7.因縁~元婚約者としては誠に遺憾だが、やはり王弟殿下には破滅していただく~
7-1.友らの伴侶に招かれる
「アカシア伯爵令嬢ミモザ・ブロッサム! お前との婚約は破棄だ!
カトレアにした数々の所業、許し難し! この女を捕らえよ!」
(…………あれ?)
第二王子エランの宣告が響き渡る。
彼の命を受け、打ちひしがれる女に兵士たちが縄を打った。
「フン、然るべき罰を受けるがいい。魔女め」
宮廷魔術師に内定したという、ルカインが鋭く女を見ている。
「この場で首を刎ねてやればよかったんじゃないか?」
騎士の道に進むというメナールが、少々乱暴なことを口にしている。
「二人とも。罪は償わせるもの。いたずらに貶めてはなりません」
聖職者らしいことを述べるライルは、父と同じく聖教団でそのまま歩むらしい。
そして。連れていかれる女性は、こちらを振り返らない。
「カトレア。改めて、大事な話があるんだが」
(かと、れあ? ……私のこと?)
男爵令嬢のカトレア、だった気もするのだが。
彼女は自分が、もっと違う名だったような、そんな気がして。
混乱するも、王子に正面から向かい合う。
碧の髪の王子様。青みがかった瞳が、彼女をじっと見ている。
「俺と結婚してほしいんだ。受け取ってほしい」
彼は人差し指と親指でつまんで持った指輪を、彼女に見せてから。
彼女の左手を手に取って、その薬指に指輪を近づけていく。
指輪がはめられようとしている、薬指の隣で。
(わた、しは。このひとを、あいして。けっこん、したくて)
赤い糸が。
色を、失っていった。
◇ ◇ ◇
ペント伯爵スネイルと、魔物と化した妻ティーネの子を託されて……しばらく。
思った以上に元気になったサクラの師・ミモザは、手早くこれまで積んでいた仕事を片付けていった。
かつて動く町の魔物・タウンロアーで出会った亡霊たちから託された品々を、生きている縁者たちに届ける仕事。
他者との縁薄く亡くなったスネイル・ティーネ夫妻のことを、その子のために書にしたためる仕事。
サクラもそれらを積極的に手伝い、ようやくひと段落した頃。
サクラとミモザは、また呼び出しを受けた……わけだが。
(王城はほとんど入ったことないんだわ……緊張する)
今度の行き先は、セラサイト王国王都の、王城であった。
かつて王弟エランと付き合いがあったサクラであるが、城を訪れたのは数える程度だ。
特に、貴賓を持て成すだろう応接に招かれたのなど、当然に初めてである。
(ソファーのフカり具合が全然違う……。天井が高い。窓が綺麗で澄んでる。
あ、屋敷の窓もそろそろ掃除しないと。
こっちにも新聞紙みたいなのがあれば、もっと拭きやすいのに)
所帯じみたことを考え、煌びやかな現実から目を逸らしていると。
奥の扉が開いた。
隣に座っていた師・ミモザが立ち上がる。サクラもそれに倣った。
礼をとろうとすると。
「〝ブロッサムの魔女〟に礼をとらせたとなれば、王家の恥です。
楽にしてください、二人とも」
可憐だが、芯のある声が二人を押し留めた。
扉を開けた者も含め、使用人が下げられる。
残された二人の女性がほど近くまで来て、テーブルを挟んだ反対の席に腰を下ろした。
ミモザとサクラも、ソファーに戻る。
「急に呼び出してすみません、ミモザ」
「良いのです。ああ……先に紹介を。
サクラ、こちらは第一王女ユラ殿下。
それから……あなたがいるとは思いませんでしたが。
ダイクロ大公令嬢のニア様」
サクラたちより少し年が下に見える、まだ少女といっても通じそうな金髪碧眼の王女。
そして黒髪黒目の女性は、令嬢というより貴婦人といった雰囲気だ。
肌は少し焼けており、また年はそれなりにとっているように見える。
(ってまって。王女殿下はいいけど……ダイクロ大公令嬢?
ダイクロ大公って、シーラさんが初代なんだけど。娘とかあり得んでしょ)
この二人は、サクラにとっては知り合いの知り合い、にあたる。
「お二人とも。この子が私の優秀なる。ええ、とても優秀な弟子。サクラです」
「サクラ・ブロッサムと申します」
サクラが頭を下げ、顔を上げると。
少し困ったような笑顔二つがあった。
「ユラよ。この間はサリスがごめんなさいね」
「ニアです。うちも、シーラがすみません」
「いえ。無事お帰りいただけてよかったです……」
以前王都に来た時。
サクラは知り合ったダイクロ大公シーラと、ユラ王女の伴侶サリスに招かれ、街の酒場で酒を飲んだことがある。
がっつり飲んで潰れる寸前だった二人を、サクラはなんとか王城まで送り届けた。
「その、すみません。お話に入る前に……ニア様。シーラ様の娘、なんですか?」
「あ、はい。立場上は大公家の養女です。この国は、同性が添い遂げる道がありませんでしたから」
(なんですとここにも百合が咲いてんの!?)
シーラが微妙にサリスのことを羨ましそうに見ていたことを思い出し、サクラは納得したのはしたが。
(えぇ~……レンとルティもいい雰囲気だったし。こっちもあっちもかよぅ。
どうなってんの乙女ゲーム世界。いや、私が言うこっちゃないけど)
サクラはちらり、と自分の左手小指を見る。そこには赤い糸が結ばれていた。
糸の先は、隣に座るミモザである。
そのミモザが、口を開いた。
「ニア様も、養子縁組を解いてご結婚なされるんですか?」
「そうします。シーラは、いい年してみっともないなどとうじうじしていますが。
あれで形にこだわる子ですし。人のを羨ましがってるのが分かりやすいといいますか。
ただ順番というものがありますので、少し間を置いてからですね」
「最初はユラ様、次は新政府首相のとこのお二人ですからね。
大公までとなると、参列する方も大変でしょうし」
「その点で言うなら、私たちよりシーラとニアが先になりそうよ。
新興の大公家なら、国内調整だけで済むもの。
親交のある帝国や南方諸国から招くとしても、国家としての差配までは必要ない」
「本当ですかユラ様? ありがとうございます。シーラが喜びます」
ニアがユラ王女に丁寧に頭を下げる中。
サクラは思わず、手を挙げた。
「何かしら、サクラ嬢」
「えっと。女同士が結婚するのが、当たり前のように語られているので」
ニアとユラの二人の視線がサクラの隣、ミモザに集まる。
「新政府でそうするよう、法整備が進んでいます。言いませんでしたっけ?」
「初耳ですし、意図が分かりません先生」
サクラの知る限りこの世界は、同性愛が当たり前という風土でもない。
諸外国がどうかは分からないが、いきなり結婚を認めると言われても、頭が追いつかない。
(前に飲んだとき、このユラ様と結婚してるっていうサリスには、詳しいところを聞きそびれちゃったのよね……)
「サクラ。王国を始めいくつかの国では否定的ですが、そもそも聖教団を取り入れてる国は同性愛には寛容です。
当たり前の話ですが」
「……………………はい? えっと不勉強ですみません。私聖教団のことよく知らないんですが」
「……クロユリ聖教団は、女神と聖女が結ばれたという逸話が起源。
彼女たちの教えを元に設立されています」
(思い出したー!? ゲームの開発元が『チョコレート・リリー』ってとこなんだ!
作ったゲームのどっかしらに百合要素を入れるって! そのせいか! ただの乙女ゲームじゃなかった!)
ミモザの解説により、サクラの頭の中でクロユリ=チョコレート・リリーと繋がり、彼女は納得した。
実際のところ、サクラの知る乙女ゲームの中にはそういった要素はなかったが。
開発元がそうで、その名を冠した宗教があると言われると、何か妙な説得力があった。
「加えて、そも王女の私に、女のサリスとの間で子どもができてしまいましたので。
国として追認しないわけにはいかないのです」
「そこもその……どうしてでしょう王女殿下。私の知る限り、女同士は子どもができない、のですが」
得意げにつないだ王女に、つい気安くサクラは聞いてしまった。
だがユラは胸を張って、楽しげに答えた。
「カガチの家に伝わる秘術を、ミモザが研究して再現してくれたのです。
私がそれを実践してサリスにかけ、子を授かりました」
(ん? 今誰が何の研究したっつった?)
「うまくいって何よりでした。
それでユラ様。そろそろご用件をお願いできればと」
(……しかも露骨に話題を変えにいかなかったミモザ?)
ミモザに促され、ユラが咳ばらいをし、その上で姿勢を正した。
サクラとしてはミモザのことが気になるが、重大な話と見て身構える。
果たして。王女の口から語られるのは。
「王弟……エランの弟であるスタールが、獄中で亡くなりました」
まごうことなき、重大事件であった。
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