3-5.縁の切れるとき。

 娼館から少し離れた街中。酒場がいくつか立ち並ぶ通りの、裏。


 すえた匂いの残るそこに、サクラたちは踏み入った。


 いくらか進んだところで。



「…………あれですね。間違いありません」



 店の壁に寄り掛かり、地面に座り込んでいる男を見て、ミモザが頷く。



「ぉぉ? なんだぁ、女かぁ」



 ミモザに気づいた男は多少の酒を飲んでいるようで、だるそうに声を上げた。



「この子の父親を捜していまして。

 娼館に売られたのですが、向こうでは働きが悪く、引き取れないと」



 ミモザが――――連れてきていた、コリネの背中を押す。



(さて、我が師はどうして、こんな真似をしてるんだか)



 あの後。ジムナとコリネからは、「父親」の居場所を無事に聞き出すことができた。


 話を聞いたミモザは館主らと少しの相談をした後、コリネを連れて父親のいる近くの街までやってきたのだ。


 そして目的の男を酒場で見つけると、金を渡して店に頼み事までして……この状況を、作り上げた。


 ジムナとミモザのことを娼館に報告し、この元凶たる男を娼館が捕まえれば、それで終わり、のはずなのだが。



(とはいえ……ミモザのことだしなぁ。私のためって線もあり得るし)



 そもそもが、ミモザはサクラに「信じる心」を取り戻させるために、連れ回しているのだ。


 今のこの邂逅も、何か理由があるのかもしれない。サクラはそう考え、推移を見守る。



 ミモザに押されて進み出たコリネは、幾度か躊躇った後、ようやく口を開いた。



「とう、さん」


「んあー? しらねぇなぁこんなやつ」


「!?」



 サクラは一瞬、厄介ごとだからと男が嘘をついたのかと思ったが。


 出戻ってきた役立たずを拒否する、言い訳なのかと、そう考えたが。



「子どもなんて、適当に女や娼館に押し付けてるしよぉ。


 なんかたまに残ってるやつもいるけど、興味ねぇし」



 男の言葉はなめらかでよどみなく、本当にコリネに対して興味がないようだった。


 ミモザが一歩前に出て、コリネの隣に並んで、問いかけを続ける。



「この子はコリネという子だそうですが。覚えていませんか?」


「あぁん? 名前なんてつけねぇし、呼ばねぇからしらねぇよ」


「うそ!? あたしの名前は、父さんがつけてくれたって、おかあ、さんが」


「しらねぇしらねぇ。俺は名付けなんてしねぇし。

 第一、いくら子どもがいるのかも覚えてねぇ」



 コリネが震えながら、ミモザを振り返る。



「店に依頼し、酒に混ぜて彼に飲ませたのは、自白剤です。

 本人の知っている真実しか喋らない。

 記憶にあるなら、必ずそのまま述べる。

 尋問用の薬ですから……間違いは、ありません」



 ミモザはそっと息を吐くように、淡々と告げた。



「そん、な。じゃあ、あたしは」



 コリネが、ふらふらを歩き出す。


 彼女の行く先には、船をこぎ出した父親。


 彼女の右手には……娼館を出る前にコリネに返していた、ナイフ。


 サクラは思わずミモザの方を振り向き、彼女をじっと見たが。


 師はただ少しだけ、肩を竦めた。



「おまえ、が。そうか、おまえが、ぜんぶ、わるくて」



 コリネが、ナイフを持った手を、高く掲げる。



「言ってたことはぜんぶ、うそで。

 お母さんがいなくなったのも、おまえのせいで。

 私を娼館に連れてったのは、ただのやっかい、ばらいで。

 じゃあやっぱり、おまえがわるいんじゃないか。

 おまえが――――――――ッ!」



 その手が、振り下ろされ。



「――――――――こんなやつ、なんで信じちゃったんだろう」



 力を失った手から、ナイフが零れ落ちた。


 刃が地面を叩き、少しの明かりを照り返す。


 そしてそれ以外にも……サクラは闇の中に、煌めく何かを見た気がした。



「……先生、ひょっとして、今。縁が」


「切れましたね。彼の……最後の〝縁の糸〟が」



 ミモザは歩み寄り、まずナイフを回収し。


 ただ眠りこける男を一瞥して。


 声も上げずに涙を流すコリネの背中に、そっと手を添えた。



「大丈夫です、コリネ。あなた意外に、働き者のようですね?」



 ミモザが少女に語り掛ける。


 それはこの男に対して述べられた便とは、真逆の内容。



「……え?」


「娼館の人たちは、あなたに冷たかったですか?」


「…………いいえ。とても、優しくて、それで」


「では、帰りましょうか。

 あなたがまだ、人を信じられなくても。

 あなたを信じてくれる人たちが、待っていますよ」


「……………………はい。先生」


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