6-7.遺された者にできること

 後始末は、本当に大変だった。


 サクラは途中から、自分が何をしてたか記憶にない期間がある。


 ペント辺境伯領には、革命軍が代官を派遣することになった。


 伯爵の残した資料から、引継ぎは問題なくできそうだという。


 スネイルの死については……真相を伏せられた。


 人が魔物になることも。赤い糸のことも、公にできることではない。


 結局帰ってこなかった使用人たちのことも含め、事件の多くは闇に葬られている。



 なお。


 ペント伯爵の爵位自体は残されることになり。


 アカシア伯爵家が、この後見に立つこととなった。


 アカシア伯爵の息子夫婦の元に、変わった瞳の形の子どもがいることが関係しているが。


 これもまた、詳しいことは世間から秘されている。




 二人が屋敷に戻ってきたのは、王都に向かって出てから半月余りが経ってからのことだった。


 サクラは、宝玉工場の様子見に出た日のことが、もう遠い過去のように思えていた。


 旅装を解き、少し……否、念入りに身綺麗することしばし。


 部屋に戻ったサクラは。


 寝台でぐったりしているミモザの黄金の髪を、そっと撫でる。



「ん。もう十分乾きましたね」


「――――――――やっぱりハレンチではないですか」


「なんのことだかわかりませんねぇ」



 旅の間は多少整えても汚れに軋むことが多かった師の髪は、しっかり洗われて手入れされてサラサラになっている。


 サクラはついでに、荒れがちなミモザの肌を丹念に洗ってお手入れしただけであって、そこに卑猥は一切ない。



「さて。少しだけどおなかに入れられるものも、飲み物も用意したし」


「何かするのですか?」


「ん。お話。体も髪も洗って気分もさっぱりして、今なら少しはできるでしょう?」



 サクラが提案すると、ミモザは布団の中に顔を沈ませた。



「……………………疲れているのですが」


「知ってる。でも今じゃなきゃダメ。憶えているうちに、少しでも。

 ね。スネイル様って、どんな方だったの?

 特に、ミモザにとって。

 魔法、教わったんだよね?」



 サクラの語りかけに少し応えるように、ミモザは体の向きを変え、口元を布団から出す。



「はい。いろんな魔法を、教わりました。

 まだ幼かった私に、六元連結魔法を教えたので、ティーネ様に怒られていました」


(えっと。確かミモザが魔女になったのは12歳で学園に入る前。

 魔女の修行し始めの頃に、あのお二人にお世話になったってことは。

 年齢一桁……かなぁ。そりゃ怒られるわ)



 サクラは一人納得して……一方で、納得がいかないことがでてきた。



「いや十歳未満にそんなトンでも魔法教えてどうするのよ。使えないでしょうに」


「使えましたよ? 形だけ、くらいの威力ですが」


「それ体が育ってないから魔力足りなかっただけで完全に使えてますよね先生?」



 サクラが一息に言うと、ミモザは布団の中に視線を隠してから。くすり、と笑った。



「まぁ私は、才能があった……らしいので。

 だから、師や姉弟子のリプテル様に見出されて。

 スネイル様に預けられ、ティーネ様たちに魔法の基礎を教わる栄誉に預かれたのですが」


(あの謙虚気味なミモザが珍しく自慢してるよ可愛いか)


「お二人とも、競うように私に魔法を教えて。

 私はそれが、楽しくて。

 でも二人とも……時々、辛そうな、お顔をすることが、あって」



 ミモザの表情が、暗く沈んでいく。


 二人との、最後のやりとりを思い出したのだろう。



「本当はずっと、お子様が、欲しかったのですね。

 私では、その代わりには、なれなかったのですね。

 わたし、は」


(相手にとどかない『どうして』という気持ち……わかる、なぁ)



 サクラはかつて、自らを惨い目に遭わせた王弟エランに。


 「自分のことをどう思っていたか」を聞いたことがある。


 彼はサクラのことを、魔石を産む道具だとしか見ていなかった。


 うるさいから縊り殺したい、とまで言われた。


 好かれていたと思ったのに、そんなことは欠片もなかったのだ。


 その後、愚痴りも交えながら、自分が転生者であったことなどをミモザに話した。


 その時のミモザは、ただ穏やかにサクラと話をしてくれたが。



(あれでもよかった。私は癒された。

 でも私は不信を抱いた。ミモザを信じて、それ以外に絶望した。

 同じようにしてはダメ。ミモザを絶望させてはいけない。

 紡がれたのは希望なんだと……伝えなくては)



 消沈するミモザに厳しいことは言いたくなかったが。


 サクラは、口元を引き結んで、己の師に向き合った。



「……珍しくわがまま言うね、ミモザ」


「ぅ。わがまま、ですか」



 心の痛みに顔を引きつらせるミモザの髪を、思わずそっと撫でながら、サクラは続ける。



「あのお二人はミモザが良かったんであって、〝自分の子どものミモザ〟じゃ嫌でしょう。

 子どもって育てなきゃいけないんだよ? 優しいだけじゃない、厳しく接しなきゃいけない。

 可愛いけど、愛するのは大変だって。サリスが言ってたわ」


「サリスが……」


「あなたがお二人の子の代わり、だったら。もっと厳しくされていたでしょう。

 楽しい思い出も、きっと少なかったでしょう。

 それが親子というものじゃないの?」


「そ、れは……」



 自分の父母のことを思い出したのか、ミモザが押し黙る。


 良い関係の親子もいるだろう。だがミモザのところはそうではない。


 貴族として。かつては王子に嫁に出されるところだった娘と、その親として。


 単に情をもって結ばれておけばよい関係では、なかったはずである。



(ミモザ。やっぱりそこには、不満なのね。

 スネイル様たちとの暖かいやりとりがあったから、なおさらなんだわ)



 だが親子を思わせる暖かな日々は、幻想である。幻想であると、証明されてしまった。


 命を賭して迎えようとした実子と。


 殺してでも排除しようとした、かつての教え子と。


 彼らが向けた想いは、残酷なほどに違ったのだ。



「厳しいようだけど。あのお二人の子は、、なの。

 二人がすべてを賭して繋いだ命なの。

 その代わりになりたいなんて、言っちゃだめよ? ミモザ。

 あなたにはもっと大事で、あなたにしかできないことがあるんだから」



 そして……彼らがミモザに、本当に期待したかったのは。


 サクラは髪を撫でていて手を滑らせ、ミモザの左手をとった。


 赤い糸が、少し重なる。



「……………………私にしか、できないこと、とは?」


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