7-2.ブランク

 ユラ王女の語ったところによると。


 エランの事件以前に、王都で貴族の反乱がおこったことが、あるらしい。


 ちょうど、サクラがエランたちに捕らえられていた時期なので、彼女は知らなかったが。


 この反乱を煽ったのが、王弟スタール。元第三王子である。


 中央貴族を取りまとめていた彼の動きを、南方辺境伯カガチが察知。


 伯爵は王都まで攻め上がり、スタールを捕らえた……というのが表向きの話。


 実際には、スタールの元婚約者だったカガチ家の令嬢サリスに絡んだいざこざ、らしい。



 そうして捕らえられたスタールだったが。その後にエランが起こしていた事件が発覚した。


 人から魔石を取り出すために王弟・元第二王子エランが行っていた虐殺。


 発覚直前に一味が雲隠れしたこともあり、王家・王都は大混乱に陥った。


 この状況でスタールを処刑すれば、王家解体に向けた機運が高まりかねない。


 その判断の元、彼は牢に拘留され続けていた、わけだが。


 少し前、牢で亡くなっていた、と。


 傷もなく、病の兆候もない。飲食に毒を入れられたわけでもない。



「この件の対応で、王家は新政府……革命軍経由で、いくつかの依頼を出したのです。

 一つが調査。事態解明のため、また一見してわからない魔法による暗殺を考慮し、専門家を招聘。

 実際には専門家……レン叔母上の一次調査の結果、さらに調べることになったという形です。

 二つ目は護衛。対象は私と子、そして父です。これは新規開発の魔道具を用いての魔法防御を敷いて行います。

 サリスの伝手もあって、シーラとニアにお願いしました」


(あ、そういうこと。ニアさんなんのためにいるのかと思ったら。

 王族を狙ったよーわからん手段での暗殺の可能性があるから、それからの護衛なのね。

 ルティとかレンは強いけど……そういうの向きじゃないよなぁ。

 そしてレンは最初から当たり前のように関わっている、と。

 そりゃ王族だし、ここに住んでるでしょうしね……。

 あの人がちょっと調べてやべぇってなったから、大事になったのね。

 でも専門家? レンって死霊術が専門じゃなかったっけ? 死んだ王弟の話でも聞いたのかな?)



 ユラ王女の説明に、サクラは己の知己の姿を思い浮かべた。


 魔法省所属の魔人、王妹のレンと王弟妃……エランの妻ルティ。


 そしてダイクロ大公のシーラ。


 レンは死霊術、ルティは魔法全般に詳しい。シーラは魔道具の専門家である。


 シーラのパートナーということで、ニアもまた魔道具に詳しいのかもしれない。



「そして最後の一つが、ミモザ。〝ブロッサムの魔女〟に、早急な事件解決をお願いしたい。

 場合によっては、魔女団カヴン宛てとしてもかまいません」


「…………それはおやめになったほうがいいでしょう。

 我らは縁で仕事を受ける。魔女団カヴン宛てとなると、高い払いをすることになります」


魔女団カヴンにって確か……各地に散ってる魔女みんなに対する依頼になるんだっけ?)



 二人のやりとりを受け、サクラが以前ミモザに習ったことを思い出す。


 〝ブロッサムの魔女〟は現役の人間がそれなりにいるが、セラサイトばかりか大陸中に散らばっているらしい。


 魔女団カヴン全体に依頼を出すとなれば、それは事件解決に多大な貢献をもたらすだろう。


 だがサクラの知る料金表では、単なる占いではなく、こういった関係の依頼はかなり高額に設定されている。


 特に、直接の知り合いからのものでないと、金額が跳ねあがる。


 魔女全体にとなると、ちょっと眩暈のする額になるはずだ。



「状況次第でやむを得ない、ということです。

 事態が見えず、私か父が倒れるようなことになれば、その方向で話を進めます」



 サクラの隣のミモザは、何やら浮かない顔だったが。



「サクラ、カードを。ひとまず結果を出しましょう」



 仕事を受け、早速占いを始める気のようだった。



「はい、先生」



 サクラは、ソファー脇に置いておいたカバンを手に取る。


 中を開け、一枚の布と箱を取り出した。


 箱には絵柄を書いたカードが入っている。地球でいうところの「タロット占い」だ。


 ミモザは大アルカナ22枚と、多くの白紙カードを入れた構成を好んで用いる。


 サクラがテーブルに布を引き、その上に箱を置くと。


 ミモザは早速箱を開け、カードに手を付けた。


 切らず混ぜず、そのままめくって置く。



(世界。それから白紙、白紙、はく……え。多くない?)



 「世界」のカードの周りに、次々と白紙のカードが並べられていく。


 24枚目にようやく「女帝」、その次に「皇帝」のカードが出た。


 そこまでカードを出して、ミモザは箱を置いた。



「申し訳ないのですが王女殿下。私にはわかりません」


(なんですとぉ!?)



 サクラは師の言葉に、思わず悲鳴が漏れそうになった。


 占い師・ミモザは〝縁の糸〟を頼りに占いを行う。


 人と人との縁を繋ぐ不可視の魔力線〝縁の糸〟。


 信頼で結ばれるこれは、常に情報や想いを伝えている。


 〝ブロッサムの魔女〟は伝えられた情報を、占いという形で推し量るのだ。



(ミモザは直接の知り合いでなくても、占いが行えるはずなのに……。

 カードは出てる。でも、わからない?)



 サクラの知る限り、ミモザは人を経由した縁でも、占いを行うことができた。


 かつて娼館を二人で巡った際、娼婦に毒を盛った犯人を捜すのに、その手を用いている。



「理由を伺えますか、魔女ミモザ。あなたは魔女団カヴンでも随一の縁の使い手、と聞きますが」


「過分な評価痛みいります。では解説を。

 まず、最後に出した女帝と皇帝。これはユラ王女殿下と、インディ国王陛下です。

 今回の事態に対し、お二人はすでにこれだけ遠い。まったく関係ないと言ってよいのです。

 暗殺の標的には、ならないと断言できます」


(朗報じゃんか。ん? じゃあ途中のブランクカードはともかく……真ん中の『世界』は?)



 ミモザは、世界ワールドのカードを示す。


 カードに向けられた人差し指が、少し揺れていた。



「この、カードは――――――――サクラです」


「……………………え?」



 突然自分の名を出され、サクラは狼狽える。



「サクラは今、さる事情で一切の〝縁の糸〟がありません。

 ゆえに、サクラを起点に広がる事態となると、そこから人を辿れない。

 なのですべて白紙のカードが出ました。

 この中にはおそらく、私が知らない者、縁が切れた者が両方含まれているでしょう。

 そしてそれ以外の関係者は、最も近くてもユラ様。

 私の知己がいないため、占えません」



 ミモザが珍しく、長くため息を吐いた。


 それは……何か、感情を堪えているようでもあった。



「その上で、見解を述べるのであれば。

 この事件は。

 大罪人エランが、サクラ・ブロッサムを狙って起こしている事件、です」



 サクラに、視線が集まる。


 彼女は一瞬思考が飛んだが。


 見つめられ、我に返った。



(エラン……捕まっているはずのエランが、私を狙って?

 今更? なんで?)



 そして混乱し、ミモザを見る。


 だが師は、首を弱く振った。



「それが真実だ、と魔女として断言いたします。

 ですがなぜ、どういうことなのか、という部分が私にはわかりません」


「…………ミモザ。それならば、サクラ嬢に占ってもらうということは、できないのですか?」


(わた、しが?)



 ユラ王女の指摘を受け、サクラは自らの左手をじっと見た。


 赤い〝縁の糸〟が伸びる、小指を。


 この赤い糸は、サクラの縁の集約。ミモザにしか繋がっていない。


 ミモザ以外に対する不信、およびミモザに対しての強い信頼が結んだ絆。


 サクラは〝ブロッサムの魔女〟の技を皆伝しているが、この赤い糸のせいで〝縁の糸〟が見えない。


 占いはできない、はずである。



(私、は)



 だがこの赤い糸が結ばれてから。


 サクラはいくつもの、縁を見た。


 不信と酷い大人に振り回されながら、それでも信頼に救われた少女がいた。


 巨大な魔物に飲まれて天に上ることもできず、しかし縁を託して解放された者たちがいた。


 恵まれた環境にいるはずなのに、傲慢にも家族であろうとも縁を踏みつぶす魔術師がいた。


 他人との縁を拒絶しながら、しかし二人で未来を繋ぎ抜いた、赤い糸をもった夫婦がいた。


 それらとの関わりの中で、学んだことを思い出し。


 サクラは左手を、握り締める。



(見えないだけ。私にもきっと、縁がある。今も、ここに)



 サクラは顔を上げ、ミモザの出したカードを見た。


 ブランクカード22枚。これは、サクラから広がる縁である。


 ただ見えず、情報が辿れないだけ。


 その中にはきっと、悪縁、因縁、すでに切れた縁もあるだろう。



(けど……多すぎる。ひょっとすると。

 一度切れた縁や、死人すら混じっているかもしれない。

 でもこの際……それすらも覆して。

 ――――考えよう)



 そっと目を瞑り、その瞼の裏にカードを見る。


 自分を中心、あるいは標的に、エランが犯人だとするならば。


 この事件は。



(……私からの縁なのに。この中に

 それが大きなヒント。

 ミモザが関われない、関われなかった、そういう事態が大きく関係している。

 エランがいて、ミモザがいない。

 時期で言えばさっきの、王弟スタールが反乱を起こした頃。

 私が、エランたちに捕まっていた、頃。

 これは、その因縁が起こしている事件だ。

 だったら、私が辿るべき、縁は)



 サクラはゆっくりと息をし。


 己の因縁と対峙する、覚悟を決める。



「王女殿下。一人だけ、お話を聞きたく思います。

 その後、事件を占います」


「その一人というのは?」



 サクラは前を向き、王女の碧の瞳を見た。



「エラン一味であり、教団の粛清で服毒自殺をしたと言われる助祭・ライル。

 その父、オプテス枢機卿にお話を聞きたいのです。

 かつて私……カトレアを、エランの元から逃がしてくれた、あの方に」


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