幕間7.盤上の縁

――――――――


ミモザ(23):〝ブロッサムの魔女〟。弟子がかっこよくて有頂天。


サクラ(23):ミモザの弟子。師匠がかっこよすぎて頭沸騰。



ユラ(19):セラサイト王国王女。少し前に誕生日を迎えた。一児の母。


ニア(38):表向きはダイクロ大公令嬢でシーラの娘。西方平定の功労者。




 事件解決の労をねぎらい、王城で持て成される日々。その中の一幕。


――――――――



 王都が丸ごと、魔物と化した罪人エランに飲み込まれるという事件から、しばらく。


 サクラは……暇を持て余していた。


 ミモザはすぐに王都を発ちたい意向だったが、その後のあれこれもあるので二人は王城に留め置かれていた。


 とはいえ、することがあるわけではない。特に、ただのミモザの弟子であるサクラは、何の予定も入らない。


 一方のミモザは、宝玉工場の件でシーラとサリスに捕まっていた。サクラに手伝えることはなく、暇になった。



(しかしなぁ……王城をほっつき歩いても、何があるでもなし)



 せっかくだからと王妹のレンと、晴れて元王弟妃……離縁が成立したらしいルティに会おうとも思ったが。


 どうにも先の事件は彼女たちがかなり根幹にかかわっていたらしく、まだ忙しくしているそうな。


 サクラは当てが外れて、ぶらぶらと城内を歩いていて。


 ――――別の暇人たちを見つけた。



(あれは……ユラ王女と、シーラさんのパートナーのニア様だっけ?)



 今回王城に呼び出しを受けた折、最初に会った二人を見かけた。


 場内の片隅、開けたサロンのような場所。


 そこでテーブルを挟んで向かい合い、何やら固まっている王女と大公令嬢。


 仕事かもとも思ったが、サロンでするものでもなかろうと思い、サクラは近づく。



「…………チェス?」



 サクラが思わずつぶやくと、二人ともが顔を上げた。


 少し、息も吐いている。


 緊迫に水を差したかと、サクラは恐縮するが。



「サクラ嬢、ちょうどよかった。ここからの詰めの手がよくわからなくて」


「え。わからない、とは」



 王女に言われ、サクラはたじろぐ。



「ミモザが『ここから二手詰めです』と言って、シーラに連れていかれて。

 戻るまで考えて良いとのことなのですが、いまいち」


「はぁ」



 ニアに付け加えられ、一応の事情は理解した。


 だがサクラとて、盤上競技チェスは得意ではない。


 そろっと盤面を見て。



「……一手詰めでは?」


「「は?」」


「戻すので、お見せしても?」


「あ、はい。是非に」



 ユラに了解をとったサクラは間隙を縫うように、女王の駒を動かし。



「はい、ここでチェックです。もう王は動けません」


「「んん?」」


「二手詰めの場合だったら……ここをとって空けて。

 そうするとチェックになるので、こう」


「「んんん?」」



 二人に首を傾げられ、サクラも首を傾げた。


 駒を戻し。



(別に変な動きさせなかったと思うのだけど。

 おおよそ、定石通りだし……)


「サクラ嬢、もしかしてチェスがお強い……?」


「もしかしなくても、だと思いますが。ユラ様」


「いやもしかしようとも別に強くはないですよ? 苦手です」



 言うと、なぜか二人に胡乱な目で見られ、サクラは困惑する。



「こう……とった駒を使えないの、苦手なのですよね」


「「はぁ?」」



 二人は知る由もないが。サクラは将棋派である。



「たぶんミモザの打ち筋だと……二手詰めといったから、こう。

 でもそうすると詰めろ逃れて、こう塞がれて、こう。

 ただ、たぶん私が関わったと知ったら、普通に最初の一手詰めをするでしょうね。

 そこを待ったしたとしても、手筋を変えてきます。

 あの子たぶん、知り合いのチェスの手を縁を辿って真似できるんですよね……」



 ミモザに急に別人になったかのような打ち方をされ、サクラは困惑したことがあった。


 今にして思えばそれは、本当に【縁】の力で、別人の手を真似ていたのだろう。



(魔法じゃないからずるではない、って理屈なんだろうなぁ。

 ある意味カンニングみたいなものだけど、それにしたってどう打つかは本人次第。

 良い手があろうとも、その手通りに打てるかどうかは胆力による。

 未来を恐れず、読んだ手が正しいと信じて進む……ああ。

 確かにミモザはそういったところが弱いし、私は得意。

 何か前に、そこを褒められたことがあったわねぇ)



 考え事をしながら、いくつかの手筋を見せてからサクラは駒を戻した。



「どのみち、詰みを逃れる手は……二筋くらい。

 ちょっと打ち抜くのは難しいでしょう。

 ご自信がないなら投了……リザインして、感想戦したほうが有意義ですね」


「はぁー……ためになります」


「サクラ嬢、私と後で一局打っていただけませんか?」


「ニア様と? いいですけど……その。お二人とも、お仕事とかは」


「「暇です」」



 声を揃えて答えられ、サクラは面食らう。



「私の仕事はもう終わったのです。権限の範囲での指示はとうに」


「私も護衛の仕事はないですし、ついでに魔道具の導入宣伝をし回りましたが。

 一通り営業も済んで、もう用事がありません。

 商売絡みはなくて……あとは手続きくらい、ですね」



 ニアの言う〝手続き〟に、サクラは一つ思い当たるものがあった。



「シーラさんとの養子縁組解除とか、結婚ですか?」


「はい、そうです。養子縁組ですね。

 政治の都合で私たちの結婚が早まったので、割り込みをかけた……のですが。

 行政もこのばたばたで忙しく、まだ上がってこないのです」


「それは大変ですねぇ……」



 サクラは応えつつ、もう一枚あったチェスボードを別のテーブルに置き、駒をてきぱきと並べていく。



「そういえばユラ様。女同士の結婚って普通にできるようになるんですか?」


「ええ。男女間結婚と基本は変わりません。

 あー……もしかして」


「ええ、その。はい」


「まぁ、やっぱり」「仲がよかったですしね」


(そんなにバレバレなの……?)



 二人に当たり前のように受け止められ、サクラは少々納得がいかなかったが。


 少しのため息に混ぜて、続きを述べた。



「まぁ、ミモザは自分の気持ちとか全然話さないのでわかりませんが。

 できるっていうのなら、準備はしておこうかなと」



 サクラが言うと、ニアとユラが顔を見合わせた。



「ん? 何か問題があるのでしょうか?」


「えっと、はい。サクラ嬢は、貴族およびその親族ではありませんね?」


「あ、あー……忘れてました。ミモザはアカシア伯爵家のご令嬢でしたね」



 ユラの指摘に、サクラは眉根を寄せて唸る。


 サクラの意識としては、彼女は令嬢ではなく〝魔女〟だ。


 ブロッサム魔女団カヴンの一員という認識が強い。



「滅多なことは言えませんが……此度の件の功労者であるサクラ嬢に、褒章を与えてもいいのです。

 ただ伯爵家に釣り合う、となると少々難しいですし……」


「第一、今は新政府移行期だから、叙爵も面倒なのでは?」



 サクラが思いついたことを聞くと、ユラが頷いた。



「あるいは、ミモザに家を出てもらうか、ですね」


「ニア。あまり滅多なことを言うものでは……」


「ん、んー……そうですね。そうなるでしょうね」


「「はい?」」



 サクラの返答に、また二人の声がそろう。


 サクラは脳裏によぎった考えを、そのまま述べた。



「私の側から考えれば、なんとかして相応しい爵位を得るしかない。

 ミモザの側から考えれば、家を出るのが一番楽です。

 何せ彼女は〝ブロッサムの魔女〟。魔女団カヴン所属で、姓も貰ってる。

 その上、住んでいるところは王家公認で外国扱いの、ブロッサムの土地だと聞いてますよ?

 アカシアに留まる利点自体は非常に少ない。家がなくても生きていけます。

 情の面でどう折り合いがつくか、といったところでしょう。

 アカシアは嫡男がいて、ミモザ自身が支える必要もなさそうですし」


「それはまぁ」「確かに」


「となると、私ができることはほとんどなくて……あ、そうだ」



 サクラは顔を上げ、ユラを。その左手薬指を、そっと見た。


 彼女が思い出したのは、かつて自分が見た〝未来〟。


 エランとの縁が切れた時に、〝ブロッサムの魔女〟の技が見せた予知。


 師・ミモザの幸福と愛が溢れた姿。


 その光景を、サクラは……自身と結ばれたものだと、理解していた。


 なぜなら、彼女の左手には。



「指輪って、見繕うとなったらどこがいいんでしょう?

 あー。平民向けだとありがたいですが」





「…………すみません、ニア。私が至らぬばかりに」



 それからしばらくして。


 盤面を見て唸っているニアに、サクラのよく知る声がかかった。



「私が何かしたような言いがかりはやめてください? 先生」



 用事は終えたらしいミモザが、廊下からサロンを見ている。


 ダイクロ大公シーラと、ユラ王女の伴侶サリスも一緒だ。



「サクラ、少しは加減なさい」


「ちゃんと駒は抜いてるのですが」


「…………なら致し方ありませんね」



 ミモザは遠い目をして、何か諦めたようである。



「おー……ニア、滅茶苦茶負けてる」


「言わないでください、凹みます」



 素早くニアの元へやってきたシーラが、ニアの肩をつつき回している。


 ニアは長考を続けているが、サクラにはそろそろ集中力が切れたように見て取れた。



「サクラ。ユラの魂が抜けてるのだけど」


「頭がお疲れなので、癒してあげてくださいサリス」


「はぁ……?」



 ユラ王女は、椅子の背もたれにだらしなく寄り掛かってぐったりしている。


 サリスが目の前にいるのに、その目が明後日を向いていて、焦点が合っていない。


 ニアを相手するサクラに幾度か挑み、片手間に返り討ちにされていた。



「よっし、ならば今度は私が相手じゃサクラっ子!」


「わたくしも参ります」


「シーラさん、サリス。チェスできるの?」


「「いやまったく」」



 サクラは思わず噴き出す。だが二人はやる気のようで、どこからかチェスボードを取り出してきた。


 ミモザがため息をつきながら、二人を別のテーブルに連れて行く。


 指南してくれるつもりのようだ。



「あれ? サクラちゃん。チェスやるんだ」


「なんで姪っ子とニアはぐったりしてるの……?」



 なんと王妹レンと、革命軍首魁のルティまでやってきた。


 どういう巡り合わせなのだろうと思いつつも、サクラは笑顔で二人を迎える。



(んー、まぁミモザもきたし。暇つぶしにはなるかな?)



 王城滞在が思ったより楽しくなりそうで、サクラは内心、少しわくわくしていた。


 彼女にとって、友に囲まれる穏やかな時間など。


 本当に久方ぶりなのだ。





「…………」



 師が馬上からサクラを明らかに睨んでいる。


 並んで馬を進めるサクラは、つい目を逸らした。



「王城を追い出されたのは、私のせいではございません。先生」


「そうですね。酔って暴れたシーラとサリスがだいたい悪いです。

 あなたがチェスで大暴れしたのが原因ですが」



 あの後サロンはしばし、サクラの暇つぶし……虐殺会場となり。


 途中から自棄になって、酒を持ち込む奴が複数出始めた。


 最終的にシーラが悪乗りして騒ぎ出し、サリスがそれに乗って、サクラがこれを沈めた。


 今は、その翌日。二人は王都を出て、東方の自宅……屋敷へ、馬に乗って向かっている。



「まぁ。用が済んだから解放されて帰るだけで、追い出されたわけでもありませんが。

 あの後、というのはいかにも後味が悪い」


「申し開きもございません、先生」


「…………せっかく、期せずして友達皆でのパーティになったというのに。

 もう少し、落ち着いて楽しみたかったですね」



 師が妙なことを言うので、サクラは勢いよく彼女を振りむき見たが。


 今度はミモザがそっぽを向いている。顔をこちらから見られないようにしていて。


 明らかに、耳が赤い。



(え。楽しかったのにお開きになっちゃったから拗ねてるの? 昨日のことで今も?

 なんだこの先生かわいいか? かわいいだろう。やっぱ今告るべき? もう行ってよいのでは?)



 サクラは興奮のあまり若干鼻息荒くなったが、ミモザがまた前を向いたので顔を慎ませた。



「そういえば。何かユラから受け取っていませんでしたか?」


(あ。見られてたのか)



 出立直前に、サクラはユラから渡されたものがあった。



(昨日の今日で出てくるとは思わなかったわね……。しかもたぶん、ぴったりだろうし。

 というか『やっぱり』って言ってたから、もしかして準備してた……?

 まさかとも思うけど、そうとしか思えないわね……。

 しかも、私がやつとまんま同じとは。びっくりだわ)



 渡されたものは、そのままベルトのポーチにおさめてある。


 いつ使えるかわからないので、いつでも出せるところにしまっておいた。



「ちょっと小物の手配を頼んだんです。在庫があったらしく、すぐできたって」


「ほーぅ?」



 何やら疑われているようだが、サクラは全力で笑顔を浮かべてとぼけた。



(ま、すぐに使うものでもないでしょうしね。気長にやりましょう)



 サクラが見た〝未来〟は、いつ来るかははっきりわからない。


 けれどもこれで、備えはできた。


 サクラが乗り越えなければならない壁は。


 あと、一つ。




――――――――



 サクラはこの時はまだ先だと、そう思っていたわけだが。


 その小物を使う日は、意外に早く来た。


 それは屋敷に戻ってからしばらく、ミモザが留守にした日のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る