幕間3.得意先の縁
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ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。その占いは最早反則。
サクラ(23):ミモザの弟子。目を閉じてても戦える地味超人。
ロナリア:高級娼婦。ミモザとはそれなりに親交がある。サクラとも顔見知り。
ジムナ:娼館下働きの実はやべぇ方。現在はお仕事倍増お仕置き期間。
コリネ:娼館下働きの暗殺少女な方。ジムナと一緒に元気に罰を受けている。魔女の素質が高い。
ブレッド:娼館主。未登場。
父親:娼館で〝処分〟されたという。
馴染みの娼館を巡った後、屋敷に帰る前。二人は始まりの席に再びついた。
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「あれ、おいしい」
サクラはいただいたマフィンを食べ、茶を飲んだところで思わずつぶやいた。
ふわりとバターの香り広がるマフィン、口の中をさっぱりさせつつほろほろと崩れるマフィンを包むように流すお茶。
完璧な調和に口の中を満たされ。サクラは目を見張った。
「あら、惜しい。ちゃんと味のわかる子だったなんて。高級娼婦に後押ししたかったわね」
「サクラは自分で作るし、味覚はしっかりしてます。あげません」
さらりと言うロナリアとミモザに、サクラは怪訝な目を向けた。
「サクラ。当然ですが、美味しくいただけるものに毒を入れたほうが、食べさせやすいですよね?」
「あーっ! 毒混入の件があったから、美味しくないの出してた……すみません」
師の言葉で思い至ったサクラは、思わず声を上げ、ロナリアの視線に気づいて頭を下げた。
だがロナリアはころころと笑ってみせる。
「いいのよサクラ、その通りだし。安全は確かだけど、少し古くなったものを出したの。ごめんなさいね」
10日ほど前に出された物の真相がわかり、ほっとしたサクラはまた菓子に手を伸ばした。
「それで。美味しい菓子で詫びを、というそのためのお呼び出しですか?」
「ん。本当はアリーからの方がいいのですけど、所用で出てるから私が伝言を頼まれました。
まず、あの子たちの父親については、
ミモザが尋ね、ロナリアが応える。それをサクラはマフィンをかじりながら聞いた。
ロナリアの言い様に、サクラはあの元凶が「処分されたのだ」と理解した。
領に突き出して罪状がつくかは怪しいが、娼館各所にとっては大罪人に等しい。
今後のことも踏まえて、容赦のない処置をしたということだろう。
「その上で、あの子たち二人は当館でちゃんと引き取ることになりました。
成人までは育てます。何やら寄付も手回しいただいたそうですしね?」
「娼館への寄付は、もともとやっています。少し先まで一筆書いて、確約しただけです」
言ってお茶を口にするミモザに、ロナリアは笑顔を見せた。サクラも少しにやけてしまう。
ミモザが二人を見て若干むっとしたので。
(おっと拗ねてるミモザかわいいか)
サクラはより喜んだ。
そしてひとしきりにやつき、つい先ほどのことを思い出す。
「そういえばロナリアさん。あの二人なんか忙しそうでしたね?」
ミモザとサクラを案内し、少しの世話をしていったジムナとコリネ。
ロナリアの言った「二人」である。彼女たちはその後、名残惜しそうに仕事に戻って行った。
「表には出せないけど、本人たちが気にするし。今、懲罰期間中。
ちょっと多めに働いてもらってるの。給金は積み立ててるけどね」
ロナリアに毒を盛り、さらに訪れたミモザとサクラに襲い掛かった少女たち。
先の「処分された」男の、娘たちでもあった。
彼女たちを良い様に使っていた者がいなくなったので、無事娼館に戻れている。
だがお咎めなしとは、いかなかったようだ。
「こちらとしては、顛末がすっきりしたようで何よりです。
また罰が終わった頃にでも来て、少し話がしたいところですね」
「ミモザ様にそう言っていただけて、きっとあの子たちも喜びます。
サクラもまた来て頂戴ね。あなたの占いも、一度見てみたいわ」
サクラはむせそうになって、必死にこらえて笑顔を取り繕った。
まだサクラの〝縁の糸〟は見失われたまま、戻る見通しは立っていない。
占いらしいことはできるだろうが、それは〝ブロッサムの魔女〟の技ではない。
「魔女としての占いをさせられるようになったら、やらせてみましょう。
こちらとしても、サクラの初めての客は、あなたたちのような方が良い。
占いに慣れていて、期待し過ぎず、しかし希望を持っている。
下手に大きな事件になど関わらせると、失敗が心の傷になりますし」
「あら。先生は過保護なんですね? サクラなら大丈夫だと思うけど」
(すみません全然大丈夫じゃなかったんです。ミモザ優しくてうれちぃ……)
皆伝早々占いの技を失い、しかもその原因が人間不信。
サクラとしては恥じ入り、縮こまるばかりである。
(でも。信じるってどんなことか、ちょっとは見えてきたし。
きっと取り戻せるって、希望は持てる。
希望……か)
サクラはそっと、ロナリアを見る。
サクラはかつて、この娼館で少し働いていた。
もしミモザに見つけてもらえなければ……そのうち客をとっていたかもしれない。
サクラ自身は、その「もしも」は望ましくないと考えている。希望が持てる道ではないと。
だが目の前の高級娼婦は明るく朗らかで、サクラが思う娼婦という職の人間とは、とてもかけ離れていた。
(男性を相手にするのを、生業にするのって……どんな感じ、なのかな。
どんなというか。何が楽しいというか。
ちょっと想像がつかない。
私のイメージだと、もっと暗くて虐げられてるって感じだったけど。
ロナリアさんにしろ、この世界で見た人たちに、そんな印象はない。
いや、どっかには私のイメージ通りの娼館もあるんだろうけど)
サクラがその仕事に就くことはなかった。
だがほんの少し働き、触れただけでも、彼女の転生元で見聞きしたような商売とは異なるように思えた。
「どうしたの? サクラ。もしかして、娼婦に興味があるとか?」
ズバリ聞かれて、サクラは思わずむせた。
「あら、難しい顔してたから何かと思ったら……図星だったのね」
(うわ、私ちょっと顔に出すぎ……?)
サクラはもう一度咳ばらいをし、そして一度ミモザを見て。
彼女が薄くほほ笑んでいるのを確認してから、口を開いた。
「私はその。体を売るって……もっと過酷な印象を抱いていたんです。
でもロナリアさんにしろ、他の娼婦の方にしろ、あまり辛くなさそうというか。
下働きが多少労働がきついくらいで、なんか。聞いてたのと違うというか」
「体を売るのが過酷なのは合ってるわよ?
娼館はそういう場所じゃないから、想像と違ったんじゃない?」
「なんですと?」
サクラは混乱した。ここは男女の出会いの場ではないというのか、と。
「サクラ。直接体を売る人は、娼館未満ということです。
街にはそういう場所がありますが、文字通りの〝館〟が立つ商売規模にはなりません。
なぜだかわかりますか?」
師に尋ねられ、サクラは真面目に考える。
(商売として、か。つまり個人、女性それぞれの問題じゃない。
こういうのって、後ろ盾というか、マフィアというか、そういうのがいるんじゃなかったっけ?
ん? もしかして)
サクラはあてずっぽうに近いと思いながらも、答えを紡いだ。
「国に規制されてる?」
「はい、正解です。国や領が体を売る商売を保証します。
ですが、商いの規模を限定されるのです。
闇に潜っているのは積極的に摘発されます。
娼館がやっているのは〝休憩できる部屋の提供〟です」
(うっわ建前っぽいやつキタ)
明らかに規制逃れの手だがいいんだろうか? そう思い、サクラは思わず半眼になる。
だがロナリアとミモザは、特に気にしている様子もない。
「私たちは、あの手この手でお客を篭絡するの。
私たちに恋した人たちは、その高額の部屋でのもてなしを望む。
ま、単純に金がある人間も来れるから、クズが紛れ込むこともあるし。
そういう奴に限って、女の扱いはうまいのよね」
「多量の金をつぎ込む太客がいるから、娼館は商売の手を広げられるのです。
体を売る場合、そもそもに体や心の方が先にダメになります。
あなたの言う通り過酷ですし。大した儲けにはならないのです。
また、目先の欲望に金銭を払う男は、そもそも稼ぎが少ない。
結果、細い客の取り合いとなり、商売は文字通り先細る。
人間を使いつぶし、発展を妨げるだけなので、国が取り締まっているわけです」
サクラは師の言葉に、首を傾げた。
それこそ、薄利多売で儲けようとするやつが出そうだ、と思ったのだが。
「ぇ。でもこう、数を揃えて組織的にやれば多少は……?」
「そこを規制されています。効率化は富を生まないという考えで、施策されているようです。
なので女の魅力で行う商売は、より高価値・高額なものを目指すようになっています」
「はぁー……」
思わず感心し、サクラはため息をついた。
「そしてその方針の結果は出てる。娼館はどこもがっつり儲かってるわよ?
だからいきなりやってきた子を、下働きとして住み込みで雇う余裕くらいはあるの。
年月をかけて育てても、その分の利益が見込める」
(うぉぉ……なんか私の現代感覚には、まったく馴染みがあるようでない発想だぁ。
薄利多売の前に、高付加価値化にいったとか、そんな感じ?
未来に行きすぎでは? 産業革命の前にITでも入ったの?)
なおサクラの感想は真実を言い当てている。彼女は知らないが。
「今、性産業は魔道具にえぐいのが出回ってて、安かろうは商売になりませんしね」
「あー……そうですね。男女向けとも、気軽に買える値段ですし」
(魔道具すごい未来に行ってた。私知らんぞここ乙女ゲームだよね?)
ミモザとロナリアの話に、サクラは面食らった。
いくら現実とはいえ、大人向けの話が出てきてサクラは困惑する。
東方では生活周りに細々と魔道具が入っているだけで、そんなえぐいものはサクラは見聞きしたことがなかった。
だが二人が知っている辺り、町中では流通しているのかもしれない。
サクラは元男爵令嬢、そして貴族学園の生徒、現在は人里離れた屋敷で占い師の弟子をしているわけで、そういったことには縁遠かった。
「この業界のかじ取りは、うまくいったと言えるでしょうね。
30年ほど前からでしたか? 慧眼でしたね」
「魔女の助言があったとも噂されていますけど?」
「さぁ? ブロッサムは、占いの内容を他に漏らしませんので」
(未来見える奴らのせいじゃった。そら未来先回りして来るわ)
サクラは納得した。
そもそも条件付きとはいえ、予知を当然に行える者が、しかも集団でいるのだ。
(そういや世界のエネルギー事情を変えそうな宝玉だって、ミモザが未来を見て開発したんだっけ)
サクラは、自分のためにその未来を引き寄せたという師をそっと見る。
魔道具の核となり、しかし使いすぎると壊れてしまう〝魔石〟。
これを特殊な樹脂加工して作る、魔力を何度でも充填可能な〝宝玉〟。
ミモザは、非道な手段で魔石を量産していた奴らを破滅させるためだけに、宝玉を開発したらしい。
(エランたちが私をひどい目に遭わせたからって、一足飛びにそんなことしちゃうんだから。
ミモザはすごい、というか…………ちょっと行動が斜め上ね? 嬉しかったけど)
そうして見ていたら、ミモザの顔がサクラの方を向いた。
視線に気づいた師は、薄くほほ笑んでいる。
「魔女になったこと、後悔していますか? サクラ」
そして欠片もそう思っていなさそうな顔で、弟子に尋ねてきた。
なぜそう思われたかはよくわからないが。サクラは。
「娼婦も面白そうだけど、私は魔女がいいです。先生」
答え、決意を新たにする。
(〝縁の糸〟を、取り戻そう。
私はミモザの弟子。サクラ・ブロッサム。
未来を――――)
かつて。太い悪縁が切れた時にサクラが見た、大事な未来が……今のミモザの顔に、少し重なる。
(私の望む未来を。もう、見たんだから)
――――――――
その後サクラとミモザは屋敷に帰り、新たな日々を迎える。
たびたび娼館には営業に回るため、このお茶会は恒例になったという。
次の会には小さな淑女が二人、参加したとか。
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