3-6.新たな魔女の萌芽

 馬を並ばせ、少し広めの街道を行くミモザとサクラ。


 コリネとジムナの父親を娼館に引き渡して、少しの礼を受け取ってから……すでに10日。


 彼女たちはさらに、いくつかの娼館を回った。


 馴染みの御用聞きとサクラの紹介を終え、今は屋敷に向かっているところだ。



「どうでしたか? サクラ」



 唐突に聞かれ、サクラは首を振る。



「いやその。正直最初に行ったとこの印象が強くて、なんとも」


「……聞き方が悪かったのは謝りますが、その答えもどうなのです」


「少なくとも、会った人たちを信じるとかは、まだちょっと」


「それは期待していませんよ」


「はい?」



 サクラは思わず聞き返した。


 見えなくなった〝縁の糸〟を戻すために、娼館を連れ回されていたと彼女は記憶していたが。



「娼館は様々な出会いがあり、様々な人がいる。


 そして私の知る限り……人間不信を抱えた人が、最も多い場所です。


 コリネ以外にも、結構いたでしょう?」



 なんてえぐいものを見せるために連れ出したんだ、と内心思いながらも。


 サクラは正直な感想を、口に上らせた。



「あー……はい。いました。あまり印象にないですけど」


「せっかく紹介したのに。余分でしたか?」


「まぁ。コリネを見て、よーくわかりましたし。

 人間不信なんてかっこわるい、って」



 サクラとしては照れもあるが、多少は恰好つけたつもり、だったのだが。


 師はお気に召さなかったようで、馬上から半眼で、隣のサクラのことを見ている。



「…………人の理解に否とは言いませんが、あんまりでしょうそれ」


「私にとっては重大なんです。それともミモザは、かっこ悪い女の方が好きなの?」


「あなたを嫌いになることはありませんが、確かに格好良いサクラの方が好ましいです」



 サクラは顔を赤くし、少し得意げな様子の師から視線を逸らした。



(だめだこりゃ。とてもかなわない。

 なんでその返しがさらっと出るのよ、かっこよすぎでしょ……)



 そして頭を振って、意識を逸らす。


 ついでに、話題も変えることにした。



「そういえば、なんでコリネを父親のところに連れて行ったんです?」



 サクラは聞きそびれていたことを思い出し、ミモザに尋ねた。


 サクラの理解としては、父親の居場所をコリネが吐いた時点でもう終わりだったのだが。


 なぜかミモザはコリネを連れ出し、自白剤を飲ませた父親と邂逅させた。


 ミモザには何らかの意図があるのだと、そうは考えたものの……サクラは理由がさっぱり思いついていなかった。



「悪縁を切らせたかったんですよ」



 ミモザの返答が要領を得ず、また予想外だったのでサクラは首をかしげる。



「はぁ。なんでまた?」


「……ふふ。あなた、たまに鈍いですね」



 正面から下げられたが、サクラはそれどころではなかった。



(ミモザが笑ったー!? かーわーいー!!)



 普段は表情があまり変わらない想い人の、非常に珍しいはっきりとした笑顔に、内心大歓喜であった。


 顔を背けて喜んでいたところ、ミモザの言葉が続いて届いた。



「彼女、強かったでしょう?」


「へ? あー、そうですね。あの年にしては」


「魔法が下手なサクラより、総合力で見れば上ではないですか」


「ふぐっ。言われてみれば、まぁそうですけど」



 完全な暗闇での戦闘をこなし、体格差のあるサクラの山刀も完全に受け切っていた。


 サクラは「魔力が大きすぎる」という理由でほとんどの魔法が使えないため、近接戦闘で近いレベルなら総合でコリネに負けている。



「あの年であの力。すでに異常といっていいほどの才覚です。

 それにあの様子だとおそらく……私の二人目の弟子に、なるのでしょうね」


「はい? 何を言って……………………あぁー!?」



 ミモザに言われ、サクラはコリネが呟いた「先生」という一言を思い出した。


 10日ほど前のことではあるが、その時だけコリネがぼそりと言ったので、印象に残っていたのだ。



「え、うそ。未来まで見た!? そんなぽんぽんみられるものじゃないですよね!?」



 サクラの驚きに、師が首肯して応えた。


 コリネは太い縁が切れた瞬間に、おそらくミモザに弟子入りする未来を見たのだろう。


 それは――――縁を紡ぎ、時を見る〝ブロッサムの魔女〟の奥義である。



「ええ。ですが魔女の素質の持ち主が技を教わる前に強烈な縁切りを体験し、未来を見たという記録はかなり多く残されています。

 実際には、そういう経緯でブロッサムに入る子の方が多いのですよ。

 あなたのように、未来視の経験がないのに魔女になる子は非常に稀なのです」



 ミモザは何か得意げであったが、サクラは少々不満を顔と声に上らせた。



「そうなんだー……えぇ~。あの子が後輩になるんですか」


「不満なのですか?」


「あの子がっていうじゃなくて。ミモザの弟子は、私だけがよかったなー、なんて」



 しばし、馬の蹄鉄が地面を叩く音だけが響く。


 返事がないなとサクラが顔を上げると。


 赤い顔をしたミモザが、その黄金を思わせる瞳でじっとサクラを見ていた。


 真顔で、視線も普通なのに、顔だけが真っ赤である。



「…………そんな可愛い顔するの、ずるいと思う」


「それ以上言うのも私を見るのもやめなさい落馬しますよ」



 斜め上の脅し方を一息にされ、サクラは噴き出しそうになるのを必死になって堪えた。


 そして笑いから意識を逸らすために少しだけ、後輩になるかもしれない彼女のことを振り返る。



(……確かに、あのくらいへこたれない感じの方が、ミモザの弟子にはいいかもね。

 この子結構、スパルタだし)


「今絶対失礼なこと考えたでしょうサクラ白状しなさい」



 まだ顔が赤いミモザにまた一息に言われ、サクラは今度こそ我慢できずに噴き出した。


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