5-8.目を閉じても、確かな信頼がそこに。

 あまりの急展開に、サクラはぼーっと天井を見る。


 慌ただしい一日を終え、サクラとミモザは宿に戻ってきていた。



(あ、しまった。シーラ様とサリス様に、今度お話聞かせてって言い忘れた)



 少し頭が整理できてきたサクラが、ぼんやりとやり損ねたことを思い出す。



(ミモザたちにしてみれば、予定通りに片付いたってことなのかな……。

 マリンは捕まって、宝玉工場は稼働に向けて動き出す。

 あとはたぶん、私がブロッサムの魔女団カヴンに入って、あいつに報復すれば終わり。

 結局、あいつがエランたちに大罪を犯させた元凶。その上、自分は息子たちを売ってのうのうと生き残ろうとしていた。

 報復については……がっつりしたものを考えておこう。うん)



 布団の中に入れていた左手を取り出して掲げ、サクラは赤い光をじっと見た。



(そのためには、こいつをなんとかしないとね。

 といっても……今回は何もできなかったしなぁ。

 人を信じるってのも、まだうまくできないし。

 ミモザと対等なんて、程遠いし。

 あー……やっぱせめて、シーラ様たちとお話するかぁ。

 王都はもう何泊かするみたいだし、その間に)



 じっと見ながら考え事をしていたら。


 サクラの左手が、そっと握り込まれた。


 ミモザが寝台脇から、サクラを覗き込んでいる。



「お待たせしました、サクラ」


「ん。手紙、もういいの?」


「はい。今日は休みましょう」



 サクラが寝台の奥に向かって、体をずらしてスペースを開ける。


 ミモザが隣に、潜り込んできた。


 ミモザが魔道具の明かりを操作したようで、部屋が暗くなる。


 二人、布団をかぶって。



「んん!?」



 サクラが身を起こした。


 彼女の視線の先、ミモザの向こうにはもう一つのベッドがある。



「どうしました? サクラ」


「あの……いえ?????」


(なんこれ。まさかこのミモザ、偽物……?

 洗髪も全力拒否だったミモザが自ら同衾、だと……?)



 混乱しつつも、サクラはまた寝そべる。


 寝返りを打ったミモザが、サクラの方を向いてきた。


 寝台は、そう大きくはない。


 距離が、とても近い。


 触れないのは……難しい。



「明日も早いです。シーラ達とも、また話さなくては」


「あ。シーラ様とサリス様、私もお話したいんだけど」


「…………あなたこの間、ルティたちと何を話したのです?」


「ミモザのことをたくさん。でも内緒」



 これはサクラの嘘である。本当は何も話していなかった。なので内緒だ。


 踊らされた少しの意趣返しだと、サクラは内心笑みを深めた。



「…………私のことなら、私に聞いてくださいよ」


「他の人がミモザをどう思ってるか、が知りたいの」


「はぁ。なぜ?」



 問われ、サクラは考えを整理する。


 なんとなく横を向き……ミモザと向き合った。


 視線を逸らすのも難しい、至近距離。


 意図してこらえていないと、互いの息もかかる。



「私の知ってるミモザはね、とってもすごいの」


「ありがとうございます。私の知るサクラも、すごい人ですよ」


「嬉しいけど納得いかないわね……。

 それでね。ルティとレンって、すごい人たちでしょ?

 シーラ様や、サリス様だって」


「そうですね。とびぬけてすごい人たちです」


「ん。あの人たちから見ても、やっぱりミモザはすごい人なのか。

 そうじゃない、抜けてるところとかもあるのか、気になって」


「……………………気になる言い方ですね」


「流しておくんなまし。私さ、ミモザのすごいところには追いつけそうにないのよ。

 だから、あなたの苦手なところを補いたいの。

 コリネとジムナって、覚えてる?」


「もちろんです……ああ。ジムナのように、と」



 強敵だったコリネ。魔法も戦闘もできなくても、彼女を支えたジムナ。


 二人の姿を思い起こしながら、サクラは自信を持って告げる。



「そう。あれだって、対等。強い信頼だわ。

 そのためには、私からだけじゃない。いろんな人から見た、ミモザを知りたい」



 ミモザはしばし、じっとサクラの瞳を覗き込んだあと。


 彼女の胸元に、顔を埋めた。



「ミモザぁ!?」



 ミモザの腕が、サクラの背中に回る。


 体が引き寄せられ、離れられない。


 距離はより近く。隙間はより少なくなっていく。



「私は……弱い女です」



 サクラの胸に自身の額を擦りつけながら、ミモザが深く息をしている。



「大丈夫、問題ないとは知りながらも。

 あなたを危険な目に遭わせるのが、とても、こわくて。

 なのに、あなたに相談も、できなくて。

 嫌われて、しまいそうで。

 甘えて」


(できれば相談してほしいのは、まぁあるわねぇ……でも)



 サクラは目を瞑り、ミモザの背に手を回す。


 そして彼女の背中を、そっと撫でた。


 上から、下へ。


 後頭部から、すーっと腰の上あたりまで。


 時々、腕の中のミモザが身じろぎする。



「私を、信じてくれたのね。ミモザ」


「…………信じられて、いたでしょうか」


「いたでしょうとも。ブロッサムの未来視は、確実じゃない。

 あなたが見た未来に辿り着くには、本当は魔女が自分で手を尽くさないといけない。

 でもあなたは、私ならきっとそこまで辿り着けるって、そう信じたんでしょう?

 だから、自分は手を出さず、口も出さなかったんでしょう?」


「はい。カトレア……いえ、サクラなら、きっと」



 ミモザの言い様に、サクラはかつて学園で競い合った日々を、少し思い出す。


 いつだってミモザは全力で。ある意味、サクラを信頼していたようにも思う。


 今日のサクラはおよそミモザの期待通り、最短でマリンまで迫った。



(減点するとしたら、罠にかかったところね……。

 タイミング的に、先走らないとドラールには遭遇できなかったし。

 途中でミモザたちを呼びにもどってたら、マリンには逃げられていた。

 私の方は……あの時、ミモザたちが来てくれるって、そうは思えていなかった。

 あまりに都合がいい。でも、魔女の力を考えるなら、いても不思議じゃないのよね)



 あのタイミングで皆が来る、しかもそもそもが手のひらの上。


 あんまりであり、あまりにサクラにとってご都合である。


 だが知っていることを……ミモザについてをきちんと踏まえていれば、わかることでもあると、サクラは納得していた。


 ミモザは〝縁の糸〟が直接結ばれていない相手であっても、占いでその情報を知ることができる。


 マリンと知り合いでなかったとしても。


 サクラからは〝縁の糸〟が出ていないためそこからは辿れないが、シーラあたりからは辿れたはずである。


 宝玉が凝固しない問題自体は、物を調べないとわからなかったとしても、事件関係者は最初からわかっていておかしくない。



 そしてそもそもに「ブロッサムの魔女が亡くなった」から王都に来ているわけで。


 魔女は縁の糸が切れた時、未来を見ることができる。


 何を見るかは定かではないのだが、サクラが習った限り、またその経験上では、本人やその縁の先にとって大事なものが映ると見られる。


 ミモザが今回の件について、かなり重大なところまで知っているかも、というのは。


 彼女にもっと注視していれば、サクラでも理解できたことである。



(私はもっと、ミモザならああするかも、こうするかもと考えないといけないのよ。

 そう……考えが甘すぎる。それは自身のこと、その周りについても。

 ただ知るだけではだめ。考えなくては)



 ルカインの父・マリンが元凶かもしれないというのは、今この事態になる以前に考えても推測できた話である。


 サクラが知っている範囲から、十分に考えることができた。


 それが頭にあれば、奴がカトレアを狙うかもしれないと警戒しておけたのである。


 マリンが「カトレア」に執着しているのは、王都に来てからの接触でわかっていたこと。


 そこを踏まえれば、初手で捕縛に来るという動きは読めてしかるべきであった。


 サクラはそのように考え……己の未熟を反省する。



「でも。私は、あなたたちが来てくれるなんて思ってなかったのよ。

 マリンの動きもわかっていなかった。

 いえ……自分の過去から目を逸らして、考えるのを放棄していたのね。

 私がダメなのは、こういうとこ。

 もっといろんなことを知って、考えて。

 それから、ミモザを信じたいわ」


「はい……」



 胸元で響く声がくすぐったくて、なんとなくサクラはミモザの後頭部に手を添えて、強く抱く。



(向き合わないと。自分と、周りと)



 因縁のすべては、絶たれたわけではない。


 例えば、助祭だったライルの親族はまだ生きている。彼らがカトレアをどう見ているかは不明だ。


 騎士メナールの父親は騎士団長を辞し、今はどこにいるかはわからない。息子の首を刎ねた彼が何を思っているかは、推測しきれない。


 そして何より。


 サクラとかつて好きあったはずで、しかしサクラを裏切った中心人物。


 王弟エランは、まだ牢の中で生きている。



(そして……ミモザとも、向き合わないと。

 なんで今日はこんなに、甘えてくるのかしら? わからんのやが?

 甘えてるのよね?

 こないだ看病したから、なつかれてる?)



 サクラは彼女の黄金に近い色の髪を、そっと撫でる。



(なんか今回は……ミモザからとても信頼されてるのだと、思いがけず知ることになったわね。

 そりゃあ、やっぱり詳細は話して欲しかったけど。

 でもそれより。信じて送り出してくれてたんだっていうのが。

 なんか、嬉しい。

 雑用で役に立つより、よっぽどよかったかもしれないわね。

 そうやって、信じてもらえたり。

 こうして、無防備な姿を見せてくれるように。

 これからも……私、もっとがんばらないと)



 ミモザの髪に頬を摺り寄せて、サクラは彼女に言葉を落とした。



「ね。今日は……このまま寝てもいいの?」



 腕の中のミモザの頭が、縦に少し動く。


 これまで、同室ですら朝まで共に過ごしたことはなかったが。


 今日は……同衾して、いいらしい。



「ん。じゃあ、おやすみなさい。ミモザ」



 サクラが少し、手を緩めると。



「おやすみなさい、サクラ」



 甘えたような声が、胸を打った。


 目を閉じた先に、広がる闇は。


 サクラにとって、心安らぐところですら、あった。





 彼女が、ミモザの寝相がとても悪いと知ったのは。


 一時間ほど、後のことである。

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