8-2.師が恐れるものとは。

 師の兄嫁・リプテルが、師・ミモザの頼みで来たと聞いて。


 そんなこったろうと思いながらも、サクラは姿勢を正す。



「あなたが縁を戻すことについて、どう考えているか。聞いておいてほしいって。

 あの子がいないときじゃないと難しいし、本邸に来るっていうから入れ違いで私がこっちに来たの」


「ついにあの師、自分から話すばかりか、聞くのも億劫になったのですか」



 あんまりな理由に、サクラは思わず半眼になって赤い糸の続く彼方を見た。


 しかもアカシア本邸に行くとは一言もいっていなかった。行先くらい告げてほしいものである。


 つい聞かなかった自分も問題だとは思いつつも、サクラはため息をつくのを止められなかった。



「ぷっ……くく。そうだけど、言わないであげて頂戴。

 あの子は元々、ちょっと他人と付き合うのを恐れているのよ。

 とても苦手としているの」



 確かにミモザはサクラからすると、一人でいるのを喜ぶような印象だ。


 一方で、縁を結ぶためなら元気に旅に出る人だとも、理解している。



「恐れているから……それを克服して、勇気をもって人と関わることを選んだの。

 〝神通力じんつうりき〟って知ってるわよね?」



 明らかに世界観に反したような、しかししばらく前にも聞いた単語がリプテルの口をついて出て、サクラは記憶を掘り起こす。



「あ、はい。魔力によらない、不可思議な現象の一つだと習いました。

 魔女の技もその一つ【宿命通しゅくみょうつう】が必要だって」


「そう。後天的にも身に着けられるけど、先天的に備わっているものもある。

 私はないけど、ミモザは【他心通たしんつう】を持っていた」



 サクラは、かつて師に習ったり、他の人間……最近ならシーラやサリスから聞いた話を思い出す。


 【宿命通】はそれこそ、縁と未来を見る力。「縁によって世界を知る力」だという。


 【他心通】は人の心を読める。だが本質は「他者によって世界を理解する力」とのことだった。


 サクラはこれらを思い出し、ミモザの出自について一つ気づくことがあった。



「あ。だからミモザはスネイル様たちのところに預けられたり、早くに魔女の弟子になったんでしょうか?

 未熟だと人の心を読んでしまう、らしいですし」


「そう。訓練の甲斐あって、今じゃ他人の心自体は全然聞こえないそうよ。

 まぁそれ以前に、あの子は占いと縁でがりがり人のこと当ててくるけど」



 リプテルが呆れたように言う。それを聞き、サクラはミモザの見せる不思議な力に思い至った。



「縁と言えば。ミモザが、直接縁が結ばれてないのに占えるのは、そのせいでしょうか?

 縁から魔法を使ったりもしてますけど」


「占いの方はそうね。いや魔法の方は知らないわ……何それ怖いんだけど」



 自身も見様見真似で同じことをしたサクラは、曖昧に笑って誤魔化す。



「あの子はその力ゆえ、他人を知りすぎてしまう。

 制御できてる今でも、昔のことは……その傷は、忘れていない。

 だから踏み込むのが怖い。恐れている。

 まぁ……一言足りてないのは、単にうっかりしてるだけだけど」


(そこオチがつくんかい! 我が師やっぱりうっかりさんかかわいいかよ!)



 リプテルが薄く笑って言う。サクラはツッコミをなんとか飲み込んだ。


 リプテルはもうひと口お茶を飲み、今度は物憂げに息を吐く。



「だからこそ、自分が知ろうとして知るのではなく。

 相手から気持ちを伝えてもらえる〝縁の糸〟……特に赤い糸は、あの子にとっては心地がいいのでしょう。

 その想いや事実は、疑うことなく信じられる。

 でも自分で突き止めた事実や想いは、それが正解であっても時として拒絶される」


「正解で、あっても……」



 サクラは、自身の旅路を思い出す。


 正しさを突きつけても、それを認められない人たち。


 娼館で会ったコリネもそうだった。王都で会った侯爵のマリンも。


 先のスネイル・ティーネ夫妻もある意味そうだ。


 最近なら、王都で巡り合った因縁、エランたち。



(ミモザは、私が縁を取り戻すのが『正しい』と思っている。

 縁による幸福を教えたいと、そう言ってたし。その幸せは、私も理解できた。

 でも、土壇場で私が、やっぱりいや!って言い出すのを恐れてるってこと?)



 サクラはリプテルの話を繋げ、考えた。


 その上で。



(気持ちが伝わってくる赤い糸。それが無くなることも……ひょっとして、怖い?

 リプテル様や、ティーネ様と同じように。

 私は特に、そんな感覚ないんだけど)



 師の心中を、そう理解する。



「そう、ですか。お話は分かりました。ただその……これ、どうしましょう」


「どうとは?」


「私は、糸が赤くなくなっても大丈夫という確信があります。

 でもミモザに同じように信じてもらうのは、難しいように思うのです。

 特に、今のお話を聞いた後だと」


「そうね。私もそこは思いつかないわ」


「そう、ですか……」



 リプテルがにべもなく言うので、サクラはじっと赤い糸を見ながら考える。


 これまでの学びを思い起こしながら、目を伏せ、長くしっかりと考える。


 赤い糸が結ばれてからの、自身の旅路を重ね。


 自身の答えを、紡ぎ出そうとする―――――――。

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