3-3.見えない暗殺者
ミモザとサクラは館主の許しを得て、下働きの子を探しに来た。
だが台所などいくらか見回っても捕まらない。
どうしようかと話し合っていたとき、ミモザが急によどみなく館の奥へ向かい出した。
ついたところに、サクラは覚えがあった。
(下働き用の部屋……。床が冷たいのよね)
寝床代わりの布が、いくつか散らばっている。
そして。
「なるほど。私が来たからここに隠れていたと」
そのうちの一つ、部屋の左手奥の布が膨らんでいて、ミモザの声を受けて跳ねた。
サクラもようやくミモザの行動が理解できた。
ミモザは〝縁の糸〟を手繰って、隠れていた知り合いを見つけ出したのだ。
「ジムナ。あなたの新しいお友達を紹介してほしいのです」
少女が布を押しのけ、上半身を勢いよく起こした。
「ミモザさま! コリネちゃんは関係ないの! 私が、わたしが毒を入れたの!」
黄色が差した瞳を潤ませ、少女が懇願するように首を振っている。
「それは知っています」
「へ?」
「ロナリアには直接謝るといいでしょう。館主のブレッドは、再発さえしなければいいと言っていました。
いざこざがあるのは承知だし、どちらかというと毒が渡った経路を気にしていましたね。
ただ、そのコリネという子は別です。ちゃんと事情を聞かないと――――」
その時。
まだ完全に暗くなるには、早い時間だというのに。
闇を投げ込まれたように、部屋から光が無くなった。
「サクラ、任せます」
声と、ミモザのいた位置から僅かに動いた音した。
おそらくは、ジムナという子どもをかばいに行ったのだ。
サクラはその判断に舌を巻きつつ、腰の後ろの鞘から二本の山刀を抜いた。
(おそらく相手は、コリネという……ミモザの知らない子。
この暗闇で知らぬ相手だと、〝縁の糸〟で動きを読めない。
そしてコリネって子は多少は魔法を使える。
ミモザだと分が悪い、ってことね。
だからって私に任されても困るんだけど……)
サクラは僅かな風の動きを感じ、部屋の左奥へ向かおうとする何かに右の刃を振るった。
激しい金属音がしたものの、火花が散る様子もない。
(ま、見えてない以上、知らない相手でも――――怖さは感じない。
ドラールを相手にしたときのような失態は、演じなくて済むわね)
サクラは強い人間不信を抱えており、それゆえ見知らぬ相手に脅えが走る。
昨日はそのため、革命軍の少年・ドラール相手に不覚をとった。
今のサクラにとって姿が見えない暗闇は、かえってやりやすく感じるほどであった。
「シッ」
サクラは続けて左の刃で敵を追うも、手ごたえはない。
(部屋の入口まで引いた。光は一切ないけど、音や風はわかる。
相手の子は反応速度からするに、私に近いくらい周りの様子が分かってる。
そして同じく、聴覚便り。匂いだったら私の山刀には対応できなかったはず。
さて……どうする)
足元の布や床で音を鳴らさぬように静かに立ち位置を変えながら、サクラは入り口とミモザたちの間に立つ。
そこに――――風が、迫る。
「フッ」
僅かに息を吐いて、サクラは山刀を振るう。両の腕で立て続けに、都合5合。
しかし暗殺者は、明らかに短い獲物――――おそらくはナイフでこれをさばき切り、再び間合いを取った。
(…………強い。ってかやばいでしょうこの子。10歳くらいじゃなかったっけ?
生粋の暗殺者か何かなの?)
たった一本の短剣で攻めをしのぎ切られ、サクラは思わず眉根を寄せた。
敵は駆け込んで来る時も素早く、また打ち合いながら微妙に立ち位置や間合いを変えていた。
聞いた話通りなら10歳になるかならないかくらいの幼子のはずだが、とてつもない腕前である。
(どうする……これは、まずい)
ここは奥まったところで、
だが音はするし、人がいないというほどでもないのだ。
あまり手間取ると、敵のいる向こうの廊下から、誰かが来てしまう。
第三者が来た場合、目の前の暗殺者がどう出るか、サクラには判断がつかなかった。
しかし、早期に決着をつけようにも。
周囲は完全な闇。打って出るのは難しい。後ろには守らなければならない二人。
かといって、このまま守るのも厳しい。相手は魔法を使ってきている。次の手を打ち込まないとも限らない。
(打って出るか。守りに徹するか)
また、風が巻く。回り込むようにして迫った小柄な体躯から、今度は積極的に2合、ナイフが振るわれた。
サクラはこれを素早くしのいでから、蹴りを放つ。
だが当たらず、敵はまた下がった。
部屋の左奥をかばうように、サクラもまた少し下がる。
(――――――――あれ? なにか、おかしい)
後ろの二人を意識したとき、サクラは強烈な違和感に襲われた。
(そもそも、何?
ジムナだとすれば……それこそ変だ。これほどの使い手なら、一人で布団に隠れていたジムナなど、すぐ見つけて始末できたはずである。
だが最初、暗殺者はサクラを無視して部屋の奥に向かった。
つまり標的は、サクラではない。
(ミモザ……ブロッサムの魔女を、狙った?)
サクラの頭の中で、いくつかの点と点が繋がる。
(未来すら見て、事件をあっという間に解決できる魔女。
当然、犯人からすれば始末したいに決まっている。
それは分かる。でも、こいつはミモザを知らない。
知らないはずなのに……初手でいきなり、視界を完全に潰してきた。
戦闘を有利にするためという意図も当然にあるだろうが、失敗したときに見られていなければ、縁を辿られずに済む。
明らかに、魔女をよく知る人間の意思が、見え隠れしていた。
サクラが奥歯を噛みしめる。ミモザを害そうとしている者
しかしサクラの思考は熱くなるよりも、怜悧に冷えていった。
(これ、ミモザにも伝えないと――――)
「コリネちゃん、やめて!」
サクラの背後、左手側……つまり、部屋の
サクラは闇の中で、目を見開き。
(そうか、だから最初にミモザは奥に向かったんだ! 全部わかってたのね!)
そして両の山刀を構え、身を低くし、ぐっと腹の底と足に力を込めた。
「そこか! 逃がさない!」
正面から声と、鋭い風切り音がした。
サクラは――――
僅かな音を背に部屋の入り口に向かって駆け出し、声のしたあたりの低い位置に蹴りを浴びせる。
「ぐっ!」
見事に当たったのを確認、今度は身を低くして足を回した。
手ごたえがあり、相手を転倒させられたと確信する。
最後にサクラはそっと右の山刀の切っ先を、倒れた小さな体に押し付けた。
「…………あたしなんかに構わず、魔女の様子でも見たらどうだい?」
負け惜しみのような声が、暗い室内に響いたが。
サクラは口元を歪ませ、にやりと笑った。
「あら、意外に耳が悪いのね。
あなたのナイフ、
「は?」
コリネとやらの集中が切れたのか、魔法の闇が少しずつ晴れていく。
日が沈んだのか部屋は暗いままだったが、目が慣れたせいか様子ははっきりとわかった。
サクラの刃の先には、上半身を起こしかけている少女。瞳の色はジムナに近いが、顔立ちがだいぶ違う。年は少し上に見える。
「視覚を塞げる魔法があるなら、当然に聴覚をごまかせる魔法もある。
覚えておくと良いでしょう」
部屋の
ミモザとジムナは一歩も動いておらず、ただミモザの魔法で声だけ別のところから飛ばしたのだ。
(というか、魔法の詠唱とか聞こえなかったんだけど。いつの間に使ったのよ……。
さてはあれかしら、〝縁の糸〟を魔法印に見立てて起動してる、とか?
それなら声も動作もないのはわかるけど、どんだけ極めてるのよ……)
昨日見た奇妙な武術といい、ミモザはサクラの知らない様々な手札を持っているようだ。
「魔女が! 何を嗅ぎまわっている!!」
サクラの刃の先で、幼子が吠えた。
サクラとしては反論して、少々の怒りもぶつけてやりたかったが。
そっと息を吐いているミモザに任せ、言葉を飲み込んだ。
果たして、師は。
「あなた
「「!?」」
思いもよらなかった言葉を、紡いだ。
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