第60話 最強ホストと鬼刑事

 「今なんて言った?」という徳次郎の言葉を無視していると、店のボーイがこちらにやって来た。徳次郎の耳元で要件を話すと、面倒くさそうに言葉を吐く。


「体験入店のヤツをヘルプにつかせろだと? だっる。どうせブサイクで気が利かないヤツだろ。いじるだけでいじってこき使ってやるかぁ。いいよ、呼んで来い」

 

 横柄な態度でボーイにそう告げると、徳次郎は再びこちらに笑顔を向けた。


「ごめんねぇ。ヘルプにつきたいっていう体験入店の子たちがいるんだけど、卓につかせてもいいかなぁ? いいよね? でも心配しないで。オレが業界の厳しさをしっかり叩き込んでやるから、カッコいいとこ見ててよ」

「や~ん、楽しみぃ」

「あ、あれ? タイ子ちゃんの顔よく見ると、うっすら髭のようなものが……」

「やだぁ、もう。髭じゃないよ~、ただの砂鉄」

「タイ子ちゃんの顔って磁力あるタイプ? マジ機能的で可愛いね」


 砂鉄がくっつく女のどこが可愛いんだよ。この出まかせ野郎が。

 それはそうと、あの2人がようやく来てくれたようだ。何気なく店内を見回すと、女性客は複数人いるものの、卓についているホストが誰一人いないことに気付く。薄暗い店内で目を凝らすと、床に転がっている物体を見つける。あれは恐らくホストたちだろう。先ほど要件を伝えに来たボーイもいつの間にか床で仰向けになり、意識を失っているようだ。


まさかこれは……妖術?


 不思議な光景を目の当たりにしたのも束の間、こちらに近づいてくる足音に気付いて振り向くと、きらきらしいオーラを放った男性2人が目の前に現れた。スタイリッシュな白の上下スーツに黒のシャツを合わせた玉藻さん、対して河合さんはトレードマークのメガネがなく、スレンダーな体型が際立つカジュアルなグレーのセットアップをモデルのように着こなしている。いつもと違うイケメン2人に、俺とはーちゃんは思わず見惚れていた。


 店内に残っていた女性客も担当ホストがいなくなったことなど気にも留めず、絶世の美男子たちを見て黄色い歓声を上げる。


「きゃー! ここのホストより数億倍もイケメンなんですけど! もしかして新人くん?」

「ねぇ、一緒に飲もうよぉ! ドンペリがいい? ロマネがいい?」

「あたしブラックパール入れちゃおっかな! お兄さんたちのためなら破産してもいい! ついでに結婚して!」


群がる女性客たちに、玉藻さんはいつもと違う話口調で優しく諭した。


「お姉さん方、こんなところで大金を使うなんてもったいないよ。自分のために使ったほうが有意義じゃないか? おれはお金なんて興味がないんだ。キミたちの笑顔は花よりも美しい。それを眺めているだけでおれは幸せだ。だから、自分を大切にして」

「きゃー! 感じたことのない多幸感ー!」


 対して、河合さんはいつもの河合さんだった。


「確かに僕はイケメンですが、顔よりも中身を見てほしいですね。ホストクラブなんて仮初の恋に過ぎないのですから、心から愛せる人を見つけて本物の恋をしてみては?」

「きゃー! たった今あなたに恋をしましたー!」


 もうホストになっちゃえよ。

 2人は女性たちを宥めると、俺たちの座る卓へとやってきた。


「初めまして。ヘルプでつかせていただくTAMAOです。ホストクラブは初めてだから緊張しちゃうけど、よろしくね」

「僕はHIROっていいます。顔だけじゃなく心もイケメンです」

「まぶ、まぶしっっ! お前らが体験入店!? ホスト初心者がそんなオーラを纏っているはずがない! ライバル店から偵察に来たんだろ!」

 

 目をしばしばさせながら悪態をつく徳次郎はボーイを呼びに行こうとするが、玉藻さんに肩を掴まれて強引に座らされた。


「先輩、どこに行くんですか? おれたちに業界の厳しさを教えてくれるんでしょ?」

「ヒッ……は、離せよ」

「先輩、顔に小麦粉がついてますよ? 僕が拭いてあげますね」

「ばっ、や、やめろ……!」


 河合さんはおしぼりで徳次郎の顔を強めに拭くと、あられもないスッピン姿となった。予想通りの別人になったわけだが、なおも徳次郎の悪あがきは続く。


「なんなんだよ、お前ら! オレを誰だと思ってやがる! うちのオーナーのバックにはな、ヤクザが付いてるんだよ! お前らを海に沈めるなんて朝飯前だッ」

「沈められるなら、この時期は日本海より太平洋側がいいですね。僕は水中でも呼吸ができるので、死ぬことはありません」

「チッ、化け物かよ」

「おれもそんなぬるい攻め方じゃ気持ちよくなれないね」

「変態め……!」

「ところで、オーナーっていうと……もしかしてあの人ですか?」


 玉藻さんが指を差した先には、ソファで気を失っている男性の姿があった。他にも床に倒れている同僚たちを見つけると、徳次郎はみるみる顔面蒼白に。


「な、なにをしやがった……」

「ちょっと眠らせただけですよ。眠らせる前にホストたちは自らの罪を白状しましたし、オーナーも詐欺行為を指示していた事実を認めました。口の軽い先輩も先ほど結婚詐欺行為を自白したようですが、この女の子にも謝ることがあるんじゃないですか?」

「あ?」


 はーちゃんは目深に被っていた帽子をとると、徳次郎は目を丸くした。


「あ……この前の芋女……てめぇグルだったのかよ」

「うん。はーちゃんはお前みたいなヤツが大嫌いだ。人の心につけこんで、女の子を騙すヤツは地獄へ落ちろ。お前が騙してきた女の子たち全員に謝れ」

「はっ、なんでオレがそんなこと必要あるんだ? それが店の方針なんだから仕方がないだろう。女は夢を見れるし、オレは金が貰える。なにも悪いことなんてしてない。騙されたほうが悪いんだよ! 大体、お前みたいな芋女を相手にしてやっただけありがたく思え! オレみたいな容姿端麗な男とは一生出会えないぞ!?」

「……はあ、本気で言ってるんですか?」


 溜息をつき呆れた河合さんは、隣にいたはーちゃんの肩を引き寄せた。


「こんなに可愛い女性を芋女呼ばわりとは、目が腐ってるようですね。それに、先輩は鏡を見たことがあるんですか? 容姿端麗とは僕たちのような人種のことを言うのです。だらしなく太った体型と、ガマガエルのような顔、醜いったらありゃしないですよ。無論、先輩にははーちゃんのような超絶美女は釣り合わないので、僕がもらい受けます」

「ひろし……」

「ガマガエル先輩がどんなにあがこうとも、しっかりと裏は取れているので罪から逃れることはできません。今後は結婚詐欺で騙した女性たちから多額の慰謝料が請求されるでしょうから、お金を稼ぐ大変さを身をもって経験してください」

「……」

 

 トドメを刺してくれた河合さんのおかげで、ようやく戦意を喪失した徳次郎。肩を抱き寄せられたはーちゃんは河合さんを見つめ続け、それが好意的な眼差しであることにさすがの俺も気付いた。


「とりあえず、一件落着ってことでいいかな? ていうか、俺は女装する意味あったのか」

「もちろんだよ、タイ子ちゃん」


 突然、俺の顎をクイッと持ち上げた玉藻さんと目が合う。


 ——— トゥンク……

 イケメンに見つめられると、なぜこんなにも恥ずかしく胸がざわめくのか。


「タイ子ちゃんが潜入したおかげで自白が取れたんだから、キミの女装は意味があるものだよ。よく頑張ったね。おれもほっとしたらお腹空いちゃったよ。タイ子ちゃんの手料理が食べたいな」

「お、おにぎり……うちで、新米おにぎり食べませんか」

「おれを誘ってるの? 可愛いタイ子ちゃんのお誘いを、おれが断るとでも?」

「はわっ……み、味噌チゲスープも」

「今夜は眠れない夜になりそうだ」


 はわわわっ……!


 ——— ドゴォンッ


「おとなしくしろ! 警察だ!」

「このならず者共め! オレ様が成敗してやるぜぇ!」

「……あ?」

「うわっ」


 百目鬼さんと虎之介、警察が一斉に突入してきたところで我に返った俺。

 2人がが唖然とするのも無理はない。ホストたちは床に転がり、ガマガエル先輩はソファの端っこでうなだれ、肩を抱き寄せたままどうしていいか分からず硬直する河合さんとそれを見つめるはーちゃん、そして玉藻さんに顎クイをされている女装姿の俺。


 彼らに気付いた玉藻さんは俺を解放し、すぐに元のへと戻った。


「はあ、緊張したぁ。男っぽい口調にするのって結構難しいのね。ねぇ、大史ちゃん、アタシのホストどうだった?」

「危うく別の扉が開くところだった」

「ほんとー!? ってことは、完璧にこなせていたってことよね!」

「うん、もう完璧。むしろ天職だと思う」


 ———ぐぅ~

 どっと疲れが襲ってきた同時に、安堵から腹の虫が鳴る。


 自ら提案したこととはいえ、二度と女装はやりたくないし危ない橋も渡りたくない。俺はやっぱりメシ屋の店主をしているほうが性に合っている。


「玉藻、それよりこの状況を説明しろ」

「あー、えっとぉ、最初から説明したほうがいい?」

「当たり前だ」


 妖術を使ってホストたちを眠らせたことを伝えると、百目鬼さんは頭を抱えた。容疑者とはいえ、危害を加えることは言語道断。しかし、暴力を振るったわけではなく眠らせただけだなので、今回は厳重注意のみ。ホストたちの自白が取れたことで感謝された玉藻さんは、嬉しそうに百目鬼さんの背中をバシバシ叩いていた。


「河合さん、はーちゃん、大丈夫?」

「ハッ、僕はなんてことを……はーちゃん、すみません」

「ううん。ひろし、かっこよかったよ。ありがとう」

「はーちゃん……ぼ、僕は!」

「はいはい、無事で何より。とりあえず帰ろっか」


 存分に暴れられると思った虎之介は不完全燃焼で拗ねていたが、そんなことをしたら百目鬼さんに怒られるに決まっている。スムーズに任務がおこなえたのは術を使ってくれた玉藻さんと、はーちゃんを守った河合さんのおかげだ。録音した音声を百目鬼さんに渡し、店を出たところで龍さんを探した。


「子供ならパトカーの中で寝ているぞ」

「ご迷惑おかけしてすみません。そりゃいつもなら寝てる時間だもんな」

「ホスト共を連行したら店に行く。調書を取るのもどうせ明日だしな」

「お疲れ様です。お待ちしてますね」


 虎之介が寝ている龍さんを米俵のように担ぐと、ハッと目を覚ます。「もう終わったぞ」と言った虎之介の一言に、龍さんは抱えられていた腕をすり抜けて再びパトカーへと向かった。


「あ、おい! あいつなにしに行ったんだ」


 止めようとする百目鬼さんをもかわしてパトカーの助手席に乗り込むと、おもむろに無線を手にする。


「こちら捜査二課の百目鬼! 応答を願う! ドウゾ」

「こちら本部、ドウゾ」

「ホストクラブの容疑者を全員確保した! これより本部へ向かうのだ! ドウゾ!」

「……百目鬼さんですよね? ド、ドウゾ」

「我は百目鬼である。それと、本部の者どもに伝えてくれ。ドウゾッ」

「な、なんでしょう? ドウゾ」

「事件は会議室で起こってるんじゃない、現場って起こっているんだ! 我も全力を尽くしたが……れいんぼーぶりっじ、封鎖できませんッ!」


 ——— ガシャンッ


「ふぅ……キマった」

「こんのクソガキィ……!」


 龍さんは額の汗をぬぐいながら一仕事終えた感を出したところで、鬼のような顔をした百目鬼さんにパトカーから放り出され激怒される。これに関しては擁護のしようがない。彼は百目鬼という苗字のごとく、怒ると虎之介に勝るほど怖い。しかし、龍さんは自分の役目を果たした達成感から、説教されていることに気付いていないようだ。


「髭のおじさん、お互い良い仕事をしたな」

「お前ッ……はぁ、もういい。帰れ」

「うむ! ご苦労であった!」


 疲労困憊の百目鬼さんに向って、爽やかな笑顔で敬礼する龍さん。

 百目鬼さんに謝り倒した俺たちは、夜食の準備をすべく先に店へと戻った。

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