3.縁の先~占い師としては誠に遺憾だが、縁なき暗殺者には理をもって迫らせていただく~

3-1.客先はかつての止り木

 魔法に作られた闇が晴れる中。それでも影の多い室内。


 サクラが山刀を突きつける先にある顔は、瞳を爛々と輝かせながら……彼女とは別の方向を睨んでいる。



「嘘で出鱈目だらけでひどい人だなんて、わかってるんだよ!

 それでも……そんなクズでも!

 あたしは父さん以外の奴なんて、信じられないんだ!!

 あたしを捨てて行った母親も! 父さんの昔の女も! みんなみんな、大人なんて!!」



 激しい声の向く先には、震える幼子を抱えたミモザがいる。


 サクラは、刃の先が揺れないように気をつけながら……奥歯を噛みしめた。


 かつて好いて信じた男たちに手ひどく裏切られたサクラは、その不信の叫びが痛いほどよくわかった。


 そして一方で……そう叫ぶ人間の姿は。


 驚くほど哀れで。


 醜く、思えた。



(私は……)



 つい昨日、誰も信じられないと吐露したばかりのサクラの心は。


 その日と今の間で、静かに揺れ動いた。




 ◇ ◇ ◇




 「サクラに人を信じる心を取り戻させる」ミモザがそう宣言した、翌日。


 サクラが連れてこられたのは、屋敷からそう遠くない娼館だった。


 仕事ついでに、人の縁が濃く集まりやすいところを見せるのだという。


 サクラは魔女としてはこれまで修行中の身であり、ミモザの仕事について回ったのは今回が初めてであった。


 だが…………その娼館を訪れるのは、初めてではなかった。



「元気そうでよかったわ、サクラ」



 応接の一室に通された二人は、派手な装いの女と差し向っていた。


 テーブルには茶の入ったカップと、少しの菓子が乗った皿が置かれている。


 ミモザとサクラは、多少の歓待を受けていた。



「私ちょっとしかいなかったのに、よく覚えてますね……ロナリアさん」



 ここはかつて、王弟エランの手から逃れたサクラが下働きで入った娼館であった。


 だがサクラはすぐにミモザに見つかって去ったため、正味七日もいなかったはずである。



「そりゃあミモザ様に連れていかれて、魔女になった子なんて。忘れるわけないわよ」


「なるほど、私のせいでしたか」


「娼婦の間じゃ、憧れの一つですから。ブロッサムの魔女に見いだされるのは」



 ミモザと、この娼館有数の高級娼婦ロナリアは和やかに談笑しているが、サクラは少し居心地が悪い。


 自分が世話になった場所だからというよりも、単に話題が悪かった。


 せっかく魔女になったのに、サクラは今、占いの一つもできないのだから。


 罰が悪そうに視線を逸らすサクラの目には、カップを持っているミモザの左手が映っている。



(ほんと、綺麗な色よね……ただの『運命の赤い糸』ならよかったのに)



 サクラとミモザの左手小指の間は、今も赤い〝縁の糸〟で結ばれている。


 一晩経ってみても、やはりサクラは赤い糸以外の〝縁の糸〟が見えていない。


 この赤い糸が出ている以上、サクラは占いを行えない。また万が一切れれば――――死を迎える。



(魔女に戻るためには糸が赤くなった原因、私の人間不信を直さないといけない、と。

 でもこう……難しいわね)



 一応の知り合いであるはずのロナリアとの話は、あまり弾まず。


 彼女が用意してくれた菓子や茶には、どうしても――――手が付けられない。


 毒など入っているはずはない。そんなことは、理性ではわかっている。


 だが感情や関心を、ミモザ以外に向けて行動を示すのが億劫で。


 サクラはそのくらいなら、小腹が空くのを我慢する方がよっぽどマシだと感じていた。



(前は……学園の頃は、こんなことなかったのに。私、どうしちゃったんだろう)



 もちろん、どうしたも何も、サクラとしても原因はわかっている。


 好いて攻略し、愛されたと思った相手たちに、手ひどく裏切られたからだ。


 なんとか逃げ出してからはほとんどミモザの保護下にあったせいか、あまりはっきりとは意識していなかったが。


 その裏切り者の最後の一人・王弟エランがミモザに誅されたのを見た、翌日。


 つまり昨日の朝、サクラはぼんやりとした頭で彼らへの強い不信、ミモザへの確固たる信頼を自覚した。


 そして同時に、〝縁の糸〟が見えなくなっていることに、気づいたのだ。



(他の人にまで不信感を抱いてるって自覚は、なかったけどねぇ。

 けど、言われてみれば確かにそうだ。なんかすごく、こわい)



 サクラはもう一度テーブルの菓子にそっと手を伸ばそうとして……やはり引っ込めた。


 自分でもよくわからない怯えが出て、先に進めない。


 だが。



「サクラ。美味しいですよ」



 引っ込む途中のサクラの手に、ミモザが焼き菓子の一つを置いた。



「ありがとうございます、先生」



 素直に礼を述べ、ロナリアの方を一度見てから、サクラは手にしたマフィンを口にした。


 食べかすがこぼれないように気をつけながら、二口、三口と。



(……自分でもびっくりね。ミモザが手を添えてくれれば、何も怖くない)



 視界の隅でミモザがカップを手にし、茶を口にしているのが見え。


 サクラもまた、少しぬるくなった自分の茶を飲む。



(……いやでも。言っちゃなんだけど、マフィンはぱっさぱさだし、お茶はちょっとえぐみ強いわぁ。美味しくはないわねぇ。

 じゃないかこれ。ミモザが作ったり煎れたりしてくれるものが、とっても美味しいんだ。

 この世界的に考えればここのも、たぶん高級品、だよね)



 サクラがカップをソーサーに置いて顔を上げると、ロナリアの黄色の差した瞳と、目が合った。



「お口にあったかしら? サクラ」


「はい、ロナリアさん」


(少なくとも、ここで下働きしてたときのご飯よりは、よっぽどおいしいよね)



 あまりに失礼なので口や表情には出さず、サクラはにっこりとほほ笑んで応じる。



「そういえば、サクラは占い、できるようになったの?」



 サクラは、お茶をちゃんと飲み込んでおいてよかったと、心の底から思った。


 口に何か含んでいたら、間違いなく噴き出していた。



「ロナリア。サクラは助手として連れてきているので、今日は占いはさせませんよ」


「あら残念。ちょっと見てみたかったわ」


「それで。相談があるとのことでしたが。ロナリア」



 静かなミモザの声が、本題を要求した。

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