幕間5.転生者の縁

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ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。すべて彼女の手のひらの上。事後処理でお忙しい。


サクラ(23):ミモザの弟子。考える猪。踊らされたことについては「さすミモ!」というご感想。



サリス(21):元カガチ辺境伯令嬢、現王女の伴侶。子どもは一人。魔石の専門家。


シーラ(38):ダイクロ大公となった元公爵令嬢。魔道具はだいたいこいつのせい。



 ミモザとサクラが王都に滞在していたある日。サリスとシーラが宿を訪ねてきた。


――――――――



「いまから、ですか?」



 王都滞在中のサクラ。宿の部屋で書き物をしていたら、先日知り合ったシーラとサリスが訪ねてきた。


 大公だというシーラと、王女の伴侶らしいサリス。


 供もつけずに街の宿にやってくるような身分の二人では、ない。



(供って言えば。最初に会った時も、使用人とか全然いなかったような……?)



 王都町中で会った二人のことを思い起こし、小首をかしげるサクラ。


 侯爵のマリンは離れたところに使用人が控えていたことを鑑みると、別にこの辺りの貴族すべてがそうというわけではなさそうだが。



「そ! 夕暮れ時は、疲れたリーマンの輝く時間ですぜ……」



 シーラが妙な言い回しの誘い文句を述べる。サクラは必死で言葉を飲み込んだ。


 サクラは助けを求めるように、室内を振り返る。



「私はまだ手紙を書かねばなりません。行ってらっしゃい、サクラ」



 魔道具の灯りの中、机で手紙を書いていた師が顔を上げ、サクラに柔らかな笑顔を向けた。



「今後のためにも、その子たちと交流を深めるのはいいことです」



 なぜか師の声は、サクラが聞いたことのないような朗らかなものだった。



(こないだルティたちにミモザのこと聞きそびれたし、いいチャンスだけど。

 …………何か泥船押し付けられてない? これ)



 サクラは嫌な予感がしたが、迷っていたところ、シーラに肩をがっちりと組まれた。



「お師匠様のお許しも出たということで! 行きましょうサクラちゃん」


「良い店があります。早く行かないと席が埋まってしまうので」



 サクラの背中を、回り込んだサリスが押し、部屋から出そうとする。



(私これ知ってる。この強引さ。こいつら絶対、単に酒が飲みたいだけだ!)



 サクラはもう一度、ミモザを見たが。


 彼女はにこやかに手を振っていた。





「「かんぱーい!」」「乾杯……」



 街の酒場に連れてこられたサクラは、げんなりしながらグラスを合わせた。


 こんな習慣は、この世界にはない。少なくとも東方や王都ではなかったはずだ。


 あるいは西方や帝国などの別の地方の風習かもしれなかったが。



(どっちか……いや、たぶんシーラ様が私と同じ転生者、よね?

 サリス様の名前も、スピンオフゲームで聞いたことはあるけど……)



 サクラとしては、自分以外の転生者の存在がどうしても頭をよぎる。



「んっんっんっ、いぃー! お酒おいしぃ!」



 良い飲みっぷりのシーラを見つつ、自分のグラスにも口をつけるサクラ。


 柑橘の香るアルコールを喉に流し込みつつ、サクラは前世でやった〝乙女ゲーム〟の情報を整理していた。



(サリスとユラって名前は、スピンオフのタワーディフェンスゲームにあった。

 そしてシーラ。金髪碧眼の公爵令嬢。

 『1』の悪役令嬢が、そうだ)



 乙女ゲーム『運命の糸を手繰り寄せて』。これは三部作のゲームである。


 1,2,3の間がそれぞれ18年空いており、舞台はすべてこのセラサイト王国。



(シーラ様、アラフォーって感じの見た目だし。いやすげぇ若々しいけど。

 肌つるっつるで皴も全然ないけど。

 えっと年齢で言えば……1と2の登場人物は15,6歳差のはずだから。

 40前後なら、合ってるのよねぇ)



 とはいえ年など早々に聞けるものでもない。


 サクラがちびちびとグラスを傾けていると。


 大量の皿、そしてグラス、あるいは瓶がテーブルに置かれ始めた。



「まだまだ来ますから、どんどん食べて飲みましょう。

 私からの奢りです」


「さすサリ! おごりのお酒おいしすぎる……」



 シーラの発言へのツッコミを飲み込みつつも、サクラは冷や汗が背中を流れるのを感じた。



(いやシーラ様ペース早。ってサリス様、もう何杯か空になってる!?

 そもそもいったい、いつ注文したのよ……あれ?)



 サクラはかぱかぱとグラスを空けるサリスが、何かテーブルの隅の石を弄っているのを見た。


 彼女がその石に触れると、半透明の小さな画面のようなものが空中に浮き上がる。



(なんこれ!? え、注文システム? 実はここ日本のチェーン店か何か??)



 サリスが画面をいくらかつき回すと、小さな音が鳴ってから映像がおさまった。



「ふへぇ。やっと王都にもこれ入ってきたのねぇ。20年くらい前には作ったのに。結局、西にしか定着しないでやんの。」


「西方が羨ましいです。一度あちらに行くと、王都は不便でなりません」


(20年!? しかも今〝作った〟って言ったかシーラ様!

 どうなってんの乙女ゲーム! 西方が東南アジアの新興都市みたいになってないでしょうね……?)



 サクラの頭の中では、セラサイト西方は最早地球の先端都市か何かであった。


 彼女は改めて先の画面を思い起こし、考えをまとめる。



(うん……これ明らかにシーラ様が転生者だ。『1』の頃から、現代知識で大暴れしてたのね。

 一見私の状況が『2』と同じだけど細部が違ったのは、その影響かな?

 エランたちはゲームと基本は同じだった。

 結末がアレだったのは……たぶん私が何か、ドジを踏んだんだろうけど)



 自分を顧みつつ、サクラはそっと机の端の石……魔石を見る。



(素直にすごいわ。現地にある物や仕組みを理解して、その上で伸びしろになる知識を足した……いや掛けた、のね。

 私だったら謎農法とか広めて、ものすごい勢いで失敗するわよ。

 私『1』に転生してたら、シーラ様にフルボッコにされてたわね。

 ミモザもめっちゃ強かったけど)



 なおサクラは知らないことではあるが。


 『1』のヒロインはフルボッコどころか、舞台にも上がれなくされていた。


 シーラが意図してやったことではないが、ゲームの展開は自重しなかったシーラに何もかも破壊されている。



「サクラちゃん飲んでるぅ? うん、飲んでるわね。これ美味しいからお食べ?」


「はい、いただきますシーラ様」



 そのシーラに串が刺さった一口大の揚げ物を皿ごと勧められ、サクラは素直に串をもって口に入れた。



(んぐ、んぐ。おいしい……あぁ。サワーにもよく合……)


「唐揚げとレモンサワーだこれぇ!?――――――――ハッ」



 あまりに覚えのある揚げ物と飲み物に、今更ながらサクラが声を上げた。


 そして、自分を見てにまぁりとしているシーラに気づく。



「ま。取って食おうってんじゃないし。何かあったらおばちゃんに相談しなね?

 ちなみに私は、地元産のピーナッツが好物です」


「えっと。のどくろって美味しいらしいですね? 私食べたことないですけど」



 シーラは満面の笑顔で。サクラは顔を引きつらせながら。異世界人同士で親睦を深め合う。



「あれはたまらんのよぉ。セラサイトは海に面してないから、海産物手に入らないのよねぇ」


「わかりま……あのシーラさん。アレ、大丈夫なんです?」


「ん?」



 サクラの視線の先には。明らかに度の強そうな酒を、瓶でぐびぐび飲んでいるサリスの姿があった。



「今日はペースゆっくりねぇ? サリス」


「んっ。久しぶりのお酒だし、味わってるんです」


(水でもこうは飲まんやろ? 味どこで感じてんの?)



 グラスどころか、テーブルには空の酒瓶が並び始めている。


 人体に入る水分量ではない気がしたが、サクラは深く突っ込むのが怖くなってやめた。



「あー。基本断酒だからかぁ。お乳あげてるんだっけ?」


「はい。今日飲んだから、念のため七日ほど断酒断乳の予定です。

 私が息子にべったりだから、ユラに怒られたんですよね……。

 自分が産んだのに、私にばかりなつくって」


「そんなんで怒られるのぉ?」


「怒られたんですよ。ユラは息子の可愛い盛りに忙しくて、あまり構えなかったのもあるでしょうけどね。

 大変なんですよ? 愛するのは。可愛いだけだとやってられません」


(含蓄のあるいい話…………んん????

 今、産んだのはサリス様じゃないのに、乳をあげていると申したか?)



 女同士で子をもうけたのが確定的に明らかで、その上の奇怪な状況にサクラは頭が混乱する。


 酒もそれなりに飲んでいるが、度重なる衝撃に都度、酔いは吹き飛んでいた。



「あー……あまり解説するものでもありませんが。

 乳母を入れてもよかったのですが、暇だし私が息子の世話をしているのです。

 カガチには多数の秘術が伝わっていて、その気になれば男でも授乳できます」


「なんですと?」



 サクラの顔色を見たのかサリスが説明してくれたものの、サクラは余計にわけがわからなくなった。



(カガチ……南方はどうなってんの? 秘術? 魔境かなにか?)



 サクラの頭の中では、西は高層ビル群、南は古代文明を思わせる魔法世界になっていた。



(それに比べると、うちのある東は完全に未開の地よね……あ。そうだ)



 自宅の屋敷のことを思い出し、サクラの中で消えかけていた目的意識が再燃した。



(魔法! ミモザのアレ。ルティの【矛盾】を使ってたやつ!

 サリス、一緒に魔法使ってたし、知らないかな?)



 だが残念ながら、聞きたいことがすり替わっていた。


 多少の酔いが回り、サクラの頭からはミモザの自身のことを聞く目的が、すっかり抜け落ちていた。



「サリス。あなたの魔法変わってたけど、それも秘術?

 なんでミモザが使えるのか、気になるんだけど……」



 酒の勢いもあって砕けて話すサクラに、サリスはにこりと笑いかけた。



「ミモザと使ったのはユラの魔法なんですが、なんでミモザがそんな真似できるかはさっぱりわかりません」


「なんと」



 カガチでも〝ブロッサムの魔女〟の力は及びつかないもののようだ。



「んー。あの子、ルティの【矛盾】撃ってたし。たぶん、どれかの〝神通力じんつうりき〟じゃないの?」


(なんか世界観にそぐわない単語出てきたコレぇ!?

 あれ? でも私もそれ、魔女の修行で習ったような?)



 シーラの指摘にサクラは目を剥き、そして自分が習った単語であることを思い出した。


 魔力に寄らない不可思議な力。そのうちの一つ〝神通力じんつうりき〟。



「あー。六神通でしたっけ? ブロッサムは縁を読むそうですし、その辺持ってそうですね」


「あ、はい。そういえばえーっと……【宿命通しゅくみょうつう】がないとダメだって」



 酒瓶から口を離したサリスに、サクラは頷く。


 縁と未来を見る【宿命通しゅくみょうつう】。


 魔女になるためには、後天的にでもこれの体得が必須だと、サクラは教わっていた。


 だが。



「さすがにそれで人の魔法が使えそうなら、私も聞かないですよぅ。

 でも全然思い至らなくって」


「ほーん」「へぇー」



 気のない返事とともに、また二人は酒をあおる。



「むぅ。真面目に考えてくれない。

 できればミモザのことをもう少し……あれ?」



 自分で言って、サクラは首を傾げた。


 そして酔った頭に、ようやく当初の目的が蘇る。



(そうだった! この二人にミモザのこと聞きたかったんだよ。

 前はルティとレンに聞きそびれちゃったし。

 今度こそ…………んん?)


「お。サリス今日は脱ぐの早いねぇ」


「暑いんですよぉ」


(脱ぎ癖あんのかよ!? というかたくさん飲めるだけで、きっちり酔ってんのかいっ!)



 サリスが立って、思いっきり上の服の裾をまくり上げ始めている。



「んじゃあ私もぉ」



 シーラも服に手をかけ出した。


 サクラは。



(な、他のお客もいるしっていうか見られてるし!?

 どうする、これどうしたら……ええい、ままよ!)



 素早く席を立ち、いろいろと危ないサリスにするっと近寄って。



「フンッ」



 その顎めがけて、右フックを放った。


 腕と服の隙間から見事にサリスの顎が撃ち抜かれ、頭が揺れた彼女の体が椅子に戻る。



「わぁサクラちゃんすごい切れ味!――――ほげっ」



 そしてシーラも同じように、左フックで椅子に沈められた。


 乙女の尊厳を守ったサクラは。



(何やってんだ私、やらかしたー!?)



 実は緊張から、だいぶ酔っていた。





 支払いは王宮につけてあるらしく、そこはよかったが。


 サクラは眠ったまま起きない二人をどこに連れて行けばいいかわからず、とりあえず王城まで運んでいった。


 受け取ってはもらえたものの、疲れてぐったりしながらなんとか宿まで帰り着く。



「ただいまぁ」



 サクラはノックしてから扉を開け、部屋に入り扉を閉める。



「あれ? ミモザ?」



 部屋の中ほどに置かれているテーブルには、グラスと少しの食べ物が並んでいた。


 入り口側の席には、まだ口のついていないと思しきグラスがあり。


 中の氷がちょうどよく溶けたのか、からん、と良い音を立てた。



「もし、まだ大丈夫なら。いかがです?

 どうせ、ろくに楽しめなかったでしょう?」



 奥の椅子に座る師が、艶やかにほほ笑んだ。


 もう飲んでいるのか、白い頬に朱が差している。



「分かってていうんだから、意地悪。

 いただきます、先生」



 サクラは満面の笑みを浮かべ、そそくさと席に着き、酒宴の続きを楽しんだ。






――――――――


 酒宴が終わった後、サクラたちは王都を離れた。


 彼女は東方でまた、新たな縁を見ることになる。


 なお酒宴は今後も(個室で)たびたび開かれ、だんだんとサクラは酒乱の世話役が板についてきたという。

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