3-2.〝ブロッサムの魔女〟

 サクラが横目で見ると、ミモザと目が合った。



(む……気を遣われたわね。さすが我が師匠)



 ミモザが占いから話題を変え、話を切り上げて本題に入ってくれたのだとサクラは理解した。


 魔女に弟子入りしたのに占いの一つもできないと知られては、恥さらしもいいところである。


 サクラは師の気遣いに感謝しながら、背筋を伸ばした。


 今日は先にミモザが言ったように、仕事の助手として連れてこられているのだ。


 他の娼婦たちは、世間話や他愛もない占い程度のものだったが。


 ロナリアは内密な話があると、二人を奥の応接に通していた。


 否応もなく、サクラとしても緊張で表情が硬くなる。



「そう大したことではないのですが。命を狙われているみたいで」



 ロナリアのさらっとした言い様に、サクラは緊張していいのかどうなのか、判断がつかなくなった。



「なるほど。相手が客なら館主やかたぬしに相談するところ。誰かわからないが、内部の疑いが濃いと」


「食べ物に毒を入れられたんです。二回あって。処置が早く、大事には至ってないのですが」


「使われたのは殺害用の毒性の強いものではなく、子を流すためのものですね?」


「たぶん。覚えのある症状でしたから」



 そしてするするとすごい話が出てくる。


 内容もさることながら、サクラはミモザの頭の回転の早さに改めて舌を巻く思いだった。



(この子学園の頃からそうだけど、すごい先を読んで来るのよね……。

 弟子になってから知ったけど、別に魔女の技とか関係ない。地頭良すぎ。

 それとも、これぞ生粋の〝ブロッサムの魔女〟ってやつなのかねぇ)



 弟子が師に感心するうちにも、二人の話は進む。



「飲んだことがある、と。娼館では普通、客の男性側が薬を飲まされるものですが」



 サクラも娼館に下働きで入ったときに知ったが、この世界では男性側が薬を飲むのが避妊手段の常識らしかった。


 娼館では常備しており、客はこれを飲まなければ娼婦に相手をしてもらえないらしい。



「…………あまり思い出したくない話だけど。10年くらい前に、ね。

 なぜか妊娠して。時期から思い当たる男を問い詰めたら、飲み物にその毒を入れられたんです」


「……その手口、聞いたことがありますね。

 妊娠、堕胎させた娼婦を買い叩いて、こき使っている者がいると」



 とんでもない話に、サクラは眉根が寄った。


 表情の変わらぬミモザも、少しの嘆息を漏らしている。



「たぶん、そいつ。逃げられたけど」


「あなたはそもそもが桁の違う稼ぎ頭だから、そのままここにとどまれた、と」


「しばらくお客はとれなかったし、人気は落ちました。けど、館主が守ってくれたので、持ち直しました」



 サクラの知る範疇としては、そのような事態になれば娼婦としては致命的……に思えるが。


 高級娼婦ともなれば、違うようだ。



「そんなあなたが、さらに二度も毒を盛られたとあっては一大事ですね。

 サクラ、カードを」


「あ、はい」



 唖然としているところに助手の仕事を命じられ、サクラは準備にかかった。


 手早く持ち込んだカバンから道具を出し、次いでテーブルから皿やカップをどかす。


 ミモザの席の前に布を広げ、そして彼女にカードの入った箱を手渡した。


 ミモザは箱から出したカードを、無造作に並べていく。


 ブロッサムの魔女はいくつかの占具を用いるが、作法にはそこまで決まりごとはない。


 ただ〝縁の糸〟の導くまま、糸の伝えた報せを占いから読み取るだけ。


 5枚目。白いカードを表にしたところで、ミモザはカードの入った箱を置いた。



(女教皇、女帝、隠者、星、そして白紙……暗殺にしては、死神や塔のカードがない)



 置いた位置も向きもバラバラで、サクラの知る普通のタロット占いとはずいぶん違う。


 だがミモザはこれだけで、おそらく正確に事件を把握していくのだ。


 ミモザはカードのうち、星に指を置いた。



「毒を入れたのはこの子です。ここで一番若いのは……確かジムナですね?」


「そんな、あの子が犯人だなんて!」


(というかもう犯人わかったの!?)


「ロナリア、違います。毒を入れただけで、この子は別に犯人ではありません」


「「ぇ?」」



 ロナリアと一緒に、サクラも思わず声を上げてしまった。



「別人の意思がある。それはこの、ブランクの子。ただ私は知らない子なので、縁が辿れません。

 犯人はこの子に間違いなく、背景には女帝たる女、つまり母親がいる。

 黒幕はこの隠者。ジムナはまだ7,8歳だと思いましたが、あの子の両親は?」


「っ……父親は、知りません。母は、私の妹です」



 ミモザがするすると言葉を紡いでいく。ロナリアが呆気にとられながらも、質問に答えた。


 サクラは。



(え、いやえ? 待って? 〝縁の糸〟を辿ってるんじゃないの?

 なんでが占いに出てこれるの!?)



 習ったはずの常識が通用しないミモザの技に、混乱を来していた。


 〝縁の糸〟は、直接面識のある相手にしかつながらない。


 ゆえ。サクラが習って修行中に行った占いでは、知り合いしか結果には出てこなかった。



(まさか。縁ある人を中継して、その先を辿ってるの?

 で、縁が薄くなると情報が少なくなって……最終的に『知らない人』になっちゃうのか。

 でも占いには出せる。いるはずの誰かがいるところ、人間関係の空白を、周りの結びつきから炙り出してるんだ)



 サクラは預かり知らぬことではあるが、ミモザは12歳ですでに魔女であった。


 そして、その後学園に通いながら。領地に戻ってからも。


 ずっと研鑽を続けてきているのだ。



(これが本当の――――〝ブロッサムの魔女〟)



 サクラは技のすべてを学び、すでに皆伝を受けている。奥義たる未来視も行った。


 だがとても、ミモザと同じことが自分にできる気がしなかった。


 その魔女の手が少し惑い、今度は女帝、女教皇、隠者と順にカードを指さしていく。



「なるほど。この女帝が辿れたのは、女教皇……ロナリアの親族だからですね。

 そしてジムナの父がこの隠者。ブランクは縁が薄いものの、きちんとカードとして出てはきている。

 隠者から縁が繋がっていると見たほうがいい」



 あまりにするっと繋がっていくのでサクラは混乱しかけたが、一度頭の中で登場人物を整理し、挙手した。


 ロナリアも気圧されている方なので、ここで一度まとめたほうがいいと考えたのだ。



「どうぞ、サクラ」


「はい先生。つまり。

 ロナリアさんの食事に毒を入れた実行犯は、そのジムナという子ども。

 先生が知らない子がジムナに教唆していて、その子はジムナの父親と繋がりがある。

 ジムナの母親……ロナリアさんの妹さんも関係はするけど、そこは?」


「わかりません。縁が古い。ロナリア、あなたの妹は亡くなっていますね?」



 なぜそこでミモザが断言できるのかサクラにはさっぱりわからなかったが、果たしてロナリアは首を縦に振った。



「え、えぇ。5年ほど前に。それで私が、ジムナを引き取ったんです」


「そしてジムナはあなたが伯母だということを知りませんね? 縁が薄すぎる」


「ぅ。はい。妹とはその、少々仲が悪くて……言い出しづらいんです」


「ジムナ自身とはあなた、仲は良かったと思いますが」


「それは、はい。ただ最近はあまり……ちょっと避けられているみたいで」



 サクラは。ロナリアの消え入るような声を聴いた、ミモザが。


 珍しく口元に、薄く笑みを浮かべるのを、見た。



「なるほど。そこが原因ですね。

 このブランクの子が、あなたのことをジムナに悪く吹き込んだのでしょう。

 情報の出所はジムナの父親でしょうね。

 これでピースは、あと一つです」



 ミモザはカードをまとめ、箱に片づけて立ち上がる。



「私がここに来たのは二カ月前。それ以降に、新しい下働きの子が入りましたね?」


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