幕間2.客の縁

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ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。実はとてもつよい。


サクラ(23):ミモザの弟子。なぜか山刀二刀流を使う元乙女ゲームヒロイン。



アラルド:革命軍幹部。中間管理職。


トライラ:アラルドの後輩の女性。裏方寄り。


ドラール:革命軍新入り。やらかしたので反省部屋行。



 赤い糸発現の翌朝。出かけの準備をしている二人のところに、来客があった。


――――――――




「あ、トライラさん!」



 アラルドがまたやってきたので、ミモザはサクラを伴って迎えに出た。


 サクラはミモザの後ろの隠れていたが、革命軍幹部のアラルドの連れが顔見知りの女性と知って、前に出た。



「はい。サクラさん。よければこちらを」


「あ! いつもありがとうございます。布類は助かるんです」



 トライラがサクラに、包みを渡している。


 ミモザは、無言で頭を下げるアラルドを見た。



「受け入れましょう。少し時間もありますので、よろしければお茶を」


「え、そんな。このあといくと「はい、是非に!」」



 トライラ女史の発言に割り込み、アラルドが応諾した。


 ミモザは首肯し、彼らを客間へ誘う。



「サクラ。お茶とお茶菓子の支度を。それから少しの軽食を添えてください。

 この時間に来られているということは、何も食べておられないでしょう」


「はい、先生。では私は少し、失礼いたします」


「済んだらあなたも同席するように」


「はい。アラルドさん、トライラさん、また後程」



 サクラが丁寧に一礼し、先ほどもらった包みを持って奥に向かう。



「ありがとうございます、ミモザ様。ごちそうになります」


「お気になさらず。大事なことですから」



 ミモザが告げると、アラルドがまた一礼する。


 トライラはピンと来ていない様子だった。




「お待たせいたしました」



 サクラはパンや生野菜、鶏卵を焼いたものを中心に、鮮度の良いものを供した。


 それらをアラルドとトライラが平らげたあたりで、茶と茶菓子を追加。


 ミモザの隣に、サクラも座る。



「ご馳走様でした。とてもおいしかったです」


「本当に。肉はともかく野菜は……近くの町からの買い付けですか?」



 アラルドとトライラが口々に感想を述べる。


 ミモザは薄くほほ笑んで、彼らに応えた。



「ええ。最近はこの辺りでも冷蔵での輸送が導入されているので、鮮度の高いものが届きます。

 西方の魔道具技術の発展は著しいですね。

 東方ではまだ、恩恵は少ないほうですが」


「便利なんですけどねぇ。こっちに来るとあまり取り入れられてなくて、びっくりします」


「アラルドさんは……そうでしたね、西にも行ってるんでしたか。

 あちらが急激に発展しているだけで、王都にしろ、さらに西の帝国にしろ、まだそこまでではないようですし。

 上はともかく、庶民がそれを活用できるようになるには、まだ時間がかかるでしょう」


「宝玉があるから、それもすぐなんでは?」



 アラルドの指摘に、ミモザは首を振る。


 魔道具の核となる魔石は、これを樹脂加工した宝玉という存在によって、何度も使えるエネルギー源となった。


 だが、それですべてが丸く収まるわけではない。



「エネルギーとしてはそう、問題は解決しました。

 ですが核となる魔石の出土量が少ない点は、解消されていない。

 極悪非道な手段で量産できると提示されてしまった以上、こちらの解決が急務です。

 そうでなければどの集団も、魔道具技術の早期発展には及び腰となるでしょう」



 先に、王弟エランらが起こした事件により、人を殺して大量の魔石を得る手段があるということは知れ渡ってしまっている。


 この問題に対する根本的な解決が、未だ為されていない。



「あんまりばりばり魔道具を広めると、他の国とかに『人を殺して魔石を得ているのだろう!』って疑われるからですか? 先生」


「そういうことです、サクラ。そしてどこかが一度疑い始めれば、今度はあるところから魔石を奪い合う争いが始まります。

 奪い合いが起これば、その下で誰かがまた人を殺して魔石を作りだすでしょう」



 ミモザは弟子に諭すように、言葉を紡いだ。


 一方革命軍の二人の表情は、複雑そうだ。



「私たちは、もう魔石の犠牲者を出したくなくて、戦ったのに……」



 トライラの声は、苦渋に満ちていた。


 ミモザは様々な内幕を知っているが、それでも彼女の言葉に首肯した。



「はい。王族であるエランの所業に怒り、立ち上がったあなたたちは正しい。

 私としてはこの勢いのまま、魔石の安定供給法の発見、非人道的な魔法の禁止にも踏み込んでいただきたい。

 この国はもちろん、国を強くし、諸外国にも輪を広げて。

 そうできるくらいには、今のセラサイトは……風通しが、よくなっているはずです」


「はい、ミモザ様」



 顔を上げるトライラに、ミモザは薄く微笑んで見せる。


 そしてアラルドに向かって、付け加えた。



「〝ブロッサムの魔女〟としては、新時代の到来を歓迎いたします。

 新政府との軋轢については、都度話し合い、このように解消したく思うのです。

 つきましては……ドラール。彼が何者か、教えていただけませんか?」



 ミモザが告げると、革命軍の二人は顔を見合わせた。


 隣では静かに、サクラが固唾を飲んでいる。



「彼は金髪碧眼。特にあの碧の瞳は、王家独特のもの。

 最近は王族だからと同じ色にはならないそうですが、あの色なら王の血を引くのは明白。

 革命軍はだいたい、入るにあたって後見人がいるはずですが……それは?」


「……彼は。私と同じ、孤児院の出なんです」


「トライラさんと。ですがあなたは確か、北のヘーゼル大公が身元を保証しているのでは?」


「はい。光栄にも、見出していただいて」



 ミモザはトライラの話を聞きながら、改めて革命軍という奇異な集団に嘆息を飲み込む。


 先の革命は、大貴族などの思惑が複雑に絡んでいる。


 そして関係各集団が「封建社会では目の出しようがない優秀な人材」を、革命軍に送り込んだ。


 武芸と人心掌握に優れるアラルド。


 裏方仕事に優れ、教養にも明るいトライラ。


 だが所属者の多くは、わけあって出自が明るくない者が多い。


 ゆえに、重役ほど貴族や商会など名のある者たちの「後見」を得ている。


 まったく身元を保証されていない場合、革命軍には入れない。



「ただドラールは、そうではなくて。教団からの紹介なんです。

 でも、それ以上のことは私も、アラルドさんも知らなくて」


「孤児院は聖教団経営でしょうけど……彼は信徒というふうではなかった。

 やはり元の身分に王家の血が絡んでいて、そこを飲んだ上で教団が身元を引き受けているのですね。

 サクラ、厄介なことになりますから、彼はいきなり首を落としてはいけませんよ?」


「はい先生。……いえ私そんなに野蛮ではありませんよ?」


「舐められたら容赦をするなとも教えました。

 身を守ることが優先です。

 ただ事情が事情ですので、切り落とすなら手首や足首にしてください」


「はい、先生」


「あーそのー……はい。うちが悪いので申しませんが、穏便に済ませていただけるとありがたいです……」



 弟子は素直に頷き、アラルドが恐縮している。



「その、私から質問いいですか? アラルドさん。

 結局鉢合わせなければそれでいい、と思うのですよ。

 何であいつ、うちに来たんです?」


「革命の立役者、ミモザ様に会いたかったらしいんですよ……」


「まったくそんな態度じゃなかったし、私にも喧嘩腰だったし、先生に普通に突っかかりましたよね?」


「申し開きもございません……」



 サクラの質問に委縮するアラルドに、ミモザは少しの助け舟を出した。



「アラルドさん、トライラさん。こちらは責める意図はありません。

 ただ理由は知っておいた方が、お互いのためです。

 彼については余力を割いてでも、調査しておくことをすすめておきます。

 せめて身元引受の教団が、後ろ盾であるのかないのか、だけでも知っておいたほうがいい」


「教団が意図をもって送り込んでいる刺客かもしれない、ってことですか? 先生」


「そういうことです、サクラ。私の知る限り、教団は革命に中核的な役割を果たした集団ではない。

 あなたたち革命軍とは、別の意図があると見るべきです。

 聖教団は本国が帝国のさらに西ですから、その考えは読み切れませんが。

 基本的には、彼らは広く信徒の安寧を考えている。

 革命の火がさらに飛び散るのを、恐れていると見たほうがいいでしょう」


「はい、肝に銘じます。ミモザ様。調査の方も……トライラ」


「わかりました、先輩。人づてにいくらか、当たってみます」


「私から言っておいてなんですが、深入りは不要です。

 王家の隠し子なんて話が出てきたら、かえって目も当てあられませんし」


「ええ。厄介ごとは俺も嫌なんで。ほどほどにします。

 お出かけだとのことでしたし、我々はそろそろ」



 アラルドにミモザが頷くと、彼らは席を立った。




「いろいろ思惑が絡んでるのねぇ……」



 二人が屋敷の前の街道を行くのを見送りながら、ミモザの隣のサクラが呟いた。



「ええ。例えばドラールが我らと同じ魔女の一味であれば、こんなややこしくはない。

 個人間で決着がつきます。ですが彼は別の集団の所属。

 集団との付き合いは、慎重にせねばなりません。

 集団とは、多くの〝信頼〟の集合体。利害が複雑に絡む。

 ゆえ、軋轢が出た場合は、まずそれぞれの集団の中で問題を整理する必要がある」


「今回のことなら、革命軍でケリをつけさせてから、と。

 場合によっては、教団にも?」


「そういうことです。受け取った詫びは、手付といったところですね。

 ですがこの問題をきちんと解決できれば、我々は集団として、今後もより良い付き合いができるでしょう」


「そういうの考えるの、大変だねぇ……」



 サクラの言い様が少しおかしくて、薄く笑みを浮かべながらミモザは彼女を見る。



「何を言うのです。あなたも魔女の一員ですから、〝ブロッサムの魔女〟という看板を背負っているのも同じ。

 外の人間からは、そうみられますよ?」


「ん……そこはしっかりするよ。でも〝縁の糸〟見えなくなっちゃったし、魔女団カヴン入りはまだなんでしょう?」



 サクラは別に呑気に、無責任に構えているわけではなさそうだ。ミモザはそう感じた。


 先の「大変だ」は「自分もそうするのか」という実感であろう。


 ミモザは満足して頷き、答えを添えた。



「ええ。まずはそこから。今日から仕事先を巡り、あなたに様々な縁を見せます。

 それを見て、信じる心について、自身でも考えてみるといいでしょう」


「はい、先生。仕事先って?」



 ミモザはそっと、自身の左手小指を見る。


 そこに巻き付いている赤い糸は、サクラの左手小指に伸びていた。


 サクラはこの赤い糸が出た影響で、〝縁の糸〟を見失っている。


 魔女の占いに必須な〝縁の糸〟を取り戻さねば、魔女団カヴンには登録できない。


 だが、赤い糸を戻したという記録はない。その道は、険しいものになるだろう。



「まずは小口の依頼をよくくれる、占い好きが多い……娼館から、ですね」



 ミモザはそれでも、未来のための布石を打つ。


 愛弟子に、人を信じる心を取り戻させ、縁の幸福へと導くために。



「ぇ。しょう、かん?」


「はい。占い、人気ですし。あなたがかつていたところに、最初に行きます」


「うえぇぇ!? それは、それはうへぇ、ちょっときつい、きついです先生」


「覚悟なさい。お得意様ですから、いずれは行くのです。旅装に着替えましょう。馬の準備を」


「はい先生ぃ……」



 気の重い様子の弟子を見ながら、ミモザはほほ笑んだ。


 そうはいいつつも彼女なら、きっと自ら学びを得てくれるだろう。


 ミモザはサクラを、そう信じていた。






――――――――



 そうしてサクラとミモザは、馴染みの娼館へと向かう。


 サクラの最初の縁、あるいは事件へと。


 ※次話より、サクラ目線になります。


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