5-6.すべては魔女の手のひらの上で。
足元に血痕。
(ここだ、間違いない……あれ?)
追跡して、しばらく。ドラールが逃げ込んだ先。
宝玉工場からそう遠くないところにあった、打ち捨てられた様子の建造物。
(この建物、さっきタブレットで見たとこだよね……開いてる?)
門は閉まっておらず、サクラは敷地に踏み入る。
点々と続く血痕。サクラは警戒しつつ、建物へ。
(扉も開いてる……ここって、封鎖されたんじゃなかったっけ。
ってかやっぱり稼働してるってこと、か。
街中で見た時もそういえば、ドラールとマリンは一緒だったし。
何やってるか知らないけど……おそらく、誰かを殺して魔石をとったんだ)
サクラは慎重に扉を潜り、内部に入る。
暗く、
血痕は見えないため、あとは警戒しつつ捜索するしかない。
(さっきのドラールは……宝玉工場への妨害の証拠隠滅、とか?
ミモザが魔物がどうのって言ってたから、それがあそこに放たれていたとか……。
宝玉の生産を遅らせている間に魔石をこしらえて、売って……でも先が続かないよね。
今のうちにとんずらする気、かな?
〝ブロッサムの魔女〟が来たんだし、犯人なんてすぐわかっちゃうもんね)
音をさせないように、慎重に歩く。
闇に眼が慣れてきたサクラは、床の凹凸に注意しながら奥へと進んだ。
(…………というか、あれ? これ、私先走る必要なかった、よね?
つい役に立ちたくてここまできたけど。
それなら、ミモザに報せてみんなできたほうが、よかったような。
むしろ、万が一私が捕まったら…………なにあれ?)
闇の奥。開いた扉の向こうに、何かが見える。
台座があって。その上には。
(人!? じゃない。人だけど、石……魔石になってる? まさか、これが)
サクラは、魔術師ルカインが人を殺して魔石を得るところを見たことは、ない。
だが今目の前にある光景を見て、碧の石の中で眠る女性を見て。
奴らは人を魔石にし、それを売りさばいていたのだと、理解した。
(こんな、ひどい! …………あれ? なんでこの台座、暗いのに見えて)
警戒しながら近づいていたサクラの足に。
がちり、と何かがはまった。
(しまった!? 魔法! いつの間に)
慌てて見渡すと、部屋の死角にほのかな明かりがあった。
印を結びながら現れたのは。
「マリンッ!」
ゴライト侯爵マリンその人。
サクラはさらに周囲を警戒したが、ドラールの姿はなさそうだった。
血痕も、見当たらない。
「ほほぉ、私の名をご存知。光栄ですね。あの年増にでも聞きましたか?
それとも」
マリンの手が解かれる。魔法が完成したのだ。
サクラの両手首も、後ろ手に魔力の光で縛りあげられた。
山刀が二本とも落ち、床を鳴らす。
「やはり私を覚えている、と。
「人違いでしょう」
強がるサクラだったが、長身の男は笑みを深めた。
「まぁ違ってもいいのです。カトレアだったらいいな、くらいなので。
私が開発し、息子に教えたこの魔法」
ルカインは手の甲で、石になった女性をノックする。
「カトレアの体質を踏まえたものなのです。
つまり、愛など注がずとも魔石を生ませる魔法。
カトレアさえいれば、無限に魔石を生み出せた。
息子はカトレアでない者向けに、式を変えたようですが……そんなことをする必要はなかった。
私は自分の作った魔法の、本来の効果が確認したい。それだけなのです」
「ついでに資金を作って逃げたいってわけ。
それとも、魔石供給の約束をしちゃったから、大量につくらないと怖い人たちに怒られるの?」
サクラの煽りに、表情が薄かったマリンの眉がぴくり、と動いた。
彼は右手を振るう。石になった女性の一部が……砕け散った。
「そぉぉぉなんですよ、賢いお嬢さん。魔石が、魔石が! たっぷりと必要なのです」
マリンの瞳に、危険な光が宿る。
「ご協力いただきましょう。お嬢さん、あなたがカトレアだといいですねぇ?
そうでなければこの陰気臭い女のように……石になって死ぬのですから」
マリンがサクラを抱き寄せ、抱える。
かつて彼の息子のルカインに触れられたことが思い起こされ、サクラは身をこわばらせた。
「というわけで、私は若いお嬢さんとこれから逃避行です。
この方の命が大事なら、そのまま私を見逃しなさい」
マリンの妙な物言いに、サクラは首を回す。
果たして、部屋の入口には。
「ミモザ!?」
いつの間に追いついたのか、サリス、ミモザ、そしてシーラの姿があった。
「だからそんな中年ハゲからは逃げとけって言ったのにぃ」
「誰がハゲです年増め」
「あぁ……そこが薄いと自分じゃわかんないのね。ご愁傷様」
シーラが煽るように言うと。
マリンは片手で、後頭部をまさぐった。
その瞬間。サリスとミモザが目配せし、頷いた。
サリスが両手を広げると、しゃなり、と彼女の身に着けている種々のアクセサリーが鳴る。
彼女は息を深く吸い込んだ。隣でミモザもまた、肩から力を抜いている。
「「Lah――――――――」」
二人の歌声が、唱和する。それは黄金の音となって、広がった。
「これは!?」
音が触れると、サクラを拘束していた魔法が砕け散った。
サクラは急ぎ、マリンを押して蹴って、腕の中から逃れる。
次いで、彼に向かって黄金の音が収束した。
「ふぎゃっ!?」
サクラの後ろで、マリンが口から血を噴いて倒れた。
もがくようにマリンから離れるサクラ。ミモザが近寄って、彼女を抱いて引き起こした。
「ごめんなさい、ミモザ、私……」
「謝るのはこちらの方です、サクラ。こわい思いをさせて、すみません」
申し訳なさそうに瞳を覗き込んで来るミモザに、サクラは直感した。
自分が――――囮に使われたのだと。
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