第4話 似た者同士とから揚げ

 再開日、当日。

 昼は11時30分から14時まで、夜は17時30分から21時までの営業となる。


 しばらく休んでいたせいで体力が持つか心配だが、虎之介がいてくれればなんとかなるだろう。ホールだけでなく、洗い物や盛り付け作業なども徹底的に教えた。意外にも物覚えが早く、この調子ならテンポよく仕事ができそうだ。


 開店時間よりも少し早めに店を開けると、外には見知った顔のお客さんたちが待っててくれていた。その顔を見ると、なぜだかほっとする。


「大史くん、再開おめでとう。たいしたもんじゃないけど、お店の再開祝いにお花持ってきたの。お店に飾ってちょうだい」

「峯田さん、わざわざありがとう。ぜひ飾らせてもらうよ」

「この前はごちそうさん! 今日はせがれと一緒に来たんだ。例のアレを食べさせてやりたくてさ」

「松さんも来てくれてありがとう。もちろん、アレの準備も出来てるよ。圭太も久し振りだな! しばらく見ない間に身長伸びたか?」

「うん、まぁね。育ち盛りの真っ最中だから」


 開店してすぐに店は満席となった。

 今までは祖父と調理作業を分担していたが、1人となると想像以上にハードだ。そんな中、虎之介は周りの状況を把握しながら、合間に洗い物をしたり、材料や付け合わせの準備、お客さん対応などをそつなくこなしていた。


 これも大昔に働いていた蕎麦屋の経験からなのだろうか。

 虎之介、恐るべし。


「やっと昼営業終わったー。さすがに疲れたな。お客さんがたくさん来てくれて嬉しいのは嬉しいんだけど、慣れるまで大変かも。でも、虎之介のおかげでかなり助かったよ。まかない食べてから夜の仕込みするから、虎之介はそれまで休んでていいぞ」

「いや、オレも手伝う。なんせ体力が有り余ってるからな!」

「うわぁ、バケモンかよ……」

「いや、鬼だ」

「そうだった」


「しかし、昼間は人間の客がほとんどだったな。この店には妖怪も来るんだろう?」

「ああ。夜のほうが妖怪の客が多いんだ。とはいえ、みんな人の姿だから特に区別もしてないけどな。虎之介は、人の姿の妖怪も見分けがつくのか?」

「当然だ。霊力の有無で見分けられる。そもそも、人の姿になれる妖怪ってのは霊力が高い。この前、襲ってきた妖怪がいただろ? あいつみたいなのは、霊力が低くて人の形にすらなれない下級もんだ」

「へえ。妖怪にランクがるなんて初めて知った。俺は匂いでしか判別できないから、霊力が高いどうかまでは分からない」

「大史の能力もかなり珍しいものだ。この世で妖怪の存在を判別できる人間なんて、そうそういないからな。なにか特別なお役目があるんだろう」


 ばあちゃんにもそんなこと言われたなぁ、そんなこと。

 『特別なお役目』ってのは未だによく分からないが、いつか理解できる日が来るのだろうか。


 夜の営業は昼ほど忙しくはない。

 仕事帰りの人、これから出勤の人、夕食を食べに来る人、飲みに来る人など、お客さんの来店時間はまちまちだ。


 ——— よっしゃ、気合い入れてこ!


 開店時間を少し過ぎた頃、店の外がなにやら騒がしくなる。女性たちのその声には聞き覚えがあった。


 ——— ガラガラガラ


「いらっしゃい。あ……」

「もう! あんたが急に店仕舞いするもんだから、心配したじゃない! うちのお客さんから事情は聞いたけど、あんたはもう大丈夫なの?」

「美影さん、ご心配おかけしました。俺はもう平気だよ」

「言っとくけど、そっちの女よりあたしの方が心配してたんだからね! まさか店の再開日にこの女と鉢合わせするなんて、ツイてないわー」

「ちょっと、それはこっちのセリフなんだけど。私はこれから出勤なんだから仕方ないでしょ」

「あたしだってこれから出勤なんですー」

「まぁまぁ。玲子さんも気にかけてくれてありがとう」


 犬猿の仲の美影さんと玲子さんは、妖怪である。


 藍色の付け下げを身にまとっている美影さんは、スナックのママをやりながら、その正体は飛縁魔ひのえんまという妖怪だ。一説によると、男を惑わせて精気を吸い取り、その身もろとも滅ぼすという言い伝えがある。

 

 対して、カジュアルな格好の玲子さんは、高級クラブのキャストとして働いている。その正体は女郎蜘蛛じょろうぐも。男を捕まえては、その生き血を吸いつくす妖怪だ。


 だが、そんなものは伝承に過ぎず、人間に対してそのようなことは一切しない。


 どちらも見目麗しい女性だが、ここまで気が合わないのは同族嫌悪というやつだろう。いつも出勤前に店に寄ってくれるのはありがたいのだが、喧嘩は控えて欲しい。


 そんな2人は不思議なことに、好物が同じなのだ。


「私はから揚げ定食、ご飯大盛りでね」

「こっちはから揚げ単品を3人前ちょーだい! ここのから揚げが食べたすぎて、気が狂いそうだったんだから!」

「はいよ。ところで、玲子さん。人違いだったら申し訳ないんだけど……うちの店に血文字の脅迫文送ってこなかった?」

「なんのことー? もう、あたしがそんなことするわけないじゃんー」

「だ、だよね」

 

 絶対あんただろ。目が笑ってないんだよ。


 しかし、裏を返せばうちのから揚げを楽しみにしてくれてたということだ。こんなこともあろうかと思い、松さんの店から仕入れた鶏肉を、事前に味付けをして寝かせておいた。こうすることで鶏肉にしっかりと味が染み込み、柔らかくジューシーなから揚げとなる。調味料は企業秘密だが、コクと旨みをプラスするためにはちみつも使用している。


 一口大に切った鶏肉を薄力粉にまぶし、油に投入。すると、ジューという音を立てながら細かいしぶきを飛ばし始めた。


 うちの店では、昔からから揚げは『一度揚げ』のみ。とは言っても、工夫がある。揚げてる途中にほんの数秒間だけ空気に触れさせることで、二度揚げのような食感が生まれる。美味しく仕上げる時短ワザってやつだ。


「ところで、そこの大きいお兄さん。新人さん? なかなかいい男ね」

「ああ。この店で働くことになった虎之介だ。あんたらはそっち側のモンだよな?」

「よく分かったわね。そういうお兄さんもでしょ? お店に入った時から威圧感がすごかったわよ。さしずめ、用心棒のようなものかしら?」

「用心棒というか……ま、まぁ、そんなところだ」

「ずいぶんと霊力が高さそうだね。虎ちゃんはなんの妖怪なの?」

「と、虎ちゃん? オレは鬼だ」

「えー、鬼なんて初めて会ったよ! でも鬼っていっても、人間がつけた名前があるでしょ? あたしは女郎蜘蛛なんていう全然可愛くない名前付けられちゃうし。ネーミングセンス疑っちゃうよねー」

「あら、十分見た目に釣り合う名前だと思うけど」

「あ? やんのかコラ」

「お、おい。喧嘩はやめてくれ。オレの本当の名は、酒呑童子しゅてんどうじという」


「しゅ、酒呑童子?」

「まじ? 酒呑童子っていったら、妖怪の中でもトップオブ妖怪じゃん! まさかこんなところで出会えるなんて、超びっくりなんだけど」

「酒呑童子様、って呼んだ方がいいのかしら……?」

「いや、虎之介でいい。今は人間の姿で生活しているからな」


 厨房で調理をしていた俺には丸聞こえだった。

 まさか虎之介があの酒呑童子だったとは。人間の頃は美少年だったという云われもある。メシを前にすると大型犬のようなのに、妖怪界隈では崇められるような存在だとは知らなかった。


「お待たせ。から揚げ定食ご飯大盛りと、から揚げ単品3人前ね」

「これこれ! 待ってました! やっぱりから揚げには白米がないと」

「香ばしくて食欲をそそるこの匂い……! はあ。愛おしすぎる」


 美影さんは上品にから揚げを一口食べると、顔をほころばせながら白米を口に運ぶ。から揚げと白米、交互に食べるのが好きらしい。


 玲子さんは大きな口を開け、から揚げを一口で放り込むと、溢れる肉汁を堪能するかのようにゆっくりと咀嚼している。


「このザクザク食感の衣もいいのよねぇ。中はジューシーで柔らかくて、旨みが凝縮されてる。他のお店でもから揚げを食べたけど、やっぱりここのお店のから揚げが1番だわ」

「ああ……キマるわぁ。もう死んでもいい。肉汁の海で溺れたい」


「から揚げ、か……美味そうだなぁ……」


 チラチラと俺を見てくる虎之介。

 そう言うと思ったよ。


「まかない用で取っておくから大丈夫だ」

「本当か!? そうとなれば、あとの仕事はすべてオレに任せろ!」

「そりゃ頼もしいな」


 『からあげ』という希望ができた虎之介は、山になっていた洗い物を秒で片付け、注文が入った材料の準備や下処理なども、目にもとまらぬ早業で的確にこなす。そして、飲みに来たお客さんには積極的におかわりの注文を取り、売り上げにも貢献してくれる。


 な、なんてデキる鬼なんだ……さすが、トップオブ妖怪……!


「はあ~、美味しかった。ここで食事をすると、元気が漲ってくるのよね。今日も朝まで頑張れそうだわ」

「それにはあたしも同意する。大史ちゃんの作るから揚げをキメると、不思議と疲れ知らずなんだよねー。なんかぁ、めっちゃハイになれる」

「その発言はどうかと思うけど、美味しそうに食べてくれてこっちも嬉しいよ」


 「ごちそうさま」と言うと、2人はそれぞれの仕事へと向かった。

 

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