4-2.師の父・アカシア伯爵

 急な客は、ミモザの父、アンティモ・カスケードであった。



「いいえ。私が贈与されましたので、ここはミモザ・ブロッサムの領地。

 国ではなく、ブロッサム魔女団カヴンの資産です」



 なおミモザは魔女団カヴン入りした関係で「ブロッサム」姓である。



「減らず口を。胡散臭い魔女どもの名を出せば、私が慄くとでも思ったか?」


「思ってはいませんが、ずいぶん腰が引けてらっしゃるようですね?」



 確かに伯爵は、二歩三歩を後ろに下がっていた。


 遠めに眺めるサクラは、引け過ぎだと半眼になって男を見る。



「さて」



 ミモザが少しスカートを翻すと。


 彼女の周囲に、炎、風雪、雷光が浮かび上がった。



「ひっ」


(魔法!? いやほんと、いつの間に起動するのよ……。

 印や詠唱どころか、魔力の収束も全然見えない。

 いや、じゃなくて)



 伯爵はさらに二歩下がり、サクラは驚き目を見張った。



(いくらなんでもミモザ、ちょっと好戦的すぎない……?

 大丈夫かな)



 父親、それも伯爵相手にいきなり攻撃魔法を出すとは。


 サクラの知る、普段の冷静なミモザの様子からは考えられない行動だ。


 弟子は師とその親のやり取りを、木陰から固唾を呑んで見守る。



「先も申し上げた通り、ここは国王陛下直々に王国外と認められた地。

 用向きもないようでしたら、侵入者にはお帰りいただかなくてはなりませんが」


「そ、それを仕舞え! て、手紙だ!」



 アカシア伯爵が、上着の内ポケットから封筒を取り出した。


 位置が遠いサクラははっきりとは見えていなかったが、とても古ぼけているような印象をもった。



「はぁ。私宛ですか?」


「知らん! アカシア本邸に届いたものだ!」


「なぜわざわざ? 使いに届けさせればよいものを」


「ふ、フン。娘がまた怪しげなことをしていないか、監督だ監督」



 ミモザは魔法をそのままにすーっと近寄り、伯爵の手から手紙を取り上げた。



「子離れできない方ですね。ありがとうございました。こちらは拝見しておきます」


「こ、このッ! なんたる無礼か! 王子殿下から見捨てられた親不孝者めッ!」



 激昂する伯爵の言葉を聞き、屋敷に引き返そうとするミモザが、ぴたりと歩みを止めた。



「その発言、外ではなさらぬよう。私も一度は聞き流します」


「なんだと!?」


(なんですと?)



 かつての婚約者・王弟エランのことを引き合いに出されて、ある程度ミモザが怒るのはサクラも分かる。


 だが、何かそれ以上の逆鱗に触れた様子で、あのミモザから明らかに怒気が見て取れた。



エランの素性を見抜けず、近寄ろうとした愚か者。

 今かの者を〝王子殿下〟などと呼ぶと、アカシアの名を地の底に落としますよ?」


「エラン様はエラン様だろう! あんなもの、下賤な愚民どもが勝手に――――ヒッ!?」



 伯爵の足元に、炎の玉が着弾した。彼のズボンの裾が、少し焦げる。



「一度、と言いました。二度目なので警告です。三度目はあなたを焼きます」


「な、私は貴様の父親だぞ!?」


(ミモザ、なんでそこまで…………ん? アカシアの名ってことは、もしかして)



 サクラは、少しだがミモザの怒りの源泉が理解できてきた。


 それなりの付き合いだ。ミモザが怒るのはいつも、自分以外の誰かのためだ、ということはサクラも知っている。


 となると、その対象は。



「だからです。親族があの悍ましき男に与するならば、誅さねばなりません。

 そうしなければ、一族ばかりか領民まで、すべて首を落とされることになるでしょう。

 それほどに、あの男の所業は民を怒らせた。外国にも被害者がおり、戦争一歩手前の状況だったのです」


(戦争!? そこまでの話になってたの?)



 ミモザに拾われてからは引きこもりだったサクラは、その間の世辞には疎い。


 だが思い返せば、一味の騎士・メナールが国境付近で人を誘拐していたはずだ。


 確かにそれを思えば、今王子一味に与する発言をするのは、非常に危険な行いである。


 領民……はさすがになくとも、親族まとめて連座で捕まるということは、十分にあり得た。



(なるほど。当主がそんなふわっふわな意識だったら、そりゃミモザも怒るか。

 となるとこの子……きっと容赦しない)



 サクラがされた仕打ちに怒ったミモザは、元婚約者である王弟エランを婉曲に手を回し、破滅させている。


 家族や領民に害が及ぶとなれば、手は抜かないだろう。



 果たして。伯爵を振り返る、ミモザは。


 珍しく、笑みを浮かべていた。


 底冷えするような、冷たい笑いを。その口元だけに。



「これはいけませんね。我が父の、そしてアカシア全体の潔白を証明するためにも。

 革命軍に、一度アカシア伯爵領は調べたほうがいいと、連絡しておきましょうか」


「なぁ!?」


「早くお帰りになったほうがいいですよ? お父さま。

 彼らに追い回されたくなければ」



 顔を真っ赤にした紳士は、ふらつきながらも馬車に駆け戻って。


 乗り込む前に。



「おのれ、覚えていろミモザ! 私を愚弄するようなら、こちらとて考えがあるぞッ!!」



 捨て台詞を吐いた。


 そんな父親を。


 魔女はただ、冷ややかに見るだけ。



(なんか、すごいもの見ちゃったわ……。

 冷静で、割と誰にでも平等に接するあのミモザが、あんな態度をとるなんて。

 いや、話の内容からすると無理もないけど。

 でもなんかそれ以前に、最初からかなり喧嘩腰だったような?)



 走り去る馬車を見ながら、サクラはそろそろと木陰から出て、屋敷へ向かって歩く。


 ミモザは早速封筒を開けて、手紙を読んでいるようだ。サクラは彼女に近づいていく。



 サクラの知る限り。酔客だろうと失礼な男だろうと、ミモザの態度はあまり変わらない。


 礼儀正しく、慇懃ではなく、どちらかといえば優しい方だ。


 以前喧嘩を吹っ掛けてきた革命軍のドラールという少年に対してだって、勝負がついた後は丁寧であった。


 自分の命を狙って来たコリネとジムナという少女には、むしろ親身になっていたくらいである。


 だが伯爵に対しては、明らかに嫌悪をにじませていた。



(エランに対してああだったから、ミモザも良く思ってない人はいるんでしょうけど。

 こう、父親をはっきりと信頼してなさそうっていうのは、ちょっと意外ね)


「あら、サクラ。鍛錬はもういいのですか?」



 サクラが十分近づいたところで、ミモザは読んでいた手紙から顔を上げた。


 サクラは、少し息を飲んだ。


 自分に向けられたミモザの顔が。声が。


 表情なく、平坦なはずなそれらが。


 確かに……嬉しそうだったからだ。


 父親に向けていたそれとは、大違いであった。



(…………ちゃんと確認したことないけど。この子結構、私のこと好きよね……?)



 サクラは……ミモザのことを、強く慕っている。


 自身のために元婚約者を破滅させてくれた彼女に対し、はっきりと恋に落ちていた。


 同性であるという戸惑いはあるものの、その気持ちはかつてエランたち〝攻略対象〟に抱いたものより、ずっと強い。


 だがサクラは、一方のミモザのことをよくつかめていない。


 ブロッサムの予知で結ばれる未来を確かに見たのだから、何とも思われていない、ということもないのだろうが。


 そもそもサクラの知る限り、転生してから同性愛はまったく聞かないし、彼女の認識ではここは「乙女ゲーム」の世界。


 男女恋愛が是であって、女同士の恋が許される場所ではない、はずだ。



(ダメだって言われても、そばに置いてくれるならそれでいいけど……。

 どうなのかな、ミモザは)


「サクラ?」



 サクラにじっと見られて、ミモザが小首をかしげている。



(なんだその仕草はかわいいか)



 たまに無防備な姿を見せる師に対し、半笑いになりながらサクラは言葉を投げかける。



「さっきの、お父さま、なんだ」


「見られていましたか。お恥ずかしい。

 そういえば、サクラにはまだ紹介していませんでしたね」



 薄く微笑みを浮かべる様子すら見せるミモザに、サクラは少し心の引っかかりを覚えた。



(…………私、ミモザのことほとんど知らないわ。

 親だって、今さっき初めて見たわけだし。

 友達いるのだって、知らなかった。

 なんかちょっと、もやもやするわね……)



 思考に没頭しそうになり、少し息を吐いて、サクラは気持ちを切り替える。



「そだね。で……鍛錬だっけ? 朝の分は終わったとこ。その手紙は?」


「……ブロッサムの魔女への、依頼ですね。

 出ます。私は少し手紙を書きますので、その間に二人分の支度を。

 数日の旅になります。大荷物を前提に、いくつか魔道具を出してください」


「わかりました、先生」



 サクラは、素直に弟子の顔になって頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る