3-7.一番弟子の答え

「まったく。話を戻しますがサクラ」



 少しの咳払いをして師が厳かに言うので、サクラは笑いをおさめ、姿勢を正した。



「不信について、客観的には見れたでしょう。

 それを踏まえて。信じるとは、どのようなことだと考えますか?」


「ん……」



 サクラは馬の制御に少しの気を払いながら、深く思考する。


 彼女の脳裏をよぎるのは、やはり。



(コリネにとって、父親は〝信じたい相手〟だった。けど相手から信じられては、いなかった。

 一方、ジムナは〝信じているけど、それを認められない相手〟だった。そして相手からは深く信じられていた。

 信じる心、とは)



 左手小指に結びつく赤い糸を眺めながら、サクラは結論を手繰り寄せる。


 自身にあてはめて、そして。



「対等であろうとする意思、です」


「その心は」


「コリネは必死に、父親のためになろうとしていた。けど、何の助けにもなっていなかったと知って、その心が折れた。

 ジムナのことは信じていたけど、自分に比べれば恵まれている彼女を見て、そこには並び立てないと身を引いていた。

 そしてわが身に当てはめてもそうですけど……信じていない、不信を向けている相手に対しては。

 何もしない。情報が頭に入らない。見えていないし見たくない。だから目の前にこられると、こわい。

 敵でも味方でもない、いてほしくない邪魔者」



 口に出しながら考えるサクラは、一息つき、また頭の中で思考をまとめる。



(だから縁が切れた時。私はエランに、何の興味も向かなくなった。あれほど沸き立っていた復讐心も消えてしまった。

 コリネが父親を刺さなかったのも、たぶんそう。あの一瞬で、もうあいつとは……関わりたく、なくなったんだ。

 ああ、だから……信頼を失うと縁は切れるし。人を信じると、縁が、関係が結ばれるのね)



 一人得心し、サクラは顔を上げる。



「転じて、信じる心とは。

 関心を向け、その相手のために在ろうとする心。

 関わりたいと望む心。

 でもただの興味ではない。

 その人と……並び立とうとする、意思です」



 サクラが答え、振り向くと。


 隣のミモザが、ほんの少しだけ微笑みを口元に浮かべていた。



「私も、概ねそのように思います。

 だからこそ、少々不思議でもあったのですよね」


「不思議? 何がです?」


「今のサクラには、対等であろうとする相手が私しかいない、ということになる。

 あなた――――――――友達、いないんでしたっけ?」



 サクラは落馬した。



「サクラ!? 大丈夫ですか!」


「あ、うん。だいじょ、ぶ」



 落ちて体を打ったが、受け身はとれていた。サクラはすぐに起き上がった。


 衝撃にふらつきながらも、なんとか手綱を握ってサクラは馬を御する。


 馬を止めてミモザが待つ間に、サクラもなんとか馬上に戻った。



「学園にいた頃は、人に囲まれていたように思いましたが。

 連絡、とってないんですか? ご両親への手紙は、たびたび出していますけど」



 動揺しつつ述べる師に、珍しく察しが悪いな?とサクラは半眼になった。



「…………卒業してエラン一味にくっついてって、しかも王弟妃にならなかった私に、誰か連絡くれるとでも?」


「すみません」


「第一私はカトレアじゃなくてサクラなんだから、その頃の友達なんか関われるわけないでしょう?」


「失言でした本当にごめんなさい」



 無表情だが、明らかに落ち込んだ様子の声で謝るミモザがおかしくて、サクラは薄く笑みを浮かべる。



「そういうことなら、仕事の関係や革命軍絡みなどではなく、利害関係の少ない私の友達から紹介すればよかったですね」



 反省したように述べるミモザに、サクラは思わず首を傾げた。



「…………そういえば、ミモザは友達いるのね。屋敷には来たことないけど」


「学園の頃の子たちは、遠隔地にいたり飛び回っていたりするのでなかなか招けないのです。

 うちは僻地にありますしね」



 ミモザの言うことには、納得したものの。サクラの疑問は晴れない。



(ミモザの、友達……いやそもそも、学園でそんな子、いたっけ?

 この子孤立してたはずだし、ひょっとしてエア友達?)


「また失礼なこと考えているでしょうサクラ、私友達いますからね?」


「学園でボッチだったのに?」


「……貴族学園ではそうでした。本校の魔導学園や、上や下の学年にいるのです」



 直球でサクラが投げかけるも、ミモザは平然とした様子だ。


 普段通りの無表情なので、さすがに判断がつかない。



「ふーん?」


「あ、信じてませんねサクラ。よし、呼びましょう。今度みんな呼んでパーティ開きましょう」



 なぜか意気込んでいる師に、サクラはまた噴き出した。





 なおそのパーティは当分のこと、実現することはなかったが。


 少し未来、サクラがミモザの「友達」と全員知り合った後。


 少なくとも初顔合わせの時点で、彼女たちが一堂に会すことがなく、本当によかったと。


 サクラはそう、胸をなでおろすこととなる。


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