3-4.本当に信じているのは。

(え、あなた、たち? ひょっとしてこの二人、父親が同じとかそういう……?

 や、確かに占いを加味すると、それっぽい気もするけど。

 というかそもそも、ミモザは犯人のこのコリネって子を探してたんではなく……?)



 サクラは混乱した。


 振り向いてミモザを問いただしたかったが、目の前のコリネが動き出しそうなので気が抜けない。



「ロナリアがジムナの母親で、この子を捨てたんだとかなんとか。

 あなたの父親に、そう吹き込まれたのでしょう?

 だからちょっと薬を盛って、痛い目を見せてやれ、と。

 あなたたちに堕胎の薬を渡したのは、その男ですね?」


「――――ッ」



 コリネは感情が高ぶっている様子だが、何も答えない。


 ミモザの静かな声が続く。



「なんとまぁ……当たりでしたか。

 ロナリアを知っているようですし。やはり、かつて彼女に毒を盛ったのと同じ男ですね。

 女を孕ませ、堕胎させては買いたたき……なるほど。

 最終的に稼げなくなった女を孕ませ、その子どもをこうして使っていたわけですか」


「父さんは関係ない! あたしが勝手にやってるだけだ!」



 サクラは、少女の反論を聞いて。


 なぜか背筋が、ぞわりとした。



「なるほど。直接の指示はされず、話だけ聞かされたと。

 前に薬を盛ってこらしめてやったなどと、そんな感じで言われたのでしょうかね。

 でも、当時は結局ロナリアは手に入らず。さぞ未練を抱えていたのでしょう。

 で? それを聞いたあなたは、父親のためにロナリアの価値を落とそうとしたと。

 あるいは……彼女を買って儲けられれば、あなたを買い戻せる、とでも言われましたか?」


「黙れ、魔女めッ!」



 コリネは図星を刺された様子だが、動揺するどころか完全に感情をむき出しにし、反感をミモザに全力で向けていた。


 サクラは彼女に……どうしてか、昨日革命軍の少年・ドラールに相対した自分の姿が、重なって見えた。



(この子、信じて、るんだ)



 サクラはそう、直感した。


 コリネという少女は、ただ父親を信じているのだと。


 そして他の者に……強い不信を、抱いているのだと。



「まぁ事情はわかりました。

 こちらとしては、その男の居場所が分かればそれでいいので。

 教えていただけませんか?」


「教えるわけないだろう! ふざけてるのか!?」


「大真面目です。あなただって、ふざけているのですか?

 父親が言ったこと――――全部嘘だって、わかっているのでしょう?」



 息を、飲んだ音がしたが。


 それはサクラの目の前のコリネではなく。


 ミモザに取り押さえられているままの、ジムナという少女だろう。


 そしてコリネは。



「だったら……なんだって言うんだよ」



 影の向こうのミモザの方を、強く睨みつけた。



「別に? まぁ庇い立てするのは構いませんが……。

 近辺にいるのは分かっていますし、あなたも捕まえたので、このまま占って場所を特定します。

 ああ、ジムナ。あなたが教えてくれてもいいですが」


「やめろ! ジムナ、喋ったら絶対に許さないからなッ!」



 サクラの認識としては……そのジムナという少女もまた、危険な敵である。


 この場所にミモザを誘導し、コリネに襲わせた。


 先ほどの警告だって、ミモザの位置をコリネに報せるためにわざわざ叫んだものだ。


 素直に教えるとは、とても思えなかったが。



「コリネちゃん……でもやっぱり、あの人悪い人だよっ」



 後ろから聞こえた反応は、意外なものだった。



(あれ? ってことはひょっとして、ジムナって子はその父親が大事なんじゃなくて……)


「そんなのわかってる!!」



 一方、ジムナの言葉を聞いたコリネは。一度大きく、目を見開いた後。


 魔女を睨み殺さんばかりに、瞳に力を込め。


 強く、痛々しく、叫びをあげた。



「嘘で出鱈目だらけでひどい人だなんて、わかってるんだよ!

 それでも……そんなクズでも!

 あたしは父さん以外の奴なんて、信じられないんだ!!

 あたしを捨てて行った母親も! 父さんの昔の女も! みんなみんな、大人なんて!!」



 その不信の痛みは、サクラの胸にも染み込んで。


 我がことのように、その身を軋ませて。


 自らのことを、強く顧みさせて。


 だが。



「そう。あなたはジムナも信じられないと。そういうのですね?」



 魔女の静かな声で、痛みはすっと抜き取られた。


 不思議と。サクラだけでなく、彼女の目の前のコリネからも、強い感情の色が消え失せる。



「それ、は」


「意気地なしのあなたに代わって、世話になってる人に毒まで盛ってくれた。

 そんなジムナが、あなたは信じられないのですね?」


「あた、しは」



 弱く首を振る少女を目にして。



(そう、か。ジムナって子は、このコリネが大事。

 そして、ジムナもそう思われているのは、わかってて。

 それで)



 サクラは。



「――――信じるのが、辛いだけでしょ」



 胸の内から零れる言葉を、そのまま口から吐き出した。


 コリネの黄色い瞳が、震えながらサクラの方を向く。


 ミモザの言葉に後押しされたかのように、サクラは続ける。



「信じてるのに、それを認めるのが辛いの。

 みんなみんな信じられないって、ずっとそう思って生きてきたから、自分を否定するみたいで辛いのよ。

 でも笑っちゃうわ。あなたは信じてるから、あの子が声を上げた時、迷いなくナイフを投げたんでしょう?」



 コリネの、大きく開く目が。


 言葉よりもずっと、強い肯定をにじませていた。



「ああ……あれ、私の位置をその子に知らせるためだったんですね、ジムナ。

 豪胆な子ですね」


「ぅ」



 今更気づいたというような師の言い様に、思わずサクラは吹き出しそうになった。


 ミモザは最初から何もかも知っていただろうに、まったく芝居がからずとぼけるのだから、大したものである。


 知っていたからこそ彼女は部屋が暗くなった時、真っ先にジムナのことを確保しに飛び込んだのだ。


 自由にさせれば、危険な立ち回りをすると睨んで。


 そして押さえたジムナがいずれは何かをすると確信し、音をごまかす魔法を仕込んでいたのだろう。



「というか先生、その子最初から私たちをおびき寄せるために、ここで布団被ってたんじゃ?」


「なんと。将来有望な子たちですねぇ。これはさすがに、ジムナもお咎めなしというわけにも」



 サクラがミモザに合わせてノって告げると、彼女はやはり軽妙に言葉を返したが。


 それに続いて。



「まって」



 生気の抜けたような、コリネの声が重なった。



「ジムナは、わるくないの」


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