6-5.願いを叶える縁の魔法
体が叩きつけられた痛みを感じ、サクラは意識を取り戻した。
頭がふらつき、あちこちに鈍い感触がある。後に、痛みが走るだろう。
(落ちた? あの高さから? なんで私、体、動くし、こんな程度で……)
「――――――――ごほっ」
少し離れたところから聞こえた音に、サクラは振り向いて……目を見開いた。
暗い闇の中に見える、白い肌。黄金の瞳。それらに、歪な黒い色どりが、見えて。
「ミモザ! ミモザ!?」
痛み始めた体をおして、四つん這いでそのまま素早く近くまで寄るサクラ。
仰向けに倒れた師は。
明らかに腕や脚の向きがおかしく。
脇腹に暗い染みの広がりがあって。
口の端からは……血が、垂れていた。
(ミモザ、まさか私をかばって、死――――)
サクラは左の手を、伸ばしかけて。
そこにほのかな、赤い光を見た。
(――――糸が切れてない! まだ生きてる!)
震えそうになる身と心を叱咤し、サクラはミモザのすぐそばまで寄る。
(…………右腕、左腕、左脚は明らかに折れてる。
頭からの流血はない。でも脇腹……ここだけ、裂けてる。傷が深い。
背中とかも心配だけど、魔法なら治せる範囲、のはず。
流血が続いているし、急がないと)
痛々しいミモザを見ているうちに、少し視界が歪む。
(しっかりしなさい、サクラ!)
狭い天を見上げたサクラは、袖口で雑に目元を拭いてから深く息をした。
泣いている場合ではない。
「……ミモザ、がんばって。もう少し」
顔に脂汗を浮かべ、もうろうとした様子のミモザの腹部に、サクラは両の手を添える。
強く、魔力を練り上げて。
魔法のための〝
(イメージが、掴みづらい! これだから、回復魔法は……!)
魔法の発動に、失敗した。
対象及び、負傷や病気の状況によって千変万化するのが回復魔法に必要な「イメージ」なのだ。
症状の数だけ印や詠唱があるとすら言われ、難度が高い。
加えて繊細な魔力制御を要求されるので、元々魔力が大きなサクラは、非常に苦手としていた。
「――――っ、――――。」
「ミモザ、しっかり!」
意識のほとんどないミモザが呻きながら、左手を上げる。
サクラは彼女の手を、左手でとって握り締めた。
(どう、する)
時間はない。
(考えろ…………考えろサクラ! サクラ・ブロッサム!)
彼女たちの小指を結ぶ、赤が。
静かにその輝きを、失いつつあった。
サクラは。
――――――――不思議な力が湧くのを、感じた。
(……ミモザが、私を信じてくれている。想いが、伝わる。
想い? 糸が、想いを……)
確かな絆の証を見ながら、サクラは思考を走らせる。
(想い……イメージ……魔法……そういえば。
ミモザは、他人の魔法を、使っていた。
人の、イメージを、使って……使える?)
以前ミモザはサクラの前で、自身のものではない高度な魔法を使用していた。
魔法省の〝破魔の魔人〟ルティの奥義たる【矛盾】。
そしてその前の王女の伴侶・サリスとの唱和魔法も、本来は王女その人の魔法だと聞いた。
ミモザは明らかに魔法への造詣が深い。これまでサクラは、それゆえ幅広い魔法が使えているのだろうと、そう考えていた。
(違うんだ……)
だがサクラは、閃いた。
ミモザは何かを見立てて、魔法を使っているのではないと。
詠唱や印、紋様や、〝縁の糸〟を形に見立て、イメージして使っているのではないと。
(ミモザは【縁】から直接魔法を使ってるんだ!
さっきの六元連結魔法だって、伯爵のものだったみたいだし。
間違いない)
そう。サクラの師、ミモザ・ブロッサム。
彼女はまさしく。
――――――――縁の魔女。
(…………私は、その直弟子。
〝ブロッサムの魔女〟の技を皆伝した、新しき魔女。
けど……)
とはいえ、ミモザのそれは明らかに教わった技の範疇を超える。
同じことが即座にできるわけもない。
しかしサクラは……己の学びに、師の教えに。
左手の赤い糸から伝わる、信じる心に。
(私とて魔女の奥義に辿り着き。
未来を見た、女。
そう、それが私の……切り札になる)
確かな、希望を見た。
サクラはミモザの左手を、ぎゅっと自らの左手で握り締める。
額をミモザの小指に押し当てて、強く目を瞑った。
(この強い縁から、ミモザを癒すんだ!
私が本当にイメージしなきゃいけないのは! 回復魔法
その瞼の裏に浮かぶのは。
かつてサクラが見た、未来。
幸福で。愛に溢れた、ミモザの。
(私の知る、一番元気なミモザの姿!)
サクラの体から、膨大な碧の光が溢れる。
彼女はその身から魔石すら生み出す、人類史上最も魔力を秘めた人間。
現実を塗り替える、可能性の塊。
「【ミモザ、元気出して】」
サクラの唇から、そっと言葉が零れる。
赤い糸を流れる、未来を紡ぎ出す力が。
願いを、叶える。
暗い中。焦点の合った黄金の瞳が、じっとサクラの黒い瞳を覗き込んでいる。
「信じていましたが、信じられません……」
ミモザの口から紡がれたのは、苦しさもない滑らかな言葉だった。
「私も信じてるけど、信じられないわよ。なんで一緒に崖を飛び降りて、かばったし?」
サクラはほっと息と言葉を吐きだした。少し涙も零れてしまったが、止むを得まい。
「それは、サクラが死んでしまうと、思って。
魔法を使って落下速度を落としましたが、二人分の重さだからか、間に合わなくて」
サクラはそっと、ミモザの髪を撫でた。
汚れがついてしまうのに気付き、ひと撫でして止める。
「そうだろうけど。ほんと、ミモザは行動が大胆ね」
「冷静な判断です。あなたが死んでしまったら、私だって死…………ぁ」
(あー……やっぱり)
つい零したという様子のミモザの髪を、汚れるのを承知でサクラはわしゃわしゃと撫でた。
「なんでかしらね。私ずっと、糸が切れた時に死ぬのが、自分だけだって思ってた。
縁なんだから相互だし、切れたら死んじゃうのは、両方。
ばかりか、この糸で結ばれているならどっちかが死んだら……両方、死ぬのね?」
「……はい。ずっと言えなくて、ごめんなさい。あと髪乱すのやめてください」
詫びるように言うミモザの髪を、サクラはさらに豪快に撫でまわした。
「だぁめ。血もついてるし、どっちみち後で丸洗いよ。
私が洗ってあげるから、汚れてもいいの」
「なにいってるんですかなんであなたがあらうんですかハレンチです」
「髪洗うだけの何がハレンチなのぉ? 服脱がなくてもできるわよ?
何考えてんのよもう、ミモザのえっち」
暗闇でもわかるほど顔を真っ赤にし、ミモザは顔を横に向けた。
ひとしきり笑ってから、サクラは続けた。
「でも後で、ね。まずはここを登って、別邸に行かないと。
ティーネ様、まだ諦めてないんでしょう?」
「っ。ですが、スネイル様には、我々では……」
「それ、私にいい考えがあるんだけど」
サクラはにやりと笑って見せてから。
傷一つなくなった師の体を、抱き起した。
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