断する。
まず左の刀を振る。ドラールの右手を内側から斬る。その手首を裂く。
「ぐあ!?」
次に右。低い位置に流れた風に向かう。ドラールの蹴りだ。サクラの狙いは、先ほど切ったのと同じ位置。
結果。男の両足、同じ高さに切り傷がついた。
「くそっ」
悪態をつくドラールに、サクラは目を閉じたまま正対する。
土壇場でサクラが思い出したのは、娼館にてナイフ一本でサクラの連撃をしのいだ強敵の姿。
だが彼女と戦った見えない暗闇の中、サクラは何の恐怖も感じなかった。
男がドラールだと気づく前は、サクラの体は動いていたのだから。そう。
――――見えていなければ、なんということはないのだ。
(コリネに比べれば、こいつ随分弱いわね)
サクラは突き込むように、両の山刀を構える。
直後、鈍く駆け出す音が……遠ざかった。
(しまった!?)
サクラは目を開ける。黒い人影は血を流しながらも、建物の裏手へ駆けて行った。
「待て!」
サクラも追いかける。
ドラールは川に浮かぶ石を跳んで渡る。サクラも続いて、そして。
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