9-4.二人で紡いだ、未来の色が現れる。
赤い糸は、ミモザとサクラの間から、消えた。
「これ!?」
声を上げるサクラの身の回りから、ミモザは無数の糸が出るのを確かに見た。
サクラもまた、その糸を見ているようだった。
そしてミモザは……膝から、崩れ落ちた。
「ミモザ!?」
サクラが駆け寄ってくる。ミモザの体を、抱き留める。
ミモザは、体にまったく力が入らず。
ただ声もなく――――泣いていた。
「みも、ざ?」
涙が、止まらない。自分は彼女の前では泣いてばかりだと、ミモザはそのように思う。
(サクラ、サクラぁ……)
それでも、自分を抱く右腕に体を擦り付け。
無意識にとったサクラの左手小指に、額を当てて。
ミモザは子どものように、泣き続ける。
だがどれほど泣こうとも。零れた涙と、同じように。
消えた赤い糸が戻ることは、ない。
「私は。いや。でした。この。結末を。迎えたくは。なかった」
自分が望んたことなのに、ミモザはその否定が口から出るのを止められなかった。
自分が師として導いた、弟子の学びを受け止めきれなかった。
それ以上に。
「ミモザ、どうして……」
呟く彼女の想いが、もう伝わってこない。
ミモザはただ、それが悲しい。
「私は――――」
ミモザは。
サクラを。
「初めて会った頃から。ずっと。ずっとあなたが、好きでした」
「はじめて、って……学園の、頃から?」
少しの、息を飲む音と共に。サクラの声が、ミモザの耳に届く。
ミモザは頷きながら、続ける。涙の代わりに、言葉の方が溢れてくるようになった。
「はい。一目見た時から、ずっと。
ですが女同士。結ばれることはない」
ミモザは少し瞠目し、学園の頃の彼女との邂逅を思い出す。
可憐だが凛々しかった、サクラ……カトレアとの。
彼女に心奪われた、あの瞬間を。
「あなたがエランを追い始めて……複雑でした。
彼の本性は、よく知っていましたから。
あなたの望みならばという思いが、半分。
あなたが不幸になってしまうという、危機感が半分」
ミモザは傲慢な彼を慕うサクラを見て、身が裂かれる思いであった。
彼女が、嫌っている婚約者の妻の座を、守ろうとしたのは。
ひとえに、サクラを不幸にしたくなかったからだ。
「必死に争って、負けて。
再び巡り合った時……私はあの敗北を、心の底から悔やみました。
大事な、大好きな人が、穢されて、しまった」
深く息をし、ミモザはまた続ける。
「あなたに幸せをあげられなければ、私は自分を許せなかった。
魔女に誘い、共に暮らし、怒りに任せてエランたちを破滅させ。
赤い糸が出た時は歓喜すると共に……己の失態を、恥じました」
「それは、どうして?」
優しいサクラの声に、子どものように頷きながら、またミモザは言葉を紡ぐ。
「あなたが〝縁の糸〟を見られなくなったのは、不信が原因。
ですが赤い糸が出たのは、私が想いを抑えられなくなったのが、原因。
あなたに好かれているのだと理解し、どうしても、気持ちが先走ってしまった。
死んでしまうし、魔女にも、なれなくなるのに」
少し、鼻を鳴らす。ミモザの頭に、そっとサクラの頬が寄せられた。
静かに聞く彼女に向けて、ミモザはさらに話を続ける。
「私、なのです。あの赤に、あなたを縛り付けていたのは。
あなたに幸福と、信頼を、あげられなくなって、しまうのに。
あなたの想いと信頼を、知りたくて、それに溺れたくて。
それが失われるのが、こわくて。わた、しは」
怯えから、ミモザの声が震える。
ミモザは息を飲んで、震えを無理やり抑えた。
「でもあなたは、信じてくれた。信じさせて、くれた。
赤い糸がなくても、その先があるのだと」
首を振り、必死にこらえる奥から、また嗚咽が漏れそうになる。
想いを語り、大丈夫だと自身を奮い立たせようとも。
縁の中で生きてきたミモザは。
最も強い縁の喪失に。
身を震わせた。
「でも、つらい。あの暖かさがないのは、つら――――――――ぇ?」
ミモザは、何かを感じ、呟きを零した。
(聞こえなかった? じゃあもう一回言うよ?)
声が、暖かさが、胸に響く。
顔を上げると、笑顔の彼女がいて。
その唇は、動いていなくて。
(愛してる、ミモザ)
彼女がミモザの右手を握り返す、その左手と。
ミモザの左手の間に。
――――――――赤が、流れた。
「わたし、も」
呆然と呟くミモザの頭を、サクラが抱きしめた。
「ん。いっぱい悩んで、信じてくれて、ありがとうミモザ。
だからご褒美に、ちょっとのネタばらし。
赤い糸が出たら、〝縁の糸〟が見えなくなる。
さて…………じゃあミモザは、どうやって占っていたのでしょう?」
「ぇ。わた、し? 私は。なぜか、糸が、見えてて」
赤い糸が出れば、〝縁の糸〟は見えなくなる。
だがミモザはずっと、縁が見えていた。
これについて彼女は、いくら考えても答えを見いだせていなかった。
「はいじゃあ次!」
サクラが明るく言って、自身の左手小指をミモザの前に見せた。
そこに結ばれている、太い〝縁の糸〟がある。
ただ……色は白い。赤ではない。
「〝縁の糸〟って、いろんな色があるでしょ?」
「……はい」
「白ってある?」
ミモザは顔をあげ、辺りを見渡す。
様々な色の糸がある。金、青、碧、黒、紫、銀。
だが……白と赤は、ない。
「私はミモザが赤い糸を出しながら、〝縁の糸〟が消えてないみたいだったからさ。
赤い糸の先、ね」
「赤い糸の、先……」
「ヒントは、揺れ。信頼がぶれると、赤い光が大きくなるでしょ?」
「ええ」
「色だって、光なの。揺れがまったくなくなったら……白くなるんじゃないかなって」
ミモザはじっと、二人を結ぶ白い〝縁の糸〟を見る。太く、たまに赤い光が流れている。
「ミモザはたぶん、その状態だった。だから〝縁の糸〟も見えていた。
一方私は、半端者。だから二人を結ぶ糸は間をとって、赤くなってたんじゃないかなぁ。
で、私が信じる心を学び、魔女として成長したから、この白い糸が出かかって……縁もわかるようになってきた。
ドラールを乗り越えて、私の方は準備が整った。
さっきまで赤かったのは……ミモザが抱えていた、恐れの分の揺れ。
今はそれがないから、白い。ミモザが勇気を出して、私を、未来を信じてくれたから、結ばれたの。
まだうまく使えないけど。きっと赤い糸より、たくさんの想いを伝えてくれるよ?」
サクラの解説は、いかにも穴だらけな気がするが。
しかしいつものように、正解を述べているようにも思える。
ミモザは本質を抉り抜いてくる彼女の言葉を、いつも頼もしく思っていた。
(確かに、温かみが、ある。でも、常には伝えない、感じです。
これは……ああ。制御できる、ということ?
かつて未熟な私が人の心を読んでしまって、今はそれが、ないように。
この糸の力を、熟達した、と)
赤い糸が出ていた頃の、想いの伝わりはない。
だがミモザは、急速に不安が薄れていくのを感じていた。
ずっと繋がっているような……安心感がある。
(ああ……愛してます、サクラ)
「ひょっ!?」
妙な悲鳴とともに、ミモザを包む体がびくんと震えた。
「こぉれはぁ……さすが15の頃から私大好きミモザ、愛が濃い」
「なんですかそれ。サクラだって似たようなものでは?」
「むむ。しかも照れないし。手強い。開き直っている」
「はい。もう怖くありませんし。すき。だいすきです、サクラ」
「おぉもぅ。あれですか、指輪ないのとかも見事な開き直りなの?」
ミモザの体が、固まる。力が抜け、仰向けに倒れそうになった。
「そこはそういう反応なの!? ごめんて。お詫びにいいものあげるから、許して?」
サクラが、腰につけているベルトのポーチを開く。
ミモザが見ている中で、そこから小箱が出てきた。
サクラが箱を開けると……その中には、台座に鎮座した指輪が。
「は? 指輪? え? いつの間に用意したのです?」
「こないだ王都にいる間にユラ様にお願いして、もらったの。
ほんとに女同士で結婚できるって、知ったからね。
あげるの、いつになるかわからなかったけど。
だからさっきはびっくりしちゃった。
こんなに早くプロポーズされるとは、思わなかったんだよねぇ」
サクラは小箱から指輪を取り出し。
そっと、ミモザの左手をとって、薬指に……通した。
その隣の小指の糸が、真っ赤に染まる。
そしてミモザは……泣き出した。
「ちょ、そこ泣くの!?」
「私、用意、してませんでした。失態、です」
「そうだねごめんて」
「つくり、ます」
「は? 作る?」
ずびっと鼻をすすりながら、ミモザは決意を述べる。
その指輪と赤い縁で彩られた左手で、サクラの手を握り締めて。
「最高の指輪を作って、サクラにあげます。もっかいプロポーズします」
「やり直すんかい。じゃあ……告白も、やり直し?」
尋ねるサクラに。
ミモザは優雅に。
穏やかに、華やかに。
満面の、笑みを浮かべた。
「はい、何度でも。愛しています、サクラ」
――――――――
ああやっと。
元婚約者としては誠に遺憾だが、王弟殿下には破滅していただく。~奴らにボロボロにされた元ヒロインは、私が責任をもって幸せにします~【完結】 れとると @Pouch
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