6-6.未来を託されて
(自分で言っといてなんだけど。本当にここまで見つからずにこれちゃったわ)
サクラとミモザがやってきたのは、伯爵別邸の奥の奥。
いくつか部屋を見て回ったが伯爵夫人の姿はなかった。
あと探していないのは、そこだけ。
扉を開いた、先には。
(思った通り……ほとんど魔物になってる)
人の女性の下半身が巨大な蛇になったような、何か。
大きなカゴのような寝台に寝そべる彼女は、苦しげにうめいている。
その腹部が、大きく膨らんでいた。
「無事なのは喜ばしくもあり、しかしここまで来たのは驚きでもある。
まったく君たちに気づかなかったよ。
どんな手品を使ったのかな? ミモザ」
そして当然に……彼もいた。
カゴとサクラたちの間に、立ちはだかったのは。
「熱や振動をごまかした。それだけです、スネイル様」
ペント伯爵、スネイルその人。
「なるほど。私がどうやって世界を知覚しているのか、それを考えたのか」
伯爵の表情は穏やかで、ミモザに素直に感心している様子だ。
サクラはミモザに、蛇が熱を感知する特別な感覚を持っているという話をした。
うろ覚えでもあったため、念のため震動についても誤魔化せるようにしてもらった。
結果、暗い中を行くミモザとサクラは、伯爵に気づかれることがなかった。
別邸に結界が張られている可能性もあったが。
(余裕がない、って言ってたしね。きっとそれは、本当で。
二人はこの出産に賭けてて、後のことを考えてないんだ)
その証拠なのか。悠然と立つものの……伯爵は、刃を抜く様子もない。
「スネイル様、ティーネ様と話を!」
「ティーネはもう、言語を紡ぐこともままならない。
それに。
今一番、大事なところなんだ。
邪魔しないでやってくれ、ミモザ」
「大事って、まさか……!」
ミモザがサクラの隣で、顔を青くする。
サクラは彼女の……手を取り、引き留めた。
振り向く師に向かって、首を横に振る。
代わりにサクラは。なぜここまでかたくなに、伯爵が縁の復帰を拒んだのか。
なぜミモザたちを排除してでも、ティーネに出産させようとしていたのか。
その疑問に対する、自身の考えを、述べた。
「あなたたち夫婦は。不妊を乗り越えて子どもが欲しかったから、魔物になった。
違いますか? 伯爵様」
「――――ぇ?」
サクラがスネイルに向けた言葉を耳にし、ミモザが声を零す。
「……これは驚いた。君は?」
「サクラ・ブロッサム。師・ミモザの手ほどきを受け、魔女となりました」
丁寧に一礼するサクラ。顔を上げると、穏やかにほほ笑む、蛇の瞳をした男の姿があった。
「…………素晴らしき、新たな魔女よ。
我らはできる配慮をし、旅立つつもりだが。
よければ一つ、お願いを聞いてくれないだろうか」
「お子様の引き取り手を探すこと、ですか?」
隣でミモザが弱弱しく首を振っているが。
サクラは真っ直ぐに、伯爵と。
強く痙攣している、その妻を見た。
「ある程度の手配はしているし、子は強いだろう。
だが可能ならば、導き手がほしい」
サクラは、横のミモザを振りむき。
その手を強く、握り締めた。
苦悶に歪み、涙を浮かべるミモザは。
――――――――それでも、力強く頷いた。
「必ずや、我ら魔女が縁を繋ぎましょう」
口元を震わせる師の代わりに、弟子が誓いの言葉を告げる。
「ありがとう……これで、安心して逝ける」
サクラは。
爬虫類を思わせる二対の視線が、自分を向くのを感じた。
そして。伯爵と蛇の女の、左手薬指を繋ぐ炎が。
徐々に燃え尽き。
消えた。
スネイルは膝から崩れ落ちる。
ティーネの下腹からは、何かがごろり、と出て。
彼女は最期の力を振り絞り、その身を寄せて。
撫で、頬で擦り。
やがて、動かなくなった。
ミモザが、静かに泣き崩れる。
サクラもまた……胸が酷く痛んだ。
(あと、少し。あと、少しだけ、早ければ……)
サクラは。
消える炎の中に、たった二本だけ。
細い糸を、見ていた。
その糸がサクラに届くのが、あと少しだけ、早ければ。
彼女の膨大な魔力で、二人を生かすことができただろう。
だが、時は戻らず。
「――――――――ァー!」
新たな未来を、刻むだけ。
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