幕間6.仕事の縁

――――――――


ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。かつての師に負けて実は悔しい。


サクラ(23):ミモザの弟子。デスマーチ人生初体験。



アラルド:革命軍の便利屋。今回も面倒な仕事を押し付けられた。


トライラ:アラルドの後輩。東方の惨状を見て、もうおうちに帰りたくなっている。




 屋敷での暮らしが少し落ち着きを取り戻した頃。留守を預かるサクラの元に、二人が訪れる。


――――――――



「ミモザ様、いらっしゃらないのですね」


「はい、トライラさん。ちょっと所用で飛び回ってて」



 先日も共に仕事をした、革命軍の幹部アラルドと、その後輩のトライラ。


 彼らと関わった事件の後始末も落ち着いたころ、二人が久方ぶりに屋敷を訪れた。


 主人のミモザは留守にしていたため、サクラが二人の応対をしている。


 せっかくなのでと軽食を振舞い、今は食後のお茶を供したところだ。



(私も手伝ってるけど、何せ数が多いからね……毎回一緒には行けないんだよね)



 今は北方辺りにまで足を延ばしているはずの師を想いつつ、サクラも茶を一口。


 ミモザは、かつて倒した動く町の魔物・タウンロアーに囚われていた亡霊たちの縁の品を、生きている縁者に届けている。


 当時の亡霊たちとの対話を元に届け先を調べているものの、実際には行ってみないとわからないことも多い。


 そのため、ミモザはまさに東奔西走していた。サクラも同行するが、常にというわけではない。



「この間の今で、すごいですねミモザ様……」


「先の辺境伯の件が落ち着いたというものあります。その後いかがですか? アラルドさん」


「そうですね……」



 サクラが尋ねると、彼らが関わった事件のその後をアラルドがぽつりぽつりと語った。


 多くはアカシア伯爵が介入したため、問題なく片付いている。


 だが東方辺境伯が急逝したため、内心穏やかではない貴族も多いらしく。


 とはいえ「魔物になった上、赤い糸が切れて死んだ」などと真相を明かせるわけもなく。


 革命軍は、若干対応に苦慮しているらしい。



「でも別のとこが片付きそうで、少し楽になります。

 おっと……今日はその件で来たんです。

 サクラさんの方から、ミモザ様にもお伝えください」


「わかりました、アラルドさん。拝聴いたします」


「元王弟、エランの処刑が決まりました。公開処刑で……日取りは少し先ですが」



 エラン。サクラにとっては元恋人でもあるが、それ以上にひどいことをされた相手でもある。


 彼は「人を殺して魔石を大量生産していた」という事件の主犯であり、捕らえられ、死を迎えることが決まっている。


 だが捕えてすぐの頃、その処刑の見通しが立たないと言う話を……サクラはこのアラルドから、聞いていた。



「何か事情が変わったんですか?」


「はい。他言無用に願いますが。

 彼らは、人から魔石を作る魔法を使っていました。

 どうもこれをどこかに隠していたらしく……しかしエランは口を割らない。

 尋問で殺してしまうわけにもいかず、少々難儀していたのですが。

 この度〝本当はエラン自身は知らない〟ということが、はっきりしまして」


(なるほど。捕まって意識を取り戻した後すぐに、エランは魔石生成法を知っているとうそぶいたのね?

 その上でだんまりしてたから、殺すわけにはいかなかったと……)



 サクラは事情に納得したが、一つ疑問が浮かんだ。



「それ、ルカインや彼の父親、マリンの方が知っていそうですが」


「実行犯のルカインは尋問でも喋らず、皆の怒りを買いすぎていたので引き延ばしもできませんで……。

 ゴライト侯爵……元侯爵は、どうもエランたちが使ってたのとは違う魔法のようなのです。

 その上で、彼の知るものについてはすでに処分されています」


(そういえばマリンのやつ、私用わたしようだとか言ってたっけ……。

 ミモザの先生には使えてたみたいだけど、普通の人には効かなかったりするのかな?

 ありそうだわ)



 以前サクラは、そのマリン……ゴライト侯爵につけ狙われた。


 情報を総合すると、彼が作ったサクラから魔石を抽出する魔法が始まりであって、それを息子のルカインが改めたようだ。


 サクラ以外からでも多量の魔石を得られる、人殺しの魔法に。



(…………ん? エラン〝は〟知らず、ルカインは聞く前に死んだ。

 ということは、本当はどこかにまだルカインの記した魔石製法がある?

 嫌な感じね。ちょっと覚えておこう。

 おっと、あの親子といえば)



 革命軍も躍起になって調べているところだろうが、ことはサクラやミモザにも無関係ではない。


 サクラは自身がまた狙われる可能性も加味し、警戒を強めた。


 そして彼女は、ルカイン、およびその父親のマリンの話から、別のことを思い出した。



「そういえばアラルドさん、ドラールってどうなったんです?」


「――――――――申し訳ありません、逃げられました」



 アラルドが絞り出すように言葉を紡いだ。



「捜索しているのですが、見つからず。教団の方に問い合わせても、なしのつぶてで。

 誤魔化されているという感じではないので、向こうもつかめていないのだと思いますが」


「いえその、頭下げないでくださいアラルドさん。

 元はと言えば、私が詰めを誤ったのが悪いので……」


「引き続き、探しますので。サクラさんもその、どうか気を付けて」


「…………はい」



 言われ、サクラは奥歯を噛みしめる。


 サクラ自身は、ドラールに感じる恐怖を完全に克服した……わけではない。


 また立ちはだかれると、厄介なことになる。


 それに。



(マリンと一緒にいたこと、宝玉工場の妨害。あいつは行動が怪しい。

 要注意だ)



 心に刻んでから、サクラは顔を上げた。



「ありがとうございます、アラルドさん。

 ドラールのことも含め、ミモザにも話しておきます」


「はい、お願いします。あまりミモザ様の手ばかりも煩わせていられませんので。

 我々も、がんばります」


「正規料金をお支払いただければ、お仕事はお受けいたしますよ?」


「あーいや……その時はそうさせてもらいます。

 けどミモザ様、それ以上にはりきっていろいろやってくださるので。

 先の件だって、アカシア伯爵経由で我々が依頼した仕事です。

 その中であった、ペント伯爵の、死。

 聞けば結局、ミモザ様とサクラさんは、今わの際に立ち会っただけ。

 なのに、事後の手配に尽力してくださいました。

 いつもあのくらいやってくださいますので……我々としては、お世話になってばかりです」



 サクラとしては先の一件は、自分たちの、ミモザの私情ゆえに招いたことであるとの認識があった。


 確かに、ペント伯爵・スネイルと妻ティーネは、サクラたちが何もしなくてもあの日亡くなっていただろう。


 だが、何か義務感のようなものもあって、サクラもミモザも後始末に積極的に協力していた。


 とはいえ。仕事だと考えると、確かにやりすぎではあったかもしれない。



(ん? というか、いつも?)



 サクラの脳裏を、疑問が掠めた。


 革命軍は1、2年前から活動を始めている。


 サクラは正確には知らないが、ミモザも同時期に彼らと接触を持っている。


 その頃のサクラはミモザに引き取られ、〝ブロッサムの魔女〟になるための訓練や勉強に励んでいた。


 表にはほとんど出ず、応対もミモザが行う。


 アラルドとは屋敷で何度か会ったが、ミモザが外に仕事で行く際にはサクラは同行していない。


 つまり。



(あ。この人たちも、私の知らないミモザを知ってるんだ……)



 以前、ミモザの友や仕事仲間たちに聞こうと思って聞きそびれたことを、今なら聞けるかもしれない。



「アラルドさん、トライラさん。よければ、なんですけど」


「なんでしょう?」



 サクラは席を立って、サイドテーブルに向かう。


 彼らの空のカップを見てから、にっこりとほほ笑んだ。



「お茶のお代わりなどいかがでしょう?

 その上で……外でのミモザがどんなだったか、私に聞かせてくれませんか?」





「ただいま戻りました」



 二人を送り出し、応接の片づけをしていると……主人が帰ってきた。



「お帰りなさい、ミモザ。上着、暑かったから脱いだのね」


「そろそろ要りませんね。おや、来客があったのですか?」



 ミモザの視線が、テーブルに残された皿の方を向いている。


 サクラは近寄り、そっと荷物や上着を預かった。



「アラルドさんと、トライラさん。エランの処刑、決まったって」


「そうですか。それは何より……だけにしては、機嫌が良いですね? サクラ」


(おや。珍しく鋭い。そんなに私、顔に出てるかなぁ)



 サクラは椅子にミモザのカバンを置いてから、そっと頬に手を当て、ミモザからは見えない角度でぐにぐにする。



「ん……私、やっと他の人にミモザのことを聞けたのよ。

 お二人とも。ミモザはかっこいいけど働きすぎだーって、言ってた」


「また私の……ん? 前にルティやシーラに聞いたのでは?」


「ぁ」



 さもミモザのことを友達や仕事仲間に聞いたように言っていたことを思い出し、サクラはそっと明後日の方を向いた。



「…………なるほど、聞きそびれていたと。そんなことなら最初から、私に聞けばよいものを」


「それはぁ……ん?」



 サクラはふと、思い出した。


 ミモザを知ろうとするのに、ミモザ自身の手を借りてはならない。


 サクラは最初そのように思い、自分の足で踏みだしたということを。


 その結果友達を作り、ミモザと縁深い彼女たちを知ることができた。


 少しずつ……信じる心を、学んでこれた。



(最初は出先で出された飲食をするのも怖がってたのに……。

 今の私は、友達とお茶して、お酒飲んで、一人でお客様の応対もして。

 もう師匠の手を借りるどうこうじゃ、ない?

 これ、もうミモザに直接聞いても……いい、のかな)



 サクラが顔を上げると、さっとミモザに上着をとり返された。



「いただきものがあるので、カバンから出してください。

 せっかくですから、さっさと開けてしまいましょう」


「はい、先生…………あれ、これ」



 カバンを開けると、中に厳重に梱包された瓶が入っていた。


 サクラは手に取り、包みを解いていく。



「アイスワイン、だそうです。北西が産地だそうで。

 最近、こちらまで入るようになったとか」


「へぇー! アイスワイン! 甘い奴だ! 私こういうの好きで……ああ」



 サクラは言ってから気づき、ワインボトルをテーブルに乗せた。



(ふふ。そっか。ミモザは〝話したい〟んだ。

 お酒を飲んで、少し食べ物をつまみながら。

 二人……私と一緒に、ゆっくりと。

 ん。そういう機会をミモザ以外と作っちゃうのは、もったいないよね。

 同じ話なら、こうやってミモザから聞く方が、きっとずっといい)



 サクラは頑なだった自分の考えを見つめ直し、無意識に笑みを浮かべた。


 自らの不信を癒すのに必死であったが。


 これまで数々の学びを経て。


 彼女にも、物事を楽しむ余裕が戻ってきたのだ。



「じゃあまだ明るいけど、支度をしますね? 先生」


「ええ。付き合ってください。夜が更けるまで、ゆっくりと」



 思ったよりも積極的なミモザの言葉が、なんだかくすぐったくて。


 サクラはさらに上機嫌になって、ささやかな酒宴の支度を始めた。





――――――――



 それまでは屋敷の蔵に死蔵されていることが多かった酒類は、この日を境に少しずつ開くようになった。


 二人が互いのことを語り合う日々が過ぎ。


 因縁がまた、襲い掛かる。


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